珍しいお茶
今日は、お披露目パーティーの最終日。
そして、あと数日後には満月の日を迎えてしまう。
迫りくる定められた期限を前に、私は焦りに焦っていた。
◇
「ガーベラちゃん、朝から難しい顔をしてどうしたの?」
「いえ、その……お客様に指名してもらうのは、簡単なことではないのだなと実感していまして」
いつものように食堂で朝食を食べているのだが、立ちはだかる難題を解決する術がどうしても見つからず、せっかくの美味しい食事なのに全然食欲が湧いてこない。
「ガーベラも、少しは職業意識が身に付いてきたようね。いいわよ、どんどん貪欲になりなさい。どうすれば指名が増えるのか、どう接客すれば上客がお得意様になってくれるのか、自分の頭でよく考えることが大事よ!」
目を輝かせ私に発破をかけたマーガレットが、「あんたも、少しはガーベラを見習いなさいね!」とミモザへ説教を始めた様子を眺めながら、私は人知れずため息を吐く。
「でも、ガーベラちゃんにはもうお得意様がいるじゃない。指名客も確実に増えてきているし……」
「その常連の彼が、この店の会員になってくれるかが一番重要なのよ。貴族にしろ商人にしろ、お金が無ければ会員にはなれないのだから」
マーガレットの話は、以前クリスからも聞いていた。
飲み代とは別にかかる『年会費』というものがかなり高額なため、並みの貴族や商人では会員になることが難しいのだとか。
だからこそ、この店の会員であることが『社会的地位の高さの象徴』になっていて、なれない者は同伴者として店に来るしかない。
それ故に、仕事などの接待用のために会員になっている人もいるのだそうだ。
「じゃあ、その彼に会員になってもらえるように、ガーベラちゃんは頑張るの?」
「いいえ。あの方は今だけ王都にいらっしゃっているそうで、普段は地方にお住まいと仰っていました」
「……ということは、領地持ちの貴族ね。おそらく、子爵か伯爵あたりかしら? もう一人の方も同じ髪色だから、身内のようだけど」
「二人は親子です。マーガレットさんは、どうしてあの方たちが貴族だと思われるのですか?」
「その人が纏っている雰囲気を見れば、貴族か庶民かだいたい見分けがつくわよ」
『その人が纏っている雰囲気』と言われても、私にはどんなものなのかさっぱりわからない。
この仕事に長く就いているマーガレットならではの感性なのだろう。
「ガーベラちゃんにご執心の父親は軽そうな人っぽいけど、まあ連れてきている会員がそんな感じの人だもんね。『類は友を呼ぶ』かな……」
ミモザの言う通り、その会員は遊び人だとはっきりと言い切れる。
なぜなら、その会員こそ……アビゲイルの父親オリバーなのだから。
◇
お披露目パーティーが始まってから四日目、ようやくオリバーが店にやって来た。
ビリーやクリスから事前に彼の髪色と瞳の色を聞いていた私だが、従業員は店内では客の名を口にすることは(客に求められたとき以外は)厳禁で、さらに先日のビリーのように変装する者や偽名を名乗る者も多い。
そんな中で対象者が認識できるのか不安だったが、彼は髪色を変えず、さらには同伴者と大きな声で会話をしていたためすぐにオリバー本人だとわかった。
彼はアビゲイルよりさらに赤みが強い金髪の持ち主で、その言動・見た目ともに非常に目立つ人物のようだ。
足繁く店に通っていると聞いていたから、てっきりお気に入りの女性がいるのだと思っていたが、そうではなく、いつも違う女性を指名しているとのこと。
それはクリスも同じで、「どうして、特定の女性を指名しないのですか?」と尋ねたところ、「いろんな女性と話をしたいから」と彼らしい答えが返ってきた。
本人には言えないが、この点だけは二人は似ているのかもしれない。
オリバーの姿を頭に記憶した私は、先に指名が入っていた客のところを三件ほど回る。
おそらくその間に彼は帰ってしまうだろうから、今日接触することは早々に諦めた私は店の奥にある控え室で休憩をしていた。
お酒が飲めない私に、客は酒以外の様々な飲み物を注文してくれる。
それは、果実水だったり紅茶だったりと軽食やデザートに合わせて選んでくれるので、まるで普通に食事をしているように食べてしまいお腹がすぐにいっぱいになってしまう。
そのため、少し時間を空けないと次の接客に向かうことができないのだ。
さすが『紳士の社交場』と言われるだけあり会員の方々はお上品な方が多く、壮年の方からは娘や孫のように、若い人からはビリーのように私を妹と見ているような感じを受ける。
その話をミモザやマーガレットにしたところ、「ガーベラは見ていて危なっかしいから、客もつい身内のように心配になるのよ」と声を揃えて言われてしまった。
ビリーからも同じようなことを言われるので、今後のためにも、私のどういうところが危なっかしいのか彼に確認したほうがいいのだろうか。
