潜入開始!
翌日、ハンクス侯爵家の応接室に現れたのは、明るいキラキラとした金髪に水色の瞳を持つ、年齢より多少童顔に見えるクリス・エルゾランだった。
この日ウィロウは予定があり、私とビリーだけで彼と面会したのだが……
「ウィリアム君、君もなかなか隅に置けないな。久しぶりに会ったと思ったら、こんな美人さんと知り合いになっているんだもの」
「彼女は俺の弟子だ。変な誤解をするな」
「へえ~、美人薬師さんか……もしアンヌさんが今後独立する予定なら、僕が王都の一等地に店を持たせてあげるから、ぜひ連絡を!」
髪だけでなくキラキラとした笑顔でサッと手を差し出されたので、挨拶の握手かと思いそっと握ったら、クリスはそのまま自分の口元に持っていき口付けをされてしまった。
一瞬何が起きたのかわからず呆然とする私に、彼は水色の瞳を輝かせてにっこりと笑う。
「このまま手をずっと握っていたいけど……君の師匠が怖い顔で睨んでいるから、残念だけど止めておくね」
そう言いながら私へパチッとウインクをしたクリスだったが、一向に手を離す気配がない。
繋がれたままの手に戸惑っていると、パシッと渇いた音が部屋中に響き渡った。
「おい、いい加減その手を離して席に着け。大事な話があるんだ」
「ははは、やっぱり君は相変わらずだな……」
ビリーに叩かれた手をさすりながら、クリスがようやく席に着いた。
学園時代の同級生だとは聞いていたが、愛想の良さといい、軽薄な感じといい、ビリーとは真逆のタイプの人のようだ。
彼が頑なに「友人ではなく、知人だ!」と強調し、同類と見られないようにしていた気持ちが少しだけわかるような気がした。
ようやく、本日の本題に入る。
アビゲイルの情報(特に魅了魔法を行使できるのか)を少しでも収集するために、父親が入り浸っている『エスプーモ』へ紹介状を使って私が潜入すること。
その前に、どんな些細なことでもいいから店の情報を知りたいとの説明に、クリスがスッと手を上げた。
「ぜひ、僕にも君たちの計画を手伝わせてくれないだろうか? それが、店の情報提供をする条件だ」
「おまえの身内を糾弾する計画だぞ。いいのか?」
「あの一家が、我がエルゾラン家と多少なりとも繋がりがあるだけでも腹立たしいのに、さらに聞くに堪えない醜聞の数々。僕は一刻も早く縁を断ち切りたいと思っているから、そのための協力なら喜んで。それに、身内の恥を隠さず公表すれば『さすが、公明正大なエルゾラン家だ!』と益々我が家の評判が上がるだろう。鼻つまみ者たちを排除し、家の名を上げる……一石二鳥とは、フフッ…まさにこのことだな」
黒い笑みを浮かべながらひとり悦に入るクリスを見て、「おまえも、いろいろと大変なんだな……」と半ば同情気味に呟いたビリーだった。
◇
クリスという頼もしい協力者を得た私は、翌日の午後、王都の目抜き通り沿いに店を構える『エスプーモ』の前に立っていた。
通りに面した店の外観は派手ではなく、どちらかと言えば落ち着いた印象だ。
故郷の村や近隣の町の飲み屋を想像していた私はあまりの違いに驚いたが、上流階級の客相手にはこれくらいの上品さが必要なのだろう。
店の前で掃除をしている従業員に紹介状を見せ取次ぎをお願いすると、すぐに建物裏の通用口から控え室のような部屋へ案内された。
ここに来る途中、注意深く店内の様子を観察していたが、客の目が届かないところも隅々まで綺麗に掃除がなされていて、荒んだ雰囲気は微塵も感じない。
さすがは高級店だなと感心していると、ノック音のあとに中年の男女が入ってきた。
「やあ、遠路はるばる王都へようこそ! 私の誘いを受けてくれて嬉しいよ」
見覚えのある彼は、やはり村で出会った男性だった。
「今日、王都に着いたの?」
「そうです」
今の私は旅装していて、『今朝、王都に来たばかりの田舎者』を装っている。
「ここまでは、どうやって来たのかな? 御者の姿はなかったと聞いたが……」
「えっと……ここまでは人に尋ねながら来ましたが、御者ですか?」
「この紹介状を渡したときに一緒に説明をしたんだけど、忘れちゃったんだね。まあ、無事にたどり着いてくれたから良かったけど」
『無事にたどり着いてくれた』とは?と首をかしげる私に、男性……ブレイクが説明をしてくれた。
彼いわく、この紹介状を貸し馬車の御者に見せれば店まですぐに送ってくれるとのこと。
しかも乗車代金はすべて店の負担で、さらに、御者への謝礼も高額なため彼らは喜んで案内してくれるそうで、女性にとっては安心安全な手段なのだそう。
このようなことを始めたのは、以前王都へやって来たばかりの女性が騙されて他店で働かされそうになった事例があったため。
『エスプーモ』に勧誘された女性というだけで商品価値が高いと見なされ、他店が獲得しようと躍起になるのだとか。
