そして、彼は目撃者となった
ビリーとレストランで食事をした翌日の夜、私はベッドで臥せっていた。
「やはり、熱は出るな。それに喉の不調も。前回、男になったときと全く同じか」
「全く同じではないですよ。だって、まだ満月の日じゃないのに……」
冷静に私の状態を観察するビリーへ、一つだけ訂正をいれる。
満月は、今日ではなく明日だ。それなのに、私はもう具合が悪くなっていた。
しかし、喉の調子はそこまでひどくないため発声に問題はなく、ビリーと難なく会話を交わすことはできる。
先ほど彼に確認してもらったが、喉の突起物もまだ無いとのこと。
これにより、この突起物ができる過程で発声障害が起こるのではないかと、ビリーは新たな仮説を立てていた。
「男から女へ戻るときよりも症状が重くなるのは、それだけ体に負担がかかっているからだろうな」
「アンヌに戻るときは熱があっても微熱だから、私が気付かないときもあったのでしょうか?」
「おそらく、そうだろうな。まずは、明日の満月でどうなるのか。そして、来月の満月では……」
「来月は、一年の中で特別な満月の日なんですよ。実家では、毎年この日にお月見をしていました」
「『特別な満月の日』か。何か、普段とは違うことが起こるかもしれないな」
「えっ!? ビリーさん、そんな怖いことを言わないでください!」
これ以上の変わったことなんて、何もいらない。
私は平凡な日常生活を送りたい。ただ、それだけを望んでいるのに……
「俺は、可能性の一つを言ってみただけだ」
顔が強張った私の頭をポンとすると、ビリーは椅子に座りまた読書を始めた。
予定より一日早く、今夜から私の状態を観察するのだという。
傍にいてもらえるのは大変心強いが、明け方近くまでは寝ずに起きていると言う彼に申し訳なさを感じてしまう……「俺は、徹夜に慣れているからな」とビリーは笑っていたが。
「ビリーさんは、さっきから何の本を読んでいるのですか?」
「『魔法使い』について書かれた本だ」
「魔法使いって、百年前までは存在していたという、あの?」
「そうだ。ウィロウ叔母上にお願いをして、ハンクス家の書庫を見せてもらった」
ビリーは私にも見せてくれたが、古語?なのだろうか。難しい言葉がたくさん並んでいる。
店の帳簿をつけられるよう村の学校では読み・書き・計算は一通り学んだが、難解な単語と言い回しが多すぎて何が書かれているのか私にはさっぱりわからなかった。
「本当は、魔道具について書かれた本を探していたんだ。でも、それらを作ったとされる彼らについての本は少なく俺も歴史書でしか読んだことがなかったから、つい気になってな……」
何が書かれているのか?と尋ねた私に、ビリーは「この本の著者は二百年くらい前の人物で、ここに書かれていることは全て真実だとあるが、事実かどうかはわからない」と前置きした上で、本の内容を話してくれた。
何百年も前から存在し、時代によっては迫害を受けながらも人と共存してきた魔法使いたち。
森の中など人里からは離れた場所に住む者、人に交じって街で生活をする者、貴族など時の権力者に庇護された者など様々いたらしい。
中にはその庇護者である貴族と結婚し、子を儲けた事例もあったとのこと。
「だから、魔力持ちは貴族の方々が多いのですね」
「俺は遺伝云々の話は作り話だと思っているが、この話が本当ならば俺も叔母上もその血をひいていることになる。しかし、子孫といっても全員が魔力を持っているわけではないし、魔力の中でも大きな差がある」
例えば、ビリーの父と兄弟は全員魔力持ちだが、力はビリーが一番弱いのだそう。
ウィロウの場合は、家族の中で魔力持ちは彼女だけ。ビリーの母グレースや両親・兄にはないとのこと。
「両親が持っていなくても子に現れるときもあれば、その逆もある。『隔世遺伝』だとか『先祖返り』などと言う者もいるが、魔道具と同じで未だはっきりとしたことは解明されていない」
『魔力』といっても、一括りにはできない。
ビリーやウィロウのように物体の状態を自分の思い通りにできる力もあれば、セオドアのように傷を癒す力、アビゲイルが持っているとされる他人を操ることができる力もある。
それと同じように、魔法使いが使用する魔法にも様々なものがあったらしい。
「この本によると、魔法を行使する際や魔道具の作成等に使用する魔力を、彼らは自然界から調達していたようだ。たとえば、水から魔力を得る者は『水の魔法使い』。火からなら『火の魔法使い』と、通り名まであったとある」
「何か、すごそうですね! あっ、人が魔力を持っているかどうかって、どうしてわかるのですか?」
「測定器があるんだ。貴族の子供は、学園入学前に全員検査をされる」
「では、もし庶民の子供も検査をしていたら……」
「彼らの中にも魔力持ちがいるかもしれないし、おまえにも可能性は十分にあるだろうな……というか、おまえが持っていそうな魔力に、俺は心当たりがある」
「えっ!? それは何ですか?」
もし私が魔力持ちで、ビリーと同じ力だったら、薬草の粉末化などもっと彼の役に立てるかもしれないのだ。
夢がある話に思わず笑みがこぼれ、期待を込めて彼の言葉を待つ。
「今はまだ推測の域を出ないから、ここでの発言は控えておく」
「ええ~」
◆◆◆
そのあともアンヌは話を聞きたがったが、彼女の体調のことを考えビリーは「続きは、また明日な」と打ち切った。
子供のように頬を膨らませた弟子の頭を撫でた師はベッドから離れ、ランプの灯りを最小限にし読書を続けた。しばらくすると、寝息が聞こえてくる。
最近はあまり眠れていないアンヌだったが、「ビリーさんが傍にいるので、今日は安心して眠れる」と言っていた通り寝付きは良かった。
この日の夜はアンヌの体に変化は起こらず、明け方前にビリーは椅子に座ったまま仮眠を取った。
◇
翌日の夜、夕方までは落ち着いていたアンヌの体調が急激に悪くなっていた。
高熱・喉の違和感や突起物と前回と同じ症状に、ビリーは薬を処方しながら付きっきりで看護する。
熱で体が儘ならないにもかかわらず、ガラガラの声で「お月見料理が食べられなかった」と嘆く食いしん坊に呆れと安堵の入り混じる表情をビリーが浮かべたときだった。
ランプで照らされた部屋の中が一際明るくなり、不自然なほど月の光が差し込んでくる。
経験したことのない眩しさに目が暗みそうになるが、アンヌの「始まります」の声で何とか耐え、ビリーはじっと目をこらす。
彼女の変化は、あっという間に終わった。
「やっぱり、仮説は当たりましたね!」
興奮気味にむくっと元気よく起き上がったのは、アンヌではなくアンリ。
ビリーはこの日、生涯忘れることのできない出来事の目撃者となったのだった。




