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27.


 週末明けて月曜、私は仕事を休んだ。

 ボスに映像チャットを繋げてその旨を伝えたら、非常に驚かれた。けれど、私だって体調不良になることくらいはある。それが数年に1度だろうと、調子を崩すのには変わりない。

 普段は風邪が多いけれど、今回は全く違う原因だ。

 そのまま説明するわけにもいかないから、風邪だと言っておいた。

 驚くべきことにアツは出勤していた。そして案の定ボスは気付いた。


「森合くん、また明るくなりましたよ。饗場さんも出勤したら様子を見てあげてください」


 と目を線にして笑っていた。

 ボスはそう言うけれど、多くの人にとってはいつも通りの人好きのする笑顔のままだろう。

 本質が変わったことにどれだけの人が気付くのか分からない。

 私の部屋の惨状について探りを入れたら、ニコニコしたまま、


「何をやらかしたかは聞きませんが、補填や弁償はきっちりしてもらいますね」


 と言い渡された。

 たまに、ボスはすべてを見透かしているのではないかと不思議な気分になる。

 ところで、弁償はいくらくらいになるのだろうか……?

 まぁ、その悩みは出勤してから考えようか。


 寝転がりながら、フローティングウィンドウを2つ展開させる。

 左で海外メディアのニュース映像を流しながら、右で昨日初めて知った事実についての検索を行っている。

 薄々予想していた通り、先々帝や先帝の研究については全く出てこない。

 せいぜいが先帝暗殺疑惑のゴシップ程度だった。

 当時の私は自分のことが最重要事項だったから(なにせ初等低学年だ)、デマや誹謗中傷といった当時の混乱は覚えていない。

 とにかく、そういう下世話な話の中に重要な情報が紛れていないかとざっと見ていったけれど、収穫はなし。

 一方、外能に関する話はいくつかヒットした。

 難病治療などによくある、無責任な善意のデマもある。

 けれど、店長に聞いた話を元に精査すると、事実もチラホラ見受けられる。

 外能者でできているコミュニティも存在しているようだ。書かれ方からして、店長が一枚噛んでいるように思う。

 公にせずとも、上手く付き合っている人も多いらしい。

 私はそういったコミュニティに属する気はない。ミストだって形は違えど似たようなものだろう。それだけでいいや。


 ベッドの上で伸びをして、ウィンドウを消す。

 私がミストへ来店しなければ、あるいは最初の一度だけで顔を出さなくなれば、店長はどうしたのだろうか。私はどうなっていただろうか。

 もしもを考えても仕方ないけれど、アツを殺しかけた恐怖はなかなか去ってくれない。

 そして、殺しかけた事実が、元からある恐怖を増長させる。

 頭の下で枕がポスンと音を立てた。



 ***



 火曜日。出勤した私は、来る途中に買ったホットコーヒーの容器を捨てに、ゴミ箱へと寄り道した。

 そろそろ落ち葉の盛りも過ぎそうだ。今日は風がないから過ごしやすいと天気予報は言っていたけれど、14時を回ると冷えだす。

 最近は、パーカーだけでは寒いと思って、リュックサックにウィンドブレーカーを突っ込んでいる。風が穏やかならあまり意味はないかもしれない。そろそろウィンドブレーカーだけじゃなくマフラーも入れておくか。

