それぞれの、愛のカタチ
いつものように夕食を終えたあと、私は話を切り出した。
「今回のことですが、ビリーさんはいいのですか? その……私と結婚をするとか、側近になるとか」
「俺がおまえを王都へ連れてきた結果、こうなった。だから、その責任を取るつもりだ」
「でも、それはすべて私のために考えてくださったことです」
「そうだとしても、おまえを残して俺一人だけ村へ帰れるわけがないだろう」
「コンフリー薬房は、どうするんですか? せっかく、お客さんも増えてきたのに……」
常連客だって皆、店の再開を心待ちにしているはずだ。
「それを言うなら、おまえだってそうだろう? 問題が解決したのに、故郷には帰れないのだからな」
「それは、そうですが……」
ビリーの前では口にしていなかったが、これに関してはかなり前に諦めはついていた。
父が生きていたときはよかったが、やはり女の私だけで生きていけるほど世の中は甘くはなかった。
皆の世話になって、迷惑をかけて、助けてもらって、どうにか食堂を続けていたのだから。
「……故郷では近所の方々に、村ではビリーさんに、そして王都でも、私は周囲に助けられてばかりです。でも、ビリーさんは違う。あなたには、あなたの人生があります。責任を感じる必要も、私に付き合う義務も、まったくないですよ」
彼は貴族だけど、貴族として生きていくことを望んでいない。
侯爵家の三男としての地位に甘えず、努力して自分の道を切り開き、独立を果たした。
そんな彼に将来の夢も店も捨てさせ、貴族としての窮屈な生活を強いるなんて私はできないし、したくもない。
「…………」
「…………」
私もビリーも黙ったまま、気まずい沈黙が続く。
「……おまえが本当に望んでいることは、何だ?」
先に沈黙を破ったビリーの真剣なまなざしが、真っすぐに私を射抜く。
「私が望むことは、一つしかありません」
ビリーの目を見て、私ははっきりと答えた。
◇
結論を出せないまま、時間だけが過ぎていく。
アンリのままでいるのか、やはりアンヌに戻るべきか、それすらも答えは出ていない。
私たちは、これまでと変わらぬ生活を続けていた。
屋敷の手伝いをしたり、王都へお使いに出かけたり、たまに四人で食事やお茶会をしたりと、毎日は充実している。
ビリーとは相変わらず軽口を言い合ったりもしているが、あの日以降、今後についての話は一切していない。
お互い、何となくこの話題を避けていた。
そんな私のもとにお茶会の招待状が届いたのは、特別な満月の日が翌日に迫る前日の午後だった。
私は、指定された時間に庭園内にあるガゼボへ向かう。
「急な誘いにもかかわらず、来てくれて良かったわ」
柔和な微笑みを浮かべ私を待っていたのは、マーシアだ。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
エスプーモ仕込みの礼儀作法できちんと挨拶をした私は、マーシアの向かい側に座る。
彼女付きの侍女たちが、慣れた様子でお茶とお菓子の用意をてきぱきと整えていく。
すべてを終えると彼女たちはガゼボから出ていき、中には私とマーシアだけが残された。
「あなたは食べることが好きだから、いろいろと用意させたのよ。遠慮せずに、たくさん召し上がれ」
「いただきます」
お茶を飲みながら、マーシアは私へ様々な質問をしてきた。
普段はどのように過ごしているのか、村ではどんな仕事をしていたのか、など。
ウィロウに侯爵を譲ったとはいえマーシア自身もかなり忙しく、領地から戻って以降、連日のように来客があるようだ。
そんな中で私に時間を割いてくれるのは、彼女なりの気遣いなのだろう。
◇
「ところで……あなたの結論は出たのかしら?」
それは、会話が途切れ、お互い無言で紅茶を飲んでいたときだった。
マーシアからの直球な問いかけに、顔を取り繕う暇もなかった。
「……まだ、決めていません」
「あらあら、わたくしは即断即決だと思っていましたよ。アンヌに戻って、ウィリアムと結婚するとばかり」
「…………」
「ウィロウからは聞いておりましたし、あなたたち二人の様子を見ていれば一目瞭然よね。本当に、仲睦まじいのだから……ふふふ」
今は紺色に見える瞳をガゼボの外へ向けながら上品に笑うマーシアへ、私は思い切って質問をぶつけてみることにした。
「私は、絶対に結婚しなくてはいけないのでしょうか? ウィロウ様のように生涯独身で、養子を迎えるのはダメですか?」
「ウィリアムとの結婚は、嫌なの?」
「……ビリーさんには大切な店があります。彼の薬を必要としているお客様もたくさんいらっしゃいます。なにより、彼は貴族として生きていくことを望んでいません。だから……」
「……だから、彼を自由にしてあげる。自分のもとから解放してあげると、あなたは言うのね」
やれやれ……と苦笑するマーシアの顔には、戸惑いの表情が見て取れる。
やはり、私は彼女を困らせてしまったようだ。
跡取りとして生きていくのならば、後継者を作り育てていくのが課せられた使命。
それなのに、それを最初から放棄しようとしているのだから、自分でも呆れてしまう。
「でも、あなたはそれだけ……ウィリアムを深く愛しているのね」
「……へっ? 私がビリーさんを、愛している?」
思いも寄らないマーシアの言葉に、素で変な声が出た。
「ビ、ビリーさんのことは好きですし、尊敬もしています。でもこれは、家族愛とか師弟愛ではないでしょうか?」
「相手の幸せを願い、自分の気持ちは胸に秘め黙って身を引く……悲恋物語の主人公ならば美しいのだろうけど、あなたはそれで平気なの?」
