抱擁
「店に着いたようだ」
馬車の窓から外を確認したビリーが、私へ顔を向ける。
私たちがやって来たのは、王都の中心地にある店構えが大層ご立派なレストラン。
ここはクリスが出資している店で、彼が招待状を送ってくれたそうだ。
御者が扉を開けると、ビリーが先に降りて私に手を差し出す。
乗車するときもそうだったが、村に居たときにはなかった行動に驚いた私に、女性をエスコートするのは貴族にとっては普通のことなのだと彼は説明をしてくれた。
言われてみれば、エスプーモでクリスも私に同じようにしていたことを思い出す。
「これは、家族間でもするのですか?」
「母でも姉でも妹でも、もちろん……妻にもな」
そう言うと、ビリーはゆっくりと歩き出す。私たちには身長差があるため彼は私の歩幅に合わせてくれるのだが、いつも背中を見ながら歩いていた私としては不思議な気分になってしまう。
横顔を見つめていると、ビリーと目が合った。
「どうしたんだ?」
「そういえば……アンヌの姿でビリーさんと王都の街へ出かけるのは、初めてだなと思いまして」
アンリの姿で王都に来て一か月ほど過ごし、アンヌになってすぐにエスプーモへ潜入していたのだ。
「確かに、そうだな」
「ふふふ、貴族であるビリーさんにこんなことをしてもらうなんて、まるで物語のお姫様になったような気分です。だから、今日のビリーさんは王子様ですね」
「俺が『世間知らずのお姫様』を守ってやるから、安心しろ」
「ありがとうございます。『頼もしい王子様』」
エスプーモから戻って以降、私は疲れが出たのか気力がなくなり、人と会うことに心的負担を感じるようになった。
ビリーやウィロウ・庭師夫婦など、これまでも親しい付き合いをしてきた人たちならばまったく問題はないのだが、それ以外(特に初対面)の人とは会いたくなくずっと家に引きこもっていた。
そんな私を心配したビリーが、『個室で食事ができること』『薬草を使用した料理があること』『変装をするから、もしエスプーモの客がいてもガーベラと気付かれることはない』と提案してくれ、もともと気力はなくとも食欲だけはあった私は、今後の食事作りや商品開発の参考になるかと重い腰を上げたのだった。
ビリーは今日も、黒髪にクリスから借りた瞳の色が変わる眼鏡をかけている。
というのも、私も見せてもらった献上バラが有名になりすぎて、バラと同じバルドー家の緋色の瞳も(ついでに栗色の髪の毛も)多くの人々に認知されてしまったためだ。
ビリーが貴族だと気付かれないように、今の私たちは商家の裕福な兄妹に見えるような服装をしている。
ちなみに、私は自分の希望通りビリーの地毛に近い茶色の髪にしてみた。
鏡で髪色を確認すると彼と本当の兄妹のように見えることに気分が上向き、嬉しくて笑顔になった私にビリーが「ようやく笑ったな」と微笑んだ。
「私は、最近笑っていなかったですか?」
「顔は笑顔だが、作り笑いだったのはわかっていた。俺に心配をかけないように、無理をしていたんだろう」
やっぱり私は、ビリーに隠し事はできないようだ。
「辛いときは無理をせずに、俺には素直に正直に言え」と、『素直ではない師』から言われてしまい笑いがこみ上げたが、ここは黙って頷いておいた。
◇
案内された個室にはバルコニーがあり、レストランの庭園を臨むことができる。
最初はおとなしく座っていた私だったが、気になるものが見えつい席を立ってしまった。
「ビリーさん、庭園の向こうに見える模様のようなものは何ですか? 人の姿もありますが……」
席に座り食前酒を飲んでいるビリーが、私の指さしたほうへ目を向ける。
「あれは、隣接する中央公園だな。あそこには、植木で作られた迷路があったはずだ」
「迷路……」
「せっかくだから、食事の後に寄ってみるか? おまえの顔に『行きたい』と書いてある」
