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28.

本日二回投稿します。後ほど20時。


 倒れたミコトくんと遭遇した辺りにさしかかった。

 研究生たちの弾んだ声は今日も響いている。

 建物の配置の関係で反響しやすいのかもしれない。ミストの道とは正反対だ。

 今日はミコトくんは大丈夫だろうか、とふと気になったけれど、あれは彼自身の問題だ。

 私が関わったところで悪化させるだけなのだから、思いを馳せるくらいしかできない。

 あぁ、そういえば。

 体質に何も関係なく付き合える奴が欲しい、というミコトくんの言葉を思い出す。

 アツは、どうして私を友達だと思ってくれたのだろう。

 私からすると、アツはそもそも特別枠で、その枠に「友人」というラベルを貼っただけのようなものだ。

 他の人もその枠に入るのか。入るためには何が必要なのか。

 だから友人とは何かについて具体的な定義をしたかった。

 アツにとって「友人」とは、どういう存在なのだろう。

 ミコトくんが倒れた場所に目をやりながら、ポツリと零す。


「私には、怖いことがあってね」


 緊張を解すように、一度ゆっくり呼吸をした。


「初めてできた1人だけしかいない友人が、これでもう遠くへ行っちゃうんだろうなあと思うと、少し怖い」


 ずっと、アツを失うことが怖かった。

 来る者拒んで去る者送り出す。だから今までは言わなかったけれど、いざその時が近付いたら未練がましく口にしてしまった。

 友人を失うというのは、考えていた以上に怖く悲しい。


「純ちゃん純ちゃん、そんなに動揺しないで。サクサク来てる」


 目の前で落ち葉がパシンと弾けたのを見て、これ以上の破壊は良くないと棘を伸ばさないように意識する。

 この程度で暴れ出すなんて、制御はまだまだだ。頑張ろう。


「ちょっ、と、ちょっと待ってね、休むついでにちゃんと話をしようか」


 アツの誘導でベンチに2人揃って腰掛ける。構内の所々に設置されているベンチだけれど、まともに使ったのは4回くらいかな。

 私の姿を見た研究生たちが少し遠回りに歩いていくのを見送る。

 落ち葉が数枚地面に滑り落ちたところで、隣のアツが脚を組んで溜息をついた。

 穴あきマシュマロのアツは、前よりも溜息が多い。気苦労というものも感情の一部だったみたいだ。


「何で僕が遠くへ行くと思ったの?」


 私の外能がアツの精神体をくすぐっていた。

 閉じ込められた感情を少しだけ引き出せるのが私の棘だったから、近くにいようとした。

 けれど、もう穴が空いたから私の棘は必要ない。

 それならアツは私よりももっともっと有益な人の近くへ飛んでいくはずだ。優秀なアツには時間がいくらあっても足りない。

 それに加えて、私はアツを殺しかけた。私から遠ざかった方が心が凪ぐのではないか。

 わざわざ近くで交流することはない。


 伝えると、なるほどね、と頷かれた。


「まずは純ちゃん、どうにも誤解しているようだけどさ。僕にとっては、友達ってそんなに簡単にバイバイできるものじゃないんだよね」

「でもアツは、私の横では感情が分かったから、だから友達になったんじゃないの?」


 こればかりは本人に聞く必要がある。

 アツが気にかけているのは、私ではなく、私の外能では?


「違うよ?」


 至極あっさりと返された返事に、肩すかしを食らう。


「そりゃまぁね、近くにいると楽しいし悲しいし悔しいし、そういうのが感じられるのはそれこそ嬉しかったけどね。純ちゃんの近くにいれば、まっとうな人間らしい生き方ができるんじゃないかって思ってたけどね」


 アツは大きく伸びをしてから、天を仰いだ。


「そうじゃなくてもさ。僕は『あいちゃん』って呼んでたし、研究の討論をしてたし、他愛ない話をしてたし、機会があれば一緒に仕事したいと思ったし、純ちゃんが僕を友達とも何とも思ってなかったら何とか手を回したし、そうやって色んな行動をしていたと思うよ」


 なぜ?


