表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

23.


 理性では事情を理解しきれず戸惑っているのに、実体験しているからか感性では腑に落ちた。

 マーカーをテーブルに置いた店長が、ヒサくんにフランスパンを持ってこさせる。


「店内ですし、アルコールが入っているから問題ないでしょう。饗場さん、このパンに向かって壊れろと念じてみてください」


 とりあえず実験してみたいから、言われるがままにパンを見据える。

 えぇと、壊れてしまえ……でいいのかな。

 アツがケフッと小さく咳をした。

 私の注意はそれよりもテーブルの上に向かっている。

 少しも触れていないのに、パンの表面が僅かに削られてパン粉がテーブルに零れたのだ。かぶりついた時よりも少ない量だけれど、触れていないというのが問題だ。

 ただ、


「思ったよりも……」


 大したことはなかった。

 もっとこう、真っ二つになるとか、粉々に砕け散るとか、そういう現象を予想していたのに。


「言ったように、今は二重にストッパーがかかっている状態です。それに、軽い気持ちだったのではないですか? あ、念の為これ以上はやめておきましょう」


 ヒサくんがパンを引き上げていき、すぐにカナッペが出てきた。

 カマンベールチーズが乗っている物を選び遠慮なくいただく。

 同じようにスモークサーモンの乗ったカナッペを摘まんでから、さて、と店長が仕切り直した。


「外能の1つに『移動』というものがあります」


 先の例で言えば、何かを動かすもの、なのかな。


「精神体が物質を掴んで取り込むんです。動かしたい先まで精神体が伸びて、そこで物質を解放する。かかる時間は非常に短いので、物が一瞬で動いたように見えます」


 超高速のクレーンを思い浮かべる。

 あ、もしかしてこれが。


「さっきのウィンドウ呼び出しですか?」


 私の問いに微笑んだ店長は、再度ウィンドウを出した。


「自宅から動かしてきました。饗場さんの目指している技術とは全く別物というわけです」


 自宅にコンピューターを持っているというのもなかなかだけれど、それよりも店の外から持ってきて……

 ……持ってきている? どうやって? 壁で遮られていては物は通過できないではないか。

 私の疑問を先読みしたのか、


「『移動』の外能を持っていても力の弱い人は、障害物のない場所でしか動かせません」


 と店内を見渡して指を振る。


「外能が強くなれば強くなるほど、精神体を伸ばせる距離が長くなる。そして障害物に当たってもその先へ行こうとするなら、そこに極々小の穴を空けるんです」


 髪の毛よりも細い穴、下手をすると分子レベルの穴ですね、と何事もないような顔で言い放つ店長。


「精神体はそこから更に伸びる。障害物を越えて物質の移動を行う際には、それに合わせて物体も小さく細くなるんです」


 なぜにそうなる。


「精神体が取り込んでしまっていますから、精神体の形に合わせて形を変化させることもできる……と言いますか、それができるのが『移動』の外能者です」


 うん、常識で測っては駄目だと分かっていても混乱する。

 そういうものだ、そういうものなんだ。

 言い聞かせておく。


「そして、『空間跳躍』。『移動』の上位版です。今のように遠く離れた場所から物体を引き寄せる『移動』も可能ですし」


 目の前の店長が消えた。


「本人を動かすこともできるんです」


 声がした方に視線を動かすと、カウンターの中、ヒサくんの隣に立っていた。


「そっ……あ、あぁ、くそ」


 後ろを振り返ったアツが叫びかけたけれど、考え直したようにすぐに目を閉じた。脚を組んだようで、ピコピコと上下しているらしい足先が私の脛にちょいちょい当たる。

 一気に口と態度が悪くなったところを見ると、外行きモードは完全に終了したらしい。

 今の現象を鑑みれば、店長が私のデスク横に急に現れたのも納得だ。

 大橋研のセキュリティをかいくぐれたのも室内に直接跳んできたから。

 いくら高性能なものでも、そこまで防ぐことはできないのだろう。




 アツには水のお代わり、私にはウィスキー・ミストのお代わりが出てきた。

 アツのグラスはほとんど減っていなかったのだけれど、冷たいものに取り替えるという意図だろう。

 コースターも新しくなった。

