25.
私も深呼吸する。
「どういうこと?」
問い詰める声色にならないように気を使ったけれど、いつも同じような態度しか取れない私が上手くやれたかどうかは分からない。
これで良かったのだろうか。もっと良い聞き方があったんじゃないだろうか。
「気にしなくてもいいよ、純ちゃん」
無表情から脱して、私を困り顔で覗きこんできた。
こいつはこういう時の機微に鋭いのだ。いつものアツだ。
「どういう、って、まぁね。店長さんが言った通りだよ」
溜息をついてから水を半分くらい一気飲みしている。こう言っては何だけれど、とても人間らしい。
「詳しく聞いてもいい話? 嫌なら黙っていればいいんだよ」
誰にでも聞かれたくない話はあるだろうし、説明するのが難しい話もある。
相手に理解されないだろうと分かっていて尚、話ができるかと聞かれたら、私は強く否定する。
アツが今まで家族について欠片も話題に出さなかったのは、単にその話にならなかったという他にも、この事実に触れる可能性があったからだろう。
嫌なことを強要なんてできないし、それが友人なら尚更だ。
「ありがとう。でもね、話す覚悟はできてるから」
ここに来る直前に店長がアツに向かって言った、己の出自を明らかにする覚悟はあるか、という言葉を思い出す。
それでもアツはついてきた。
あの時から、私にも聞かせるつもりだったのか。
最後まで水を飲み干してから、アツは思いっきり伸びをした。
「じゃ、純ちゃんにも詳しく聞かせちゃおっかな」
話題と反して茶目っ気のある表情で舌を出したアツ。
「と言ってもね。僕が自分のことで分かってるのって、さっき店長さんが言ったことがほとんどでさ。あとは……プロジェクトに関わったドクター連中の名前とか? そんなのどうでもいい話だしねぇ」
腕組みをして口を尖らせながら宙を睨んでいる。
「それ以外だと、内面についてかな。僕はずっと人間らしくなりたいって思ってた。感情がなかったからさ」
なかった? そんな馬鹿な。
私の横では感情豊かに振る舞っていた。先日ヒサくんが、彼には感情がない、と言っていたのを即座に否定したのだ。
「感情が分かるのは純ちゃんの横にいる時だけなんだ。純ちゃんに出会う前も、純ちゃんとは別行動している時も、感情なんて文字で知るだけの実感のないもの。いつも笑っていても中身は何もない」
だからこそ笑っていられるんだけどねー、と何でもないかのように続ける。
「感情を顔に出すなんて想像でやるしかないからさ、だから一番楽な笑顔で固定してる。これでだいたい何とかなるんだよね」
どこかで聞いた話だ。
あぁ、ナギサさんの仮面の話か。
彼女とアツとの違いは、感情を理解しているのか、曖昧なままなのか。
「でね」
こてんと首を傾けて、私を見つめてくるアツ。
「さっきも言ったけど、純ちゃんの近くにいると、びっくりするくらい感情を実感できたんだよ。面白くて面白くてお腹抱えて笑いたくなるし、純ちゃんが他の子と仲良くなってたらびっくりするし、悪戯が成功したら楽しいし、渾身の論文を差し戻されたらショック受けるし」
数秒見つめ合ってから、アツは視線を店長へと向けた。
「説明できます?」
「ええ、できます」
「できるんですか」
3人テンポ良く発言したからか、ヒサくんが吹き出した。
テンシさんが何かを投げて、ヒサくんに命中した。カウンターの向こうで額を押さえてしゃがみ込んだヒサくん。
彼が視界から消えたのを確認してから、改めて店長に向き直る。
軽く溜息をついてから頷いた店長は、ペンのキャップを外した。
「ええと、森合さん、で合っていますか?」
「はい、森合厚です」
そっか、私からの紹介もアツの自己紹介もまだだった。ファミリーネームは例の調査で知ったのだろう。
「森合さんの精神体、他と違う具体例を挙げましょう。
そもそも身体と精神体は形が違うものです。2つが似通った人はいても、双方が瓜二つというのはまず考えられない。ですが森合さんのものは大きさも形も完全に同じ、しかも非常に整っている。デザインというものは、わざと崩して成り立たせる方が難しいようですね」
店長がボードにイラストを描き加えるのを余所に、まじまじとアツを見る。
そういえば、ついこの前までアツが綺麗な顔かたちだと気付いていなかったのだった。
今でもさほど気にしていないけれど、そんな事情があったのか。
「他にも、精神体自体の質感ですね。たいていの人間はぼんやりとした輪郭であることが多いのですが、森合さんのものは少しざらっとして、表面が分厚く、弾力がある感じに見えます」
靄であるはずが塊に見えるのか。
親指と人差し指で摘まむ動作をしながら、店長が言葉を探している。
「そうですね、グミ……大福……あぁ、マシュマロというのが一番近いかもしれませんね」
マシュマロ精神体か。真っ先に脳裏に浮かんだのは、鹿杜公園のBBQコーナーで巨大マシュマロを焼いた情景だった。
アツの形の巨大マシュマロ。ううむ、シュールだ。
「精神体の表面が分厚いせいで、中身がほとんど見えません。脳の機能の一部がそこに閉じ込められて出られないでいる」
「それが感情だったと?」
アツの質問に店長が頷く。
「だから饗場さんの近くにいると感情が表れたのです」
どういうことだろう? アツがこちらを見てくるけれど、私にだって分からない。
「饗場さんは『破壊』の外能を持っていますが、制御が全くできていません。それどころか、強い力を無理やり抑え込んでいる状態です」
掌を見下ろすけれど、私には精神体が見えないからよく分からない。
「棘のようなものを想像してください。『破壊』は、棘が伸びて何かを刺した結果、相手が壊れる外能です。『破壊』の外能者は棘の出現や伸びる先をコントロールしますが、饗場さんはそれができていない。常に伸び縮みしています。だから人はその棘が微妙に刺さって気持ち悪い。刺している方の饗場さんも、棘が相手と擦れることによる嫌な振動で気持ちが悪い」
フェンシングというイメージも、ガラスで擦れるというイメージも、あながち間違っていなかったようだ。
「ですが、分厚い外殻で感情を閉じこめられていた森合さんには、それが救いだった。僅かに外殻が壊れることで、中身が出てくる。饗場さんも、刺した先が弾力のある柔らかい外殻なので、気持ち悪くならない。それにつれて抑え込む力も弱くなり、それが余計に森合さんの感情を溢れさせた」
人嫌いの原因があっさりと判明した。
誰に対しても感じる気持ち悪さをアツには感じなかった理由も分かった。
アツといると妙にしっくりくる、落ち着く感覚。あれは棘が刺さって、けれどアツが壊れなかったから。
アツはアツで、マシュマロのせいで刺されても気持ち悪いとは思わず、むしろチクチクと刺されるたびに中身――感情が滲み出ていた。
――あることに思い至った。
アツと友人になれたのは、私がハリネズミだったから?