「今だから告白しちゃうけど」


 と、顔の前に降ってきた落ち葉を上手く捕まえたアツ。こんなところまで器用だ。


「そもそもね、純ちゃんに近付いた最初の動機はさ、僕と一緒じゃないかって疑念があったからなんだ」

「一緒?」

「人造ってこと。生まれながらに何か背負ってるんじゃないかってこと。背負ってるって点はある意味当たってたみたいだけど、僕の期待する仲間とはちょっと違ったね」


 アツがたまに言っていた、同じだの違うだのという言葉はこれか。


「で、次に気付いたのが感情。初めて大笑いしそうになったんだ。びっくりした」


 黙って頷いて先を促す。


「純ちゃんにとってはその次が大事かな。純ちゃんの隣で得られたものは感情だけじゃなかったんだよ。僕はのびのび生きられた。馬鹿話ができるくらいに気を許してさ」


 そう言われてみると、そつのない世間話をする姿はよく見かけたけれど、だらけた姿勢でどうでもいい愚痴を口に出すのは私の横でだけだった。


「どうして、って顔をしてるね。どうしてか僕も良く分からないや。こういうのを『気が合う』って言うんじゃない? だから友達になった。それだけだよ。そうじゃなきゃ利用するだけの関係になってた」


 気が合うかどうか。

 これがアツの考える友人の条件だった。

 感情の有無だけが問題かと思ったけれど、違ったらしい。

 ナギサさんの言う、表面だけの付き合いの友人。アツの場合は、その逆とも言えるかもしれない。

 中身は見せ合える。けれど中身だけの付き合いになる可能性はあった。

 それは友人ではない。

 どうして気が合ったのかはよく分からないけれど、それでいいと思ったから、ヒサくんのように自分の裁量で立て看板を立てた。

 そういった感じだろうか。


「次、もう1つの理由だけど」


 私が殺しかけた件か。

 アツは落ち葉を手放して、こちらへ視線を向けてきた。


「それを言うならさ、僕も純ちゃんを痛めつけていたことになるんだよね。僕が倒れない限りは純ちゃんもグサグサやられ続けて、下手すると死んでたでしょ」

「全ての元凶は私なのに?」


 アツに非はない。


「どう感じるかって問題。純ちゃんは僕を傷つけたかったんじゃなくて、助けようとしてくれたんでしょ? 僕がさっさと倒れていれば純ちゃんはそんなに苦しまずに済んだんじゃないかって」