「はい、ぜひ!」
食後にも楽しみができ、ますます期待が高まる。
料理は、薬草が使用されたものをビリーが選んでくれた。
貝の薬草バターソース、野菜の薬草入りひき肉の詰め物、魚の薬草蒸し焼き、肉の薬草塩焼き……など村で私が作ったことのある料理もあったが、薬草の配合や肉の種類が違ったり、川魚ではなく海の魚が使用されていたりと、新たな味の発見もあった。
中でも私が興味を惹かれたのは、初めて食べた貝料理と、デザートと一緒に提供された生薬草茶だ。
貝に絡められた薬草のみじん切りが贅沢に使用されたソースが美味しすぎて、ぜひ家で再現しようといつものようにメモを取る私をビリーが見ている。
「エスプーモでも、メモを取っていたと聞いたが……」
「はい。これから偏った食事を少しずつ改善していきますので、期待していてくださいね!」
「改善って……俺は、今のままで十分満足しているぞ」
「ビリーさんの体のことを考えて、まずはオムレツばかりの朝食を改めようと思っています」
「それはダメだぞ! 俺はそんなことを望んでいない」
急に慌てはじめた彼を眺めながら、私は爽やかな甘い香りのするお茶を一口飲む。
庭園内にある薬草園から摘んできたばかりだという薬草で淹れられたお茶は、乾燥させたものとは風味が異なりこちらも美味しい。
(コンフリー薬房でこれを出すなら、庭で薬草の栽培から始めないとね……)
「おい、俺の話を聞いているのか?」
「……聞いていますよ。でも、私の考えは変わりませんから諦めてくださいね」
「その顔は、絶対に聞いていなかっただろう?」
「ふふふ……」
やっぱりバレたと思いつつ、村に帰ったあとのことに思いをはせる私だった。
◇
食事のあと、私は一人鼻息が荒かった。
「ビリーさん、どちらが先に出口にたどり着くか競争ですからね!」
「俺は、そんな子供っぽいことはしないぞ」
「では、また後で会いましょう」
呆れ顔のビリーを置いて、私は早足に入り口へと歩き出す。迷路が思っていたより規模が大きいことに興奮し子供のようにはしゃいでしまったが、今日は許してほしい。
しかし、絶対ビリーより先に!と意気込んでいたのに、簡単だと思っていた迷路は意外と複雑ですぐに道がわからなくなってしまった。
あっちへうろうろ、こっちでうろうろとしていたら、突然開けた場所に出る。おそらくここは、迷路の中心地点なのだろう。
バルコニーから眺めていたときの全体像を頭に思い浮かべた私は、一度立ち止まり空を見上げる。
そろそろ日も暮れかけ辺りは薄暗くなってきており、うっすらと月が見えてきた。
明後日は満月で、私たちの仮説が正しいのか二人で検証することが決まっている。
(アンリになったら、囮作戦を決行できるだろうか……)
結局、アビゲイルの父親からは直接情報は得られなかったが、代わりに見合い相手だったセオドアから彼女が魔力持ちとの有力情報を入手できた。
その魔力が『魅了魔法』かどうかはわからないが、やってみる価値はあると私は思っている。
「さて、出口を探さないと」
再び歩き出した私だったが……数分後、同じ場所に戻ってきていた。
「あれ? 違う方向へ行ったはずなのに、どうして……」
その後も、出ては戻り出ては戻りを繰り返し、ついに私は音を上げた。
競争などと子供っぽいことを言わずに、ビリーと一緒に出口を目指せばよかった……と後悔しても遅く、誰か道のわかる人が来ないかと待ってみたが、そんな気配もない。
そうこうしている内にもどんどん日は暮れていき、月がくっきりと見えるようになってきた。
(まさか、このまま迷路から出られないのでは……)
『公園で遭難』の文字が頭を過り、私の不安が最高潮に達したときだった。
「…………ヌ」
遠くで何かが聞こえたような気がした。
