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幕間:厚


 生まれながらにして異種の僕は、「整っている」顔つきに、「整っている」体つき、そして「通常ではない」能力の数々で、ちょっと浮いた存在になりかかっていた。

 だから、目立たないようにすべて程々に、という調整方法を幼い頃に身に付けた。

 そのお陰か、何とか無難に成長してこられた。

 ただ、そんな小手先の調整では埋められない違和感があった。

 違和感というよりも居心地のなさと言った方が正確か。

 幼年教育の絵本でも、初等の国語でも、しょっちゅう出てくる感情の描写。

 それがどうにも分からない。

 無感動とでも言い表すのだろうか。

 そして、仕方がない、生まれからしてそういうものだったんだ、と諦めていた。


 そんな時に、饗場さんに出会った。

 研究生の1年目、成績表を二度見した。

 僕はいつも控えめに行動していたけれど、その時はヘマをして点を取りすぎた。

 首席になることを覚悟したんだ。

 けれど実際には饗場さんが首席を取った。

 彼女とはそれまで一切の関わりがなかった。

 名簿で名前だけは知っていたけれど、他は、頬杖をついて何かを読んでいる姿を遠目で見かけたくらいだ。

 話によると、彼女は、高等学校から高等研究院という一般的な進学ルートを通らず、初等研究院から高等研究院への進学をしたという。

 それでは高等院1年目のテストは物足りないだろう。

 早く進級したいんじゃないか、今の講義についてどう考えているのか、進みたい分野は、どういう勉強をしているのか。

 彼女の成績を大きく超えない限りは僕も安心して学べるから、周囲に詳しく話を聞こうとした、のだけれど。

 彼女、どうにも周囲からの評判がよろしくなかった。

 気難しい、とっつきにくい、と皆が口を揃えて言う。

 よくよく聞くと、彼女といると居心地が悪いらしい。

 ――居心地の悪さ。

 そのキーワードに、僕は引っかかった。

 もしかして、彼女も僕と同じなのかもしれない。生まれながらに逃げられない、何かの宿命。

 首席をあと一歩で逃したから話を聞きたいというのは良い言い訳だった。

 いや、それも確かに聞きたいと思っていたのだけれど、一番聞きたかったのは居心地悪さについてだ。

 人嫌いの彼女はなかなか捕まえられなかったから、僕は図書館へ続く廊下で彼女を待ち伏せした。


「ぎゃい!?」


 心底驚いた様子の饗場さんは、聞いたことのない叫び声を上げて飛び退(すさ)り、そして足をもつれさせて尻餅をついた。

 目を大きく開けてパチパチと瞬きしている様子に、無表情の氷女と噂される彼女の表情筋も息はしていたんだな、と変な感心をしてしまった。

 そんな貴重な場面を見たことで(そもそも僕が悪かったのだけれど)、大笑いしそうになりながら彼女を助け起こした。

 そこで僕は気付いた。

 表面的な笑みは浮かべられても、笑いをこらえるほどに面白いと思ったのは初めてだったのだ。


「あれ?」


 一方の饗場さんも僕の顔をまじまじと眺めて首を捻っていた。


「お兄さん、私とこんなに近くにいて気持ち悪くならないんですか?」


 立ち上がる頃には元の硬い表情に戻った饗場さんが、僕の手を僅かに押しのけながら距離を取ろうとした。

 咄嗟にその腕を掴んだ。


「気持ち悪くならないし、むしろ面白いと思ったよ」

「は?」


 それ以上の抵抗はなく、彼女は改めて僕の顔を見てきた。


「もう1度伺いますが、気分悪くなったりしていませんか?」

「していませんよ?」


 硬い表情のまま3回瞬きをした饗場さんは、その後に目を伏せた。


「ナンパをするなら他の人を当たってください」


 溜息をつかれてしまった。

 僕はそれに対しても何だか笑いだしそうに面白くなって、


「あのね、饗場さんを探していたんだよ。秋学期のカリキュラムについてとか、将来の研究目標とか、話がしたくて。僕、同じ学年の森合厚。君に僅差で負けた次席だよ」


 おどけて言ったら、彼女は十秒くらい悩んでから目を上げて、


「あなたが気分悪くなるまでなら付き合います」


 と頭を下げてくれた。




 で、今に至る、と。


 ちっとも気分悪くならなかったんだよねぇ。

 むしろ純ちゃんと一緒にいると僕の居心地のなさが減っていった。

 嬉しかった。腹が立った。悔しかった。楽しかった。

 それだけじゃない。純ちゃんが優秀だから、気を遣うことがほとんどなく、会話も楽だった。

 純ちゃんの性格は案外素直で思いっきりのびのび生活できた。

 だから僕は、控えめに、程々に、そんな生き方を少し変えた。

 純ちゃんはそれすら気に留めず、更に肩の荷が下りた。息がしやすくなった。

 少しは目立つようになっちゃって面倒事も増えたけれど、それだって純ちゃんが変わらずにいてくれたから乗り切れた。

 結果、方々に笑顔を振りまいていた僕の方が、就職に関しても上になった。

 やっぱり目立ったけれど、そのお陰で純ちゃんを研究室に引き込めたんだから、悪いことではなかった。

 このまま一緒に仕事をしていれば、まっとうな人間らしい生活が送れるんじゃないかなって思っていた。


 そのはずだったのに、ここ数ヶ月、彼女の様子がおかしい。

 それにつられて僕もおかしくなってきている。

 何でだろう。純ちゃんの近くにいれば楽しいし苦しいし腹が立つし、そういう気持ちの揺れが感じられていたのに、最近は駄目だ。

 純ちゃんとの物理的な距離を詰めればまだマシだったけれど、それも束の間で、最近はほとんど意味をなさず無感動になってきている。

 昔は、そういうものだしょうがない、って唱えていれば良かったのに。

 一度感情を知ってしまった僕は、麻薬のように求めてしまう。

 ただ、苦しくはなくて、悲しくもなくて、感情をもう一度知りたいという欲求だけだ。

 麻薬と一緒なら「もう一度」で済むはずがない。中毒症状は苦痛を伴わなくても発生するのだろうか。

 中毒が起きてしまうなら緩和するものがないといけない。純ちゃんの他に、僕をまともにするモノはあるのだろうか。


 僕はどうすればいい?



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