もちろん私はハンクス侯爵家の馬車で店の近くまで送ってもらったため問題はなかったが、以前ビリーから聞いた話が思い出され背筋が寒くなる。
紹介状を貰った当時はまったく興味がなく話を覚えていなかったのだけれど、一歩間違えば私も同じ目に遭っていたかもしれない。
自己紹介のあと、店の簡単な説明を受ける。
内容は事前にクリス、そしてビリーから聞いていたものとほぼ同じだったが、新たに知ったのは働いている女性たちの立ち位置についてだった。
「この店では、客とあなたたちは対等の関係なの。だから、客だからといって過度に相手へ遜る必要はないわ。ただし、こちらが上でもない。あくまで平等よ。そのことは肝に銘じておいて」
私に心構えを説いてくれたのは、ボニー。
クリスによると彼女がこの店の実質的な経営者で、二人は夫婦ではなく姉弟の関係なのだとか。
『エスプーモ』を王都一の高級店に押し上げたのは、ボニーの優れた経営手腕と、ブレイクの容姿だけではない女性の素質を見抜く確かな審美眼だと、クリスは力説していた。
「まあ、まずは試しにひと月様子をみて、それから考えましょう。じゃあ、今日からあなたが生活する部屋に案内するわ」
「はい。よろしくお願いします」
ここは高級店だけあり、いきなりすぐに採用されるわけではなく試用期間を経て決定される。
しかし、従業員用に寮が完備されているため、私のように田舎から出てきた者には大変有り難い。
ビリーからは、情報を得られ次第すぐか、たとえ得られなくても必ずひと月以内には戻ってくるようにと言われている。
私としては是非とも任務をやり遂げてから帰りたいと思っているが、まずは客前に出られるようにならなければ話にならない。
限られた時間の中で、やれることは全部やる!
ボニーの後を歩きながら、私は一人静かに闘志を燃やしていた。
◆◆◆
アンヌが『エスプーモ』へ入店してから一週間、ビリーはハンクス侯爵家で変わらない日常を過ごしていた。
住み込みになるため、ビリーの食事の準備ができないことを一番気にしていたアンヌへ心配をかけないよう、彼はきちんと自炊をしている。
調合作業をするときはウィロウと一緒に、屋敷の仕事を手伝うときは使用人たちと食堂で食事をすることもあるが、自作の料理も含め、食べるたびに何か物足りなさを感じていた。
『アンヌが作る料理ではないから』『自分の料理の腕前が未熟だから』『専属料理人が作る料理だから』だけではない理由があるはずなのだが、ビリーはその答えが一向にわからない。
この日、お隣さんである庭師夫婦の家に招待されたビリーは、夕食を囲みながらレオとお酒を酌み交わしていた。
「ビリー、アンリがいなくて寂しいだろう?」
「……いいえ。たまには一人になりたい時もありますので」
からかうような口調で問いかけてきたレオへ淡々と言葉を返したビリーを、シエナが目を細めて眺めている。
「ふふふ、そんなことを言っても、ビリーさんの顔には『寂しい』ってかいてあるわよ」
「アイツ、『ビリーさん、ビリーさん』ってホント師匠が大好きだもんな……で、田舎からはいつ帰ってくるんだ?」
「ひと月後の予定です」
これまでアンリと関わりのあった者たちへは、急用ができて実家に戻っていると説明をしたビリー。
アンリ不在の件はそれですぐに解決したのだが……別の問題が起きていた。
「まあ……でも、ビリーには可愛い恋人がいるからな」
「兄妹そろって美男美女なんて、ご両親が羨ましいわ~」
「あの、何度も言っていますが、彼女は私の恋人ではなく───」
「ビリー、隠す必要はないんだぞ。これも立派な男の甲斐性の一つだと、俺は思っているからな」
自分を話題にして盛り上がっている夫婦を見やりながら、ビリーはため息を吐く。
事の発端は、元の姿に戻ったアンヌを連れてウィロウに面会するために屋敷へ向かっていたところ、運悪く庭師夫婦と出会ってしまったことだった。
女物の服を持参していなかったアンヌはアンリ用の男物を着ていたので、遠目からであればごまかすこともできたのだが、鉢合わせしたためすぐに女性だと気付かれてしまったのだ。
結局、王都に住むアンリの妹のアンヌだと紹介しその場は無難にやり過ごしたのだが、夫婦は勘違いしたまま。
ビリーは何度か訂正はしているのだが、まったく聞く耳を持ってもらえず現在に至っている。
「アンリくんは、次のお月見に間に合うといいけど。すごく楽しみにしていたから、過ぎてしまったらきっと大騒ぎするわね……ふふふ」
「ああ、違いない。ははは!」
笑い合う夫婦の横で、それが一番の心配だとビリーは思う。
仮説が正しければアンヌは満月の日にまた男になるので、もし万が一間に合わなければ別の意味で大騒ぎとなってしまうだろう。
(間に合うように、ちゃんと帰ってくるだろうか……)
弟子に関していろいろと悩みの種が尽きない、師匠ビリーだった。




