師弟の再会
「お披露目パーティー?」
「うん、新人女性を会員へ紹介するパーティーなんだけど、言い方を変えれば『将来性のある子かどうか、客に見極めてもらう会』ってことだね」
先触れもなく、いきなり朝から押しかけてきたクリスは、ビリーが滞在している家の椅子に優雅に腰を下ろした。
「僕は最近いろいろと忙しくてね、数日家を留守にしていたらエスプーモから招待状が届いていたんだ。それで、慌ててここに飛んで来たというわけさ」
「アンヌが、それに出るってことか?」
「最近店に入った女性はアンヌさんだけだから、間違いないね。彼女はすごいよ。たった半月で店に出られるようになったから、相当努力したんじゃないかな」
「そうか……」
真っ先にビリーの頭を過ったのは、計画が進んだことに対する喜びではなく、弟子が無理をしていないかという師としての心配だった。
「で、本題だけど……君も一緒に行かないかなと思って。彼女のことが気になるでしょう?」
「もちろん気にはなるが……あの女の父親も来るんだろう? 俺は、顔を合わせるわけにはいかない」
元婚約者の父親だっただけに、ビリーは彼と何度か面識があった。
「でも、仮面で顔は半分隠れるから、そう簡単にわかりはしないと思うよ」
「しかし、髪や瞳の色で……」
「そうか、バルドー家の緋色の瞳は、王城に献上されたバラで有名になってしまったんだっけ」
半年ほど前に献上されたバラは『バルドーの赤』と名付けられ、その色の美しさが評判となっていた。
目を閉じ少し思案していたクリスだったが、エルゾラン家特有の水色の瞳を見開いてにこりと微笑む。
「では、こうしよう。瞳の色が変わる眼鏡を貸してあげるからウィリアム君はそれを着用し、念には念を入れて髪色も変えよう。ついでに、君はこの機会に身だしなみをきちんとすればいいと思う」
「はっ?」
「髪を切ろうと言っているのさ。いくら何でもそのボサボサ頭では、店には連れていけないよ」
苦笑いのクリスからはっきりと言われ「面倒くさい」の言葉が喉まで出かかったビリーだが、店に行くためだとグッと飲み込む。
こうしてビリーは久しぶりに身だしなみを整え、クリスの同伴者として二度目の来店を果たしたのだった。
◇
エスプーモの店内は数年前となんら変化はなく、女性たちが客を出迎えるために立ち並んでいる。
クリスが顔なじみらしき客と会話を交わしている後ろで、ビリーはアンヌの姿を捜していた。
店の女性たちは仮面で顔を隠してはおらず、数名いる金髪女性の中から彼女を捜し出せばいいだけなのだが、どこにも見当たらない。
おかしいと思いつつ、今度は彼女たちの瞳の色まで慎重に確認をしていく。
ある一人の女性に目が留まったが、そこにいるのはビリーの見知らぬキリっとした顔立ちの目の覚めるような美人。
アンヌは周囲から美少女と言われているが、彼女はどちらかと言えば美人というよりも可愛らしい顔立ちをしていて、この女性はビリーの知るアンヌとは似ても似つかない。
瞳は見覚えのある色なのに、なぜだ?とビリーが首をかしげていると、中年女性がクリスへ声をかけた。
「本日は、ようこそいらっしゃいました。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「こんにちは、マダム。今日は新人が入店したと聞いて楽しみしていたんだ。さっそく、彼女を指名したいのだが?」
そう言ってクリスが顔を向けたのは、あの女性だった。
「ありがとうございます。ガーベラさん、お願いします」
「はい、かしこまりました」
クリスが手を差し出すと女性は緊張した面持ちで恐々と手をのせてきたが、「そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ。僕は怖くないからね」の声に目元を緩める。
その表情は、ビリーのよく知るアンヌの顔だった。
◇
三人は同じテーブルについたが、もちろん周りから知り合いだと覚られる行動はできない。
アンヌもそれを心得ているのか、クリスの当たり障りのない話題に相槌を打っている。
同伴者役であるビリーは二人の会話には交じらず、アンヌの様子をじっと観察していた。
先ほどまで緊張で強張っていた表情はなくなり、酒の飲めないアンヌ用にクリスが注文した果実水を美味しそうに飲んでいる。
この店では、女性たちへ身分を振りかざして何かを強要する行為は『紳士の社交場に相応しくない』と会員規約で禁止されている。
違反すれば期限付きの入店禁止処分や、場合によっては退会処分もあるのだとビリーはクリスからきいていた。
そして、それは同伴者が違反した場合も同じで、本人だけでなく連れてきた会員へも適用されるとのこと。
この規約のおかげで、アンヌが無理やりお酒を強要されないのは良かったとビリーは心から安堵した。
クリスが途中で席を外し、テーブルにはビリーとアンヌの二人が残される。
アンヌはいまだにビリーに気付いてはいないようなので、すぐには自分の正体を明かさず、少々困った客を演じてみることにした。
