再度、二人で考察をしてみた
「朝から、おまえは何という顔をしているんだ」
これが、ビリーの第一声だった。
「もう、ダメです……」
「はあ? 普通は、喜ぶところだろう? 現に、前は大騒ぎしていたよな」
「今は望んでいません」
向かい側で朝食を食べているビリーが呆れ顔で私を見ているが、今回ばかりは衝撃が大きすぎて当分立ち直れそうにない。
◇
昨夜は満月だった。
せっかくだからとお隣さんの庭師夫婦レオとシエナを誘い、家の前にテーブルと椅子を出して(もちろん、ウィロウの許可を取って)四人でお月見をすることになった。
お月見では黄色い料理と丸い形のデザートを食べると説明したところ、シエナが黄色いシチューのような料理と月に見立てた平たく丸いお菓子を持ってきてくれた。
二つとも他国のもので、最近王都に入ってきたらしい。
料理は香辛料の効いた刺激的な味で、入れる具材によって様々な変更ができるのだとか。
私が「薬草などは、どうでしょう?」と尋ねてみたら、「緑の野菜を入れたものもあるから、合うかもね」との返事が。
これは良いことを聞いたとさっそく作り方のメモを取る私の隣で、ビリーはレオと彼の持参した黄色のお酒『エール』を飲んでいる。
シュワシュワした見た目とビリーが美味しそうに飲んでいる姿が、私は気になって仕方ない。
「ビリーさん、僕もそれを飲んでみたいです」
我慢できずに声をかけてしまったが、お酒を飲んだことがない私でも少しの量くらいなら大丈夫だろう。
「お子様のおまえには、十年早い」
「ぼ、僕だって成人しているんですから、問題ないと思います!」
ビリーにあっけなく却下され、ぷうっと頬を膨らませて反論した私に「そういうところが、お子様なんだ」と苦笑しながらビリーがさらに意地悪を言ってきた。
「お子様じゃありません!」「お子様だ」の私たちのやり取りを見ていたシエナが、ふふっと笑っている。
「ビリーさんはね、アンリくんのことが心配なのよ。特に初めてのお酒は、合う・合わないもあるからね」
言われてみれば、たしかに口に合わなくて飲み残してしまったときにもったいないと納得した。
でも、ほんのちょっとでいいから味見だけはしてみたい。
「アンリ、俺のでよければ少し飲んでみるか?」
「いいのですか?」
「ああ、まずは一口だけ飲んでみろ」
レオがカップを目の前に差し出してくれたので手に取ろうとしたら、横からヒョイと取り上げられてしまった。
「おまえは……俺のを飲んでおけ」
「だって、ビリーさんが『おまえには十年早い』って……」
「飲むのか、飲まないのか、どっちだ?」
「飲・み・ま・す!!」
少しばかり拗ねたようにも見えるビリーのカップから、エールを少しだけ飲んでみた。
(うん……彼の言うとおり、私はお子様だ)
結論から言えば、私には苦すぎて一口だけで十分だった。
しかめっ面をした私をビリーは「ほら、みたことか」と言わんばかりの顔で眺めているが、気付かないふりをして口直しのお菓子を頬ばる。
生地の中に木の実の餡がぎゅっと詰められたこれは、一つだけでかなりの重量感があり、残念ながら私は一つ食べただけでお腹がいっぱいになってしまった。
ビリーは「食べ過ぎて腹をこわさないように、おまえは一つだけな」と言ったくせに、自分は三つも食べていたので「ビリーさんだけ、ズルい!」と文句だけはしっかり伝えておく。
ちなみに、私が今回用意した料理は、王都の市場で買ってきた黄色い野菜を使った『(万能調味料和えひき肉の)肉詰め』と、トウモロコシの粉を練って焼いたパンのようなものと、聖職者の帽子に似た丸いケーキを作ってみた。
市場には色とりどりの野菜、海で獲れる生魚(私は、乾燥したものしか見たことがなかった)、他国から入ってきている珍しい食材なども数多くある。
終始興奮しっぱなしの私を、ビリーはかなり引き気味に眺めていたのだった。
こうして、何だかんだ言いながらも楽しい時間を過ごし、私は気分よく就寝したのだが……朝、目が覚めたらアンヌに戻っていた。
◇
「せっかくまた戻れたのに、何でそんな浮かない顔なんだ?」
「……初めて、祈りが通じませんでした」
「ん?」
「『アンヌに戻りませんように』とお祈りをしたのに、戻っちゃいました」
王都へ行く馬車の中でビリーに見つからないようにこっそりと祈りを捧げたのに、元の姿に戻ってしまった。
「おまえが、どうしてそんなことを祈ったのか理解不能だが、これで、入れ替わる理由が『祈りの力』ではないと証明されたわけか……」
ふむ……と呟き、「では、他にどんな理由が考えられるのか……」とビリーは食事の手を一旦止める。
「おまえが入れ替わった日に共通することは、入れ替わる時間以外に何がある? 場所ではないよな。食べたもの……」
「食べたメニューに共通性はありませんが、黄色のものが多いですよね。お月見をした日の夜に入れ替わっていますから」