……などと考え事をしていたら、コン、コン、と控え室のドアがノックされ、男性従業員がやって来た。
「ガーベラさん、ご指名のお客様です」
「わかりました。すぐに行きます」
指定されたテーブルに向かった私を待っていたのは……帰ったと思っていたオリバーと、同伴者の親子だった。
◇
「……それで、俺は言ってやったのさ。『おまえみたいな無能は、解雇が妥当だな!』って。そしたら、そいつが顔面蒼白になって『お願いですから、クビにはしないでください』って……」
「その方は、解雇されてしまったのでしょうか?」
「役立たずの心配までして、ガーベラちゃんは本当に優しい子だね。大丈夫だよ、そいつは降格になっただけだから」
「そうですか……」
最終日の今日も、オリバーと親子は店に来ていた。
これで四日間連続だが、オリバーは報告書の通り本当に仕事もせず遊び歩いているようだ。
彼らが話している内容から推測すると二人は古くからの知り合いで、王都へ出てきた彼らをオリバーが接待しているらしい。
それにしても、せっかく対象者と同じテーブルにいるのに、私は一言も彼と言葉を交わすことができない。
それもこれも、私がこの父親に気に入られてしまったことが最大の原因なのだ。
オリバーの隣には今日は入店一年半のアベリアがついていて、彼は彼女と話してばかりで私が入り込む余地はまったくない。
「父上、いつまでくだらない話をしているのですか? ガーベラさんが困っていらっしゃいますよ」
「いいえ、私はそんな……」
「ハハハ……では、おまえが彼女を楽しませてあげればいい。オリバー殿、ちょっといいですか?」
「……例の話か?」
大きく頷いた父親と共にオリバーが席を外し、個室へと消えていく。
どうやら、今日も密談があるようだ。
このあとは、残された三人で話をするか、指名が入った私たちのどちらかが抜けて二人になるかなのだが、今日はアベリアに指名が入った。「ガーベラ、あとはよろしくね!」と言われた私は、彼の隣に移動し向き直る。
父親を介して会話を交わしたことはあるが、直接対話をするのはほぼ初めてなので、まずは彼の興味のある話題が何かを探らなければならない。
「あの、あまりお酒はお好きではないのでしょうか? よろしければ、お酒以外の物もご用意できますが」
彼を観察していて気付いたのは、お酒を最初の一口飲んだだけでいつも残していること。
「父が『男が酒ぐらい飲めなくてどうするんだ!』と無理やり飲ませてくるのですが、やはり私には合わないようです」
苦笑いを浮かべた彼が「紅茶が飲みたい」と希望を述べたので、私はすぐさま紅茶の銘柄を頭に思い浮かべる。
店で取り扱っている飲食物は事前に全て試食・試飲しており、客の希望に沿ったものを提案することも大事な仕事の一つなのだ。
「種類がいくつかございますが、ご希望の銘柄などはありますでしょうか?」
「では、このお茶があれば……」
彼が口にしたのは最近店で取り扱いを始めたばかりのお茶で、その見た目の特徴が印象的すぎて私もはっきりと覚えていた。
同じものを一緒に飲みたいという彼の要望に応え、二つ注文をする。
運ばれてきたのは茶色をした通常のものではなく、青色をしたお茶。これは南国に咲く青い花を乾燥させて作られるもので、美容効果が高いものだとボニーは言っていた。
「さすがはエスプーモですね。すでに扱っているとは……」
感心しきりの彼は一口飲むと、ほう……と息を吐く。
「他国からの舶来品を扱う商売をしている父の友人が以前贈ってくれまして、その……私たち親子の髪色に似ているからと」
「お客様の髪色と同じで、とても綺麗な色ですよね。飲み物としては、珍しい色ではありますが」
青系統は、この家の遺伝なのだろうか。
親子は二人揃って鮮やかな青髪で、さらに彼の瞳は濃紺だ。
「フフッ、たしかに変わった色のお茶ですよね。あっ、私のことは『セオドア』と呼んでください」
「かしこまりました、セオドア様」
客からの要望なので、これからは彼のことを『セオドア様』と呼ぶことにする。
冷めないうちにあなたもどうぞ……と促された私は、ゆっくりとお茶を飲んだ。
鮮やかな見た目に対して意外にもお茶自体に味や香りはほとんどないのだが、美容効果が高いと聞き目の色を変えたマーガレットが自分で購入し寮でたまに飲んでいる。
彼女が「一緒に綺麗になろう!」とミモザを仲間に誘ったところ、「ロビーに会えないのに、綺麗になっても意味がない」と返され「あんたは職業意識が足りなさすぎ!」とお説教している姿を思い出した私は思わず微笑む。
そんな私の様子を眺めていた彼はおもむろにカップをソーサーに戻すと、再びこちらを向いた。
「……ガーベラさんに、折り入ってお話があるのですが」
「なんでしょうか?」
「私と……結婚を前提に、お付き合いをしていただけないでしょうか?」
仮面から見える濃紺の瞳が、まっすぐに私を見つめていた。