アンヌの問いかけにわざと黙っていると、困惑しているのか彼女の目が泳いでいる。
客にそんなわかりやすい表情をみせて大丈夫なのかと心配になったが、次に無難な話題を振ってきたので今度は答えることにした。
しかし、外をよく確認もせずに「今日は、とても良いお天気ですね」はないだろうと心の中でツッコミをいれる。
耳をすますと雨の音が聞こえるのだが、接客であたふたしているアンヌの耳には届いていないのだろう。
ビリーはつい笑ってしまった。
「……おまえ、そんな接客で大丈夫なのか?」
「その声……もしかして」
他に聞かれぬよう小声で声をかけたあと仮面を少しずらして顔を見せると、驚きで丸くなったアンヌの瞳から涙が溢れてきた。
「……こんなところで泣くな。まるで俺が泣かせたみたいだろう」
「……すいません。会えないと思っていたので、嬉しくて」
ビリーが渡したハンカチで軽く目元を拭ったアンヌが「せっかく綺麗にしてもらったのに、崩れてしまいますね」とぽつりと呟く。
「……普段のほうが、おまえらしくて良いと俺は思うが」
「……ふふふ、普通はお化粧している女性に『綺麗だよ』って言うのですよ」
笑ったことですっかり涙が引いたアンヌが、まじまじとビリーの顔を見つめている。
「……なんだ?」
「……もう一度、仮面を外した顔を見せてもらえませんか? きちんと身だしなみを整えている姿は、本当に珍しいので……」
さらりと失礼な発言をする弟子を睨みつけた師。
それでも、彼女の希望通り仮面を外し顔を見せてやったのだが、大真面目な顔で「やっぱり、髪が短いほうが素敵ですね」と言われ、またすぐに着用したのだった。
その後、すっかり緊張感から解放されお腹が鳴ったアンヌのために、ビリーは軽食と自分用のお酒を注文し、久しぶりに二人だけの食事を楽しんだ。
密談から戻ってきたクリスも合流し、彼が(エルゾラン家の後継者として)お披露目されたときの自慢話(主に、女性にモテたこと)をビリーとアンヌへ延々と語っていると、店の従業員がやって来た。
「ガーベラさん、そろそろ……」
声をかけられ、わかりやすく顔を曇らせたアンヌ。
他の客からも指名が入っている場合、一つのテーブルに滞在できる時間が決められているのだ。
「客の前では、もう少し感情を抑えろ」と説教したくなったビリーだが、ここは我慢する。
そんな師の気配が伝わったのか、すぐに表情を取り繕ったアンヌが二人へ顔を向けた。
「本日は、ありがとうございました。またのご来店を、心待ちにしております」
アンヌの顔は二人へ向いているが、視線は真っすぐビリーを見ていて、どちらに告げた言葉なのか一目瞭然だった。
店の会員を差し置いて同伴者へ伝えるとは……ビリーが頭を抱えている横で、クリスが「必ずまた、彼も連れてくるからね!」とにこやかな笑顔で返していた。
◇
帰りの馬車の中で、ビリーは黙ったまま外の景色を眺めていた。
「その顔は、師匠としての心配? それとも……一人の男としてなのかな?」
「……何の話だ?」
「アンヌさん、綺麗だったもんね。接客も初々しくて、あれならすぐに人気が出ると思うよ。ホントひと月だけっていうのが、もったいないな~」
クリスにはアンヌが男性になってしまうことまでは話していないため、「わざわざ潜入するのに、どうしてたったひと月だけ?」と問われたビリーは返答に窮する。
結局、「ウィロウ叔母上から『今は不在のマーシア伯母上が戻って来るまでだ!』と許可をもらったから」と苦しい言い訳をする羽目になった。
「ところでさ……今回の作戦が全て終わったあと、ウィリアム君はアンヌさんとのことはどうするつもり? 彼女と結婚はしないの?」
「前にも言ったと思うが、俺たちの関係は師弟だ」
「でも、食事をしていた君たちはすごく良い雰囲気で、とても師弟関係には見えなかったけどな……」
「……盗み見していたのか?」
「人聞きが悪いことを言わないでくれ。僕は一度戻ってきたけど、気を遣って二人きりにしてあげたんじゃないか」
軽蔑のまなざしを向けるビリーへ、クリスは心外と言わんばかりに首をふる。
「ウィリアム君はアンヌさんからあんな表情を向けられているのに、何も感じないなんて……男としてどうかと思うよ」
「彼女が俺に対して持っているのは、妹が兄へ向けるような家族愛だ。恋愛感情ではない」
「じゃあ、君はアンヌさんのことをどう思っているの?」
「俺も、彼女のことは妹……家族のように思っている」
「さっきから、やたらと『家族』を強調するけど、『夫婦』も一つの家族だからね」
「…………」
クリスの言葉に何の反応もしないまま、ビリーは無言でそっぽを向いてしまった。
相変わらず素直ではない友人に呆れつつ、クリスが自身の長い前髪を掻き上げていると激しい雨音が聞こえる。
どうやら雨足が強くなってきたようだ。
(これから、どうなることやら……)
この作戦の成果よりも、この二人の行く末のほうがよほど気になって仕方ないクリスだった。