「?」
「もしウィリアムが他の女性と結婚しても、あなたは心から祝福してあげられる? 自分ではない別の誰かが、いつも彼の傍にいるのよ? その人が彼にエスコートされている姿を、一度想像してごらんなさい」
マーシアに言われるまま、私は先日ビリーとレストランへ出かけたときのことを頭に思い浮かべる。
あの日のビリーは、貴族の令息らしい立ち居振る舞いをしていた。
私の手を取り、歩幅を合わせて並んで歩き、私の好みそうな料理を注文してくれた。
迷路で道に迷った私を捜しに来てくれて、それから……
ビリーが、私ではない女性を抱きしめていた。
彼女も、彼の背中に腕をまわし幸せそうに目を閉じている。
しばらくして、一人で先に歩き出したビリーを追いかけた女性は彼の手をそっと握りしめ、彼も握り返す。
そのまま二人は、夜の街に消えていった。
・
・
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「……その涙が、あなたの答えなのではないかしら?」
マーシアの声に、ハッと現実に引き戻される。気付けば涙が頬を伝っていた。
「わたくしに、あなたの本心……本当の望みを聞かせてちょうだい」
優しいまなざしを向けるマーシアの声が、心にスーッと入ってくる。
ぽろぽろと流れ落ちる涙を手で拭いながら、私はコクリと頷いたのだった。
◇
翌日は、朝から雲一つない良いお天気だった。
それは夜まで続き、日が沈むと夜空に見事な満月が浮かび上がる。
「実際に見て見ると、一年の中でも特別な満月だとおまえが騒ぐのも理解できるな。たしかに、今までの満月とは明らかに様子が違う……」
これまでのお月見では、料理に目を輝かすことはあっても月には大して興味のなかったビリーが、夜空を見上げ感嘆のため息を吐いている……ずっと。
先ほどまで私たちは、先月は私の体調不良で実施できなかったお月見を開催していた。
もちろん、お隣さんの庭師夫婦と一緒に。
そしてお月見が終わったあと、マーシアとウィロウが待つ本館へと向かって歩いているのだ。
◇
ウィロウの私室は例の有り様なので、初めてマーシアの私室へと通される。
部屋の中は物自体が少なく、整然とした印象だ。
やはりあの師弟の部屋が散らかりすぎているだけで、本来の部屋とはこういうものだと納得しながら周囲を見渡していた私は、壁に飾られた大きな一枚の絵に目を留める。
そこに描かれていたのは、家族の肖像画だった。
若い夫婦と幼い三人の子供たちは、両親とマーシアたちなのだろう。子らの瞳はそれぞれ『黒紺色』『茶赤色』『緑青色』で彩色されており、同色のペンダントを首にかけている。
「その男の子が、アイザックよ。ふふふ……アンリによく似ているでしょう?」
マーシアの言う通り、今の私をそのまま小さくしたような感じだが、幼い祖父のほうが顔はキリっとしていて威厳がありそうだ。
ビリーもそう思ったのか、私の言葉にうんうんと大きく頷いていた。
「ビリー、変化が起こる時間はそろそろなのか?」
「いえ、まだもう少しあります。日付が変わるころですから」
「では、時間になるまで、アンリの知らない昔話をしましょうか」
そう言ってマーシアが取り出したのは、一冊の手帳だった。
「これは、先日ペンダントの詳細を知るために昔の文献を探していたときに見つかった、アイザックの日記です」
「お祖父さんのですか」
表紙を愛おしそうに撫でたあと、マーシアは眼鏡をかけ日記を開いた。
「前に話した通り、アイザックは妻子を王都から遠く離れた村へ避難させたあと、一年に一度ひと月の間だけ会いに行っていたの。その月というのが今月のことで、この特別な満月の日には親子で毎年お月見をしていたそうよ」
「では、母は実の父に会っていたのですね」
「日記によると、あなたのお母様には遠戚と紹介していたそうだけど、おそらくは気付いていたでしょうね……だって、彼は自分の娘と同じ瞳を持っていたのだから」
祖父アイザックは、十五年前に祖母が亡くなったあと、その後を追うように同じ年に亡くなったのだという。
ということは、私も彼と会ったことがあるのだ。もちろん、当時の記憶はないのだけれど。
「元々この『お月見』は、アイザックが病気療養で領地に引きこもっていたときに、あなたのお祖母様と始めたものだった。でも、彼には別の目的もあったの」
「目的……ですか?」
「自分の愛する者の願い事を叶えようと、計画していたのよ。つまり、アイザックはペンダントの力は本物だと信じていたのね」
マーシアたちはただの言い伝えだと考える中、祖父だけが固く信じていた。
だから、大切なお守りであるペンダントを祖母へ贈り、毎年会いに行っていたのだ。
「その年、お祖母様は重い病に罹っていた。彼女が余命幾ばくもないと知ったアイザックは病気の全快を願おうとしたのだけど、彼女に止められたの。『私は十分幸せに生きたから、願い事はあなたの治療のために使って欲しい……』と」
「まさか、祖父も……」
「ええ……彼も病に侵されていたわ」
祖母の最後の願いを聞き入れ彼女の最期を看取った祖父は、ペンダントを使用することも持ち帰ることもせずに娘へ託した。
自分と同じ瞳を持つ孫が成長したとき、彼女の願い事が叶うようにと。
「『愛の形』は人それぞれだけど、わたくしはあなた達にも愛に満ちた幸せな人生を送ってほしいと願っています」
私とビリーへ語りかけるマーシアの姿は月明かりに照らされ、まるで月の女神のように神々しかった。