「馬鹿か」


 思わず平手でアツの後頭部を叩いた。

 強くしたつもりはなかったけれど、ポコンと音が返ってきた。

 口を尖らせ、だってさぁ、とぶうたれてくる。


「さっきも言ったけど、どう感じるかって話だよ。結果だけ見れば一緒なの。僕も純ちゃんを殺しかけたって思ってる」


 どちらかというとね、とアツは続けた。


「自分が死んでたかもって聞いた時よりもね、純ちゃんも死んでたかもって言われた時の方がショックだったんだ」

「だからそれは」

「はいはい、不毛は言い合いはおしまい」


 私の言葉を遮ってから、ふぅっと軽く息を吐いて、


「それも僕の中で整理をつけたこと。僕の中では終わったことなんだよ。すっきりしたって言ったでしょ? だから純ちゃんから離れる理由にはならないんだよね」


 淡く微笑んだアツ。

 何をどう整理したのかは分からないけれど、やっぱりアツが本当に笑っているから、私の中で燻っていた恐怖は少し小さくなった。


 再度空を仰いだアツが、何拍か置いてこちらに向き直った。


「僕が近くにいてほしい理由は、1人しかいない友達だから? それなら、これから他に友達ができたら僕は別にどうでもいい?」


 私はベンチに落ちてきた葉っぱを拾い上げてくるくる回す。

 一方で私はどうなのだ、というのが今度の問いだ。

 まだ外能の制御は下手くそだけれど、もし完全に制御できたなら、私は呪い女の二つ名をなくせるのだろうか。

 呪い女でなくなれば人は近寄ってくれるのだろうか。

 人付き合いをしてこなかったが故の不器用さはすぐには直りそうもないけれど、それでも友人はできるのだろうか。

 私は友人に対して上手く接することができるのだろうか。

 そもそも、まだ友人という存在について理解しきれていないから、どこからが友人なのかの線引きも難しい。


 この問いは難しい。

 友人が欲しいという気持ちはあまりなかった。

 ただ、近くにいてくれる人の存在が嬉しかった。

 アツを友人だと認識する前からそう思っていたんだから、大事なのは友人云々ではない、と、思う。

 それじゃあ、近くにいるのは知り合いでもいいのかな。

 それならもうミストの人たちが普通に話せる枠に収まっている。

 それだけでもいいはずなのに、やっぱり気持ちが落ち着かない。

 ……よく分からなくなってきた。


 けれど結局、アツがいなくなったら寂しいだろうなと思う。どうでもいいとは思わない。


 消化不良ながらに、考えていたことを順に話す。

 アツの目が徐々に大きくなる。


「つまり、友人が離れるのが辛いというより、僕が離れていくのが辛いってこと?」

「まぁ、そうなるのかな」


 友人が1人しかいないのだから厳密に区別はできないけれど、これまでの考え方からすれば、友人というラベルよりもアツという個人が問題なのだと思う。


「ずっと一緒にいればいい?」

「それは違う気がする」


 今までだって、四六時中一緒にいる必要はなかった。大橋研で同僚になるまではそれで済んでいたのだ。

 職場で会って話をして、職場が変わっても学会なんかで会えば話をして、たくさんの友人の方へ行ってしまっても私ともたまに話をしてくれれば。


「あ、それだ。友人だのどうだの、遠くへ行くだのどうだの、そういうことじゃなくて、単にアツに見限られて見向きもされなくなるのが嫌なんだな」


 それが「アツを失うのが怖い」だ。よく分からない距離感だろうと、距離を感じられさえすれば安心なのだ。

 すっきりした。


「ないない、それはない」


 秒で返された。

 アツは組んでいた脚を左右組み替えて、つま先をピコピコ上下させ始めた。

 また、はぁ、と溜息をついているけれど、それでもなぜか今度はにこやかだ。


「そっか……そっか、うん。僕も今1つ気付いたことがある」


 私の真似をして落ち葉を玩びながら、言葉を選んでいるかのようにゆっくりと語り出す。


「あのね。僕も、純ちゃんと似たようなことが怖かったんだよ。純ちゃんが『破壊』を制御できたら、他の人に近寄っても気持ち悪くならないよね? それなら穴あきになった僕は必要なくなる、純ちゃんはどこかへ行っちゃうんじゃないかな、って」


 それがアツに零した私の本音……私の言葉そのままなのはアツも分かっているようで、その先を繰り返すことはしなかった。


「ただ、僕はね、僕が情けなく純ちゃんに付きまとう可能性まで考えちゃった」


 アツは手に取った落ち葉を見つめているようでいて、実際はどこか遠くを見ていた。


「実際、事情を知る前にそんなことが脳裏をよぎったんだよ。感情を一度知ってしまったから、もう一度、もう一度、って思っちゃったんだ」

「そんなに苦しかった?」


 アツの青白い顔を思い出す。


「苦しくはなかったよ。苦しくなかったけれど、決定的に足りないことは分かるから、それを埋めたかった。欠けた部分を埋めたら人間らしくなると思って」


 そうか、苦しさも一種の感情だから分からなかったのか。

 縋りついてきたアツは無表情ながらも苦しそうに見えたけれど、本人は苦しさを分かっていなかった。

 それを思い出して目を伏せた。


「あの夜、ヒサさんに言われた時に疑問に思ったことがあるんだ。喜怒哀楽が常にある? 本当に? この体で本当にそうだと言いきれるのか? もしかしたらまた感情がなくなるかもしれない。感情がなくなったらまた純ちゃんに詰め寄るかもしれない。……でもさ」