 さて、と踵を返すと、Vネックニットにデニムジャケット、ジーンズにスニーカーと、珍しくラフな格好をしたアツが道を横切ろうとしていた。

 そういえば前にも同じようなことがあったな、と思いながらアツに声をかける。

 予想した通り、機密書類の物理的な処分の帰り道だった。

 並んで構内を歩く。

 アツの先導で、遠回りする道へと入っていく。

 面倒な教授2人と遭遇したわけではないから、研究室に戻るまでに話をしたい、ということだろう。賛成だ。


「金曜はお疲れ様」


 水を向けたら、


「軽いね!?」


 と、いつもと同じような反応が返ってきた。そのことに少しホッとする。

 わざと軽く言ったんだよ。

 人殺しになる一歩手前だったんだから、さすがに精神的なダメージはあった。土・日・月と休んだのは、体力以上に精神力の問題だった。

 外能制御の練習で疲れたのもあったけれど、気持ちを立て直すのに時間がかかったのが主な理由だ。

 でも、軽く言った理由はもう1つある。


「アツこそ、死にかけたのに昨日から普通に出てきてたんでしょ?」


 私よりもアツの方が恐怖を感じただろうに。

 今までのアツだったら、恐怖なんて感じずに出勤できたのかもしれない。

 しかし今は穴あきだ。PTSD――ストレス障害に罹ってもおかしくない。

 どうなっているのか、探りたかった。

 ただ残念ながら、満足なコミュニケーションの取れない私は、体当たりでアツの様子を探るという、この方法しか思いつかなかったのだ。

 私の真意なんて知らないはずのアツは、数秒私を見てから、ふっと頬を緩めた。


「うん、大丈夫だった。1日かけてこの半年のことを整理し直してたら、結構すっきりしてさ」


 案外あっさりしていた。

 一安心、なのかな。

 アツの心の変化は私には想像もつかない。アツが大丈夫と言うならそれを信じるしかない。

 作り物ではなく本当に笑っているから、安心と取っておく。

 それにしても、半年か。

 もうそんなになるのか、という気持ちと、まだそれっぽっちか、という気持ちが混ざり合う。

 この半年で私は徐々に変わっていった。半年でこんなに変わったとみるか、それとも、ようやくこれだけ変わったとみるか。


「アツに変わったって言われた理由、やっと分かったよ。お店のライトのお陰で棘が短くなったのが根本にあったんだろうなって」


 だろうねぇ、とアツも同意する。


「で、アツが変になっていったのはどうして? 感情が出てこなくなったから?」


 そうだねぇ、とこれも同意された。


「色々と手は打ったんだけどさ。純ちゃんと一緒にいる時間を増やしたりとか、物理的な距離を縮めてみたりとか、ね。それでもどうにもならなくて」


 そうか、思った通りだ。アツのおかしな行動の原理はこれだったんだな。

 感情を感じられる人間になりたい。

 それがアツの願い。

 だから何とかして感情を取り戻そうと足掻いていた。それはとても人間らしいと思う。


「私に笑顔を見せなくなったアツはちょっとつまらない奴になっちゃったと思っていたけれど、それは違ってた。謝る」

「えー、そんな風に思ってたの?」


 眉をハの字にしたアツ。

 だからごめんって。フォローを入れようと少し考える。


「私の知っている限り、アツは凄い奴だよ。その印象自体は、つまらなくなったなと思っていた時でもあんまり変わらなかった。今も変わらない」


 うん? と先を促す疑問の声が返ってくる。


「仏頂面の私とは違って感情豊かだし、作り物だとばれない笑顔を常に纏っていられる精神力も凄い。頭も良いし仕事もできるし人間関係も上手く構築する。知ったのは最近だけれど、見た目も良い。完璧だと思ってたんだ」


 それが前提。

 眉を下げたまま、でもそれは、と言いかけたのを遮って言葉を続ける。


「顔がいいのは生まれが特殊だから。笑顔が作り物だったのは性質が特殊だから。作り物と感じさせないのも性質が特殊だから。背景に色々あったのは分かったよ。でもさ、それだけじゃないよね」


 何となくアツから目を逸らし、道の先へと視線をやる。私にしては珍しく熱弁している自覚はある。


「持って生まれたものだけじゃなくて、進みたい分野を決めて勉強したのはアツ自身だし、人付き合いを諦めなかったのもアツ自身だし、そうやって色々と努力もしたからここにいる」


 研究について語り合っている時のアツは、心底楽しいと言わんばかりの笑顔だった。

 その笑顔を表に引っ張り出したのは私でも、笑顔の元の感情を生み出したのは、私ではなくアツだ。

 頭が良くても使わなければ意味がない。顔が良くても無愛想でいれば近付く人は減る。

 そうしなかったのはアツが自分で選んだからだ。

 死んだ目をしていた間も続けていた。

 生まれが特殊だろうと、アツは器用なのだ。

 私は逃げ続けて、それでもしがみつくしかできなくて、好きなことはするけれど人は遠ざけるという現状に落ち着いた。

 私には器用さなどない。


「逃げないで進むって姿勢は、何かが抜け落ちていた時も続いていた。つまらないと思ったのは単に私のエゴ。だから凄い」


 自分ができないことをやれる人は凄いと思うのだ。

 私の言葉足らずなフォローに、それでも嬉しそうに、


「ありがとう」


 と言うのだから、やっぱりこいつはできる奴なのだ。



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