 ヒサくんのまめまめしい店員っぷりを見ると、さすがプロだなぁと思う。

 アツと同じように水を受け取った店長が、席について一口飲んだ。

 椅子を退いて私たち2人の顔を見られる距離を取り、少し思案した後、


「それでは」


 と口を開く。


「現代史の話をしましょうか。と言っても、ここ数十年の話です」


 く、と喉の奥が詰まる。

 社会科など中等以来だし、それも記憶の彼方だ。興味のない分野なんてそんなものだろう。


「先々帝が崩御したのが39年前。先帝が崩御したのが25年前。ですね?」


 アツはすんなり頷いているけれど、私は案の定まごついた。

 えぇと、先帝の崩御は私が初等の頃だったはずで、先々帝は……暦何年の時だったか……。まぁいいや、アツが頷いているならそうなんだろう。

 私の様子で察したのか、店長は苦笑いしてから続ける。


「先々帝、そして先帝の詳細な研究は公になっていません。単に、人体情報に関する研究、医学に関する研究、とだけ」


 これは私もすぐに頷ける。


「実は、先々帝の研究は外能に関するものでした」


 外能や精神体の研究を人体情報の研究と言い換えたのか。


「どうしてそれをあなたが知っているんですか」


 アツの声に棘が混じる。


「公になっていないというだけで、上手くやれば記録は出てきますからね」


 何をどう上手くやったのか知らないけれど、ひとまず置いておこう。


「さて、先々帝の話です。彼はどこかのタイミングで自身が外能者であることに気付いた。それがいつだったのかまでは分かりません。ただ、彼は外能を公にすることを望んだのです。だから研究テーマに選んだ」


 今でも一般には知られていない。精神体の認知すらされていないのだから、外能の話など知られているはずもない。

 当時の研究が実を結ばなかったから、今も公にされないままなのだろうか。

 けれど、なぜ公にしないのだろう。

 私が何かモヤモヤしているのを感じたのか、店長は軽く頷いてすぐに言葉を続けた。


「言葉が足りませんでしたね。今もって公になっていない理由はまた別にありますが、当時は外能による現象は理屈不明の超常現象だとしか考えられていませんでした。それを意図的に引き起こせるなどと公言すれば、待っているのは異常者の烙印です」


 確かに私も混乱した。今だって理屈はあまり分かっていない。

 自分が外能者の一員で、実際におかしな現象を目にしているから受け入れているだけだ。

 おおっぴらに言うかと問われれば――そもそもアツ以外に言う相手がいないけれど、もしここにアツがいなかったら――言わないだろう。

 なるほど、昔は誰も彼もがそうやって口を噤んでいたのか。


「先々帝は、自分が狂ってなどいないと内外に示したかったのでしょう。黙っているのに耐えられなかったのかもしれません。とにかく、異常者ではないと世間を納得させるだけの確たる証拠が必要でした。サンプルの母体数は多ければ多いほど良い。

 ……外能者狩りの始まりです」

「誰もが黙っていたのにどうやって集めたんです」


 未だ刺々しいアツ。彼の疑問はもっともだ。


「先々帝の外能に関連します。彼の外能は『外能把握』。精神体を見ることができて、外能者を見定めることができたのです」


 直接確認したということ? そんなの、大規模に行うためには国ぐるみで動かなければ実現不可能では?


「候補者を集めるのは容易だったようです。幼年保育や幼年教育の現場、初等学校、医療現場。こういった施設に内密の指示を出せば良い。何か他とは違う異常な振る舞いをする人間がいたら拝謁させる。何かおかしな現象が起きたらそこにいたすべての人間を参拝させる。要は面通しをしたと」


 うわぁ、実際に国単位だった。まさに大規模の狩りだ。


「見つけたら研究に使われた。何をどうされたのか、僕も詳しくは知りません。ですが、僕より年上の外能者の数は、それより下の世代に比べて遥かに少ないのは事実です」


 先々帝の崩御は39年前。つまりそこまでは外能者狩りが行われていて……店長は30代後半といった風情だから、その辺りが境になっているのか。

 研究内容を知り得た店長ですら、何をどうされたのか分からない、と言いきった。一方で、外能者の数が少ないことは判明している。

 単なる聞き込み調査では済まされなかったのだろう。背筋に震えが走った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