「アンヌ、どこだ?」
今度は、はっきりと聞こえた。
「ビリーさん、私はここです!!」
彼に自分の居場所を知らせるべく力の限り叫んでいると、植木の陰から背の高い人物が現れた。
「こんな所にいたのか、随分さがしたぞ」
「ビリーさん!」
「ケガは? 変な奴に絡まれたりは?」
「ありません。ただ、私が道に迷っただけです」
「そうか……やっぱり、おまえを一人にしたのが間違いだったな」
周囲の薄暗さと月の光が逆光となって、ビリーの表情はよくわからない。
でも、声の感じから、彼にとても心配をかけたのだとわかる。
「心配をかけて、ごめんなさい」
差し出された手に手を置くと握りしめられ、気付いたときには私は温かいものに包み込まれていた。
「ビリー……さん?」
「とにかく、無事でよかった」
耳元で聞こえる彼の声が少し震えていて、どうしようもなく胸がざわつく。
トクントクンと小刻みに脈打つ鼓動が彼の心痛を表しているようで、申し訳ない気持ちでいっぱいの私は彼を安心させようと腕を背中にまわしトントンしてみた。
「……どうして俺が、おまえにあやされているんだ?」
「ビリーさんの鼓動がすごく速いので、こうすれば落ち着くかなと……本当は頭を撫でたかったのですが、手が届きませんでした」
「頭は撫でなくていい。それに、動悸なのは……誰かさんのせいで走らされたからだ」
「物語の中でも、王子様は森で迷ったお姫様を助けに駆けつけてくれますね」
「今回は姫だったが、前回は、悪者に連れ去られそうになった『世間知らずの王子様』だった気がするな」
「ふふふ、悪者って……」
王子様になっても、ビリーの口の悪さは相変わらずだ。
クスクス笑いながら、私はトントンを止め腕に力を入れる。こうすると、彼をより身近に感じることができた。
「ビリーさんの腕の中は心地良くて、このまま眠ってしまいそうです」
目を閉じると、お腹がいっぱいなこともあり睡魔が襲ってくる。
ふいに、私を温かく包んでくれていた腕の力が緩み、彼が離れた。
「もう、おしまいですか? まだ、このままでいたかったのに……」
「おまえな……今、本当に寝かかっていただろう? お子様は、さっさと帰るぞ」
「は~い」
残念だけど、夜が更けてくるし仕方ないかと納得する。
「また、してくれますか?」
「……おまえが寝ないならな」
「今度は、絶対に寝ません! だから、約束ですよ?」
「約束は……できない」
そう言うと、ふいと目を逸らしビリーは一人で歩き出す。
私は置いて行かれないよう、慌てて彼の隣に並んだ。
「じゃあ、迷子にならないように、手をつないでもいいですか?」
「ハア……おまえの好きにしろ」
どんなに素っ気ない態度でも、呆れられても、本人から許可が下りればこちらのものだ。
ビリーの気が変わらないうちに!としっかりと手を握りしめると、彼も握り返してくれた。
「そういえば、明後日の夜は同じ部屋で過ごしますよね?」
「ゴホッ……その誤解を招くような発言を、他の人の前では絶対にするなよ」
「それくらい、わかっていますよ!」
「以前にも言ったが、これまでのおまえの言動がな……どうにも信用できん」
「わ、私だって、少しは成長しています!!」
「どうだか」
ビリーとこんな軽口を言い合うのも本当に久しぶりで、楽しくてしょうがない。
彼と話をしているだけで、私の心や体はポカポカと温かくなり元気になる。
「ビリーさん、今度───」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何でもないです!」
今度、王都に来たときは……と言いかけて、その後の言葉が出なかった。
(私は、いつまで彼の傍にいられるのだろうか……)
そんなことを考えたら、胸の奥がチクッと痛んだ。