よくよく思い出してみると、一番最初を除いて、それ以外はすべてお月見をした日だ。
「昨日も月見のあと。前回も同じ……そういえば、その日だけおまえはよく具合が悪くなるよな?」
ビリーの言う通り、お月見の日に熱が出たり喉が痛くなったりすることが多い。
夜、外で食事をしているからだと思ったけれど、一番最初に男になってしまったときはまだ明るい時間に喉の調子が悪くなって、馬車の中でウィロウからコンフリー薬房の薬をもらったのだった。
そして、お月見はしていないがその日も……
「共通点は、『お月見』ではなく『満月』か……」
「宿の窓から、月が綺麗だな~と観ていたので間違いありません」
「前回、男になったときに『パアッと月の光が部屋に入ってきて』とか言っていたな。俺は夢の中の話だと思っていたが、まさか本当に……」
『満月の夜に、男女が入れ替わる』
入れ替わる理由はいまだ不明だが、ようやく一つの仮説が立つ。
しかし、これを証明するためには次の満月まで待たねばならない。
「そうだ、おまえの喉は今はどうなっている?」
「私の『喉』ですか?」
「前回、腫れていないか確認をしたときに、女であるはずのおまえの喉に突起物があったんだ。俺のようにな」
そう言って、ビリーは自分の喉を見せる。
「自分で触ってみて、どうだ? 何か引っかかりはあるか?」
「う~ん、特に何も無いようですが……私ではよくわかりませんので、ビリーさんが直接確認をしてください」
「おまえな……」
私が顔を上げ喉を見せるとビリーは嫌な顔をしたが、前回も診た彼に比較してもらうほうが確実だと思う。
というわけで、「これはただの確認作業だから、『女性の慎み』は一切関係ないです!」と押し切った。
「……じゃあ、触るぞ」
かなり渋々といった様子で私の隣に移動してきたビリーが、喉にそっと触れる。
「ふふっ、くすぐったいです」
「すぐに終わるから、我慢しろ」
「は~い」
私へ顔を近づけ慎重に触診しているビリーの頭が目の前にあり、ただじっとしているだけの私はついいたずら心が芽生えた。
「コラ、どさくさに紛れておまえは何をしているんだ?」
「だって、私がアンヌのときはビリーさんは絶対に頭を撫でてくれないので、代わりに私が撫でようかなと……」
普段はこんな機会はないが、今ならちょうど手が届く高さにある。
ビリーの栗色の髪の毛は思っていたより艶々としていて手触りがとても良く、いつまでも触っていたい気持ち良さだった。
「私は、ビリーさんの瞳の色もこの髪の色も、両方好きなんです。そこに、これからは『手触りの良さ』も新たに加わりましたね」
だから、これからもたまに触っていいですか?と尋ねたが、ビリーは返事をせず無言のまま。
しかも、手が完全に止まっている。
「ダメに決まっているだろう」もしくは「勝手にしろ」と言われるかなと思っていた私がそっと様子を窺うと、なぜか彼の顔が赤く耳まで真っ赤だった。
「……そういうことを、絶対に異性へ言うんじゃないぞ」
「?」
「アンヌのときは男性へ、アンリのときは女性へ軽々しく言うな!ということだ」
理由が分からず「どうしてですか?」と尋ね返したが、ビリーは「どうしてもだ!」とそれ以上の答えを返してはくれなかった。
◇
「今から、ウィロウ叔母上に面会を申し込む」
食事を終えると、ビリーが言った。
「予定があるだろうからいつになるかわからんが、おまえの姿を見たらさすがのあの人もさぞかし驚くだろうな」
フフッとビリーの表情がどこか楽しげなのが気になるが、私がアンヌに戻るのを待っていたことは事実だ。
「せっかちな人だから、予定がなければすぐに会うと言われるかもしれん」と言うビリーに急かされるように後片付けをしながら、私は先日ウィロウと交わした約束が果たせなくなったことを思い出し、気が重くなったのだった。
◇
ウィロウには、午後一番の時間に会えることになった。
私室にやって来た、いつもの男物の服を着た女の私を見て、ウィロウは大きく目を見張る。
「ビリー、おまえはいつの間にこんな美少女を家に連れ込んでいたのだ? 私の許可もなく、実にけしからん」
「叔母上、今はそのような冗談は結構です」
「ふん、相変わらず全く面白味のない奴だ。それで───」
ウィロウは、私へ顔を向ける。
「───これが、君の本当の姿なのだな?」
「はい。改めまして、私はアンヌと申します」
頭を下げる私に、ウィロウは「はあ~」と感嘆の声を上げた。
「いやはや……実際に目の当たりにすると、驚きしかないな。ビリーも、最初はさぞびっくりしたのだろう?」
「それが……ビリーさんは寝ぼけていて、何の反応も……」
「コラ! おまえは余計なことまで報告しなくていいぞ!!」
「ハハハ! 相変わらず朝は弱いのか」
膝を叩いて笑うウィロウと青筋を立てて怒るビリーを交互に眺めながら、こんな私を気味悪がりもせずに受け入れてくれる二人に、改めて感謝の念を抱いた私だった。