 もう一度晴れやかな溜息が聞こえて、私は顔を上げた。


「今の純ちゃんの話を聞いて気付いたんだ。純ちゃんはサッパリしていたけど、僕の方はずっと一緒にいたいんだよね。だから、それなら、不安なら一緒にいればいいじゃないか、って」


 おっと。まさかの依存宣言か。

 私の思考を読んだのか、アツは口の左端をちょっと上げて、首を横に振った。


「言葉通りの意味じゃないよ? どちらかというと」


 落ち葉を弾き飛ばして言葉を切り、こちらへ向き直る。


「僕が情けなく付きまとうんじゃなくて、純ちゃんが僕以外を選べないようにしようかなぁって」


 ――爽やかなようでいて壮絶な暗さを含んだ笑みは、普段のふざけた雰囲気でもよそ行きの仮面でもなかった。

 

 ……ふむ。これもアツの笑顔か。新発見だ。


「だから、僕が純ちゃんを見限るなんて絶対あり得ないよ」


 さっきの一瞬の笑みが見間違いかと思えるくらいに普段通りの――私に対しての普段通りの、何も作っていない笑顔を浮かべたアツは、また降ってきた落ち葉を拾い上げてクルクル回し始める。

 少し伏せられた長い睫毛を眺めながら思う。穴あきになったアツは、これから私も見たことがない表情を増やしていくのだろう。

 あ、それはなかなか。


「いいかも」

「えっ、どうしたの純ちゃん!? もう一緒にいてくれる気になったの? チョロくない!?」

「違うよ馬鹿」


 ただ単に、アツの表情が増えていくのを見るのは楽しいだろうな、と、そういう話だ。

 今までよりも中身が漏れやすくなっているのだから、複雑な感情も挙動に表れると期待しているのだ。


「今のアツ、初めて見る表情だった。ということは、これから先、人に振り回されて新しい表情が出てくるかもしれない。むしろ、困った顔が増えるならそれはそれで面白い。そういう風にアツが色んな顔をしているのを見るのが楽しそう」

「なぁんか複雑だなー。じゃあ、それを見るためなら一緒にいようって感じ?」

「それはまた別問題じゃないかな」

「いっそもう付き合っちゃわない?」


 それには即答できずに腕を組む。

 私は未だに付き合うの定義ができていない。

 恋心とかそういうものはよく分からないし、恋愛云々を抜きにしても一緒にいることはできるだろう。

 それでは駄目なのか? それともそれが既に付き合っているという状況なのか?


「前提条件が曖昧すぎるから保留」


 ただ、双方が色んな感情や色んな知識を増やしていく途中で、恋心という概念も分かってくるかもしれない。

 その時に枷にされるのは嫌だし、枷にしてしまうのも嫌だ。

 アツと取り決めておきたいのはそれくらいだ。

 付き合う云々は些細な問題に思える。

 友人かどうかと同じだ。外から見た時に分かりやすいレッテルかどうかというだけだ。

 アツの特別枠に人が入るかどうかは、今はどうでもいいと思える。


「研究室戻るよ。冷えてきた」


 口を尖らせたアツにデコピンを食らわせて立ち上がる。

 遠巻きに様子を窺っていた研究生たちが何食わぬ顔で動き出す。

 リュックを背負い直し、パーカーの前を掻き合わせて、部屋へ戻る道を歩き出す。

 小走りで追いついたアツが横に並んだ。


「うーん、やっぱり何とかして籠絡しないとだなぁ。あ、よし、決めた。ここで研究室立ち上げちゃお。それで純ちゃんを准教授にしちゃうんだ」


 アツなら本当にすぐ独立してしまいそうだ。そしてそれなら、私もアツの研究室を選ぶだろうね。

 おお、見事に囲い込まれたではないか。

 面白くなって思わず吹き出してしまった。

 渡り廊下を歩いていた事務員がこちらを見て、ぎょっとした顔で足を止めた。



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