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20.


 ぼっちはぼっちなのだけれど、誇り高きぼっち。

 いや、そんな大仰なものでもないか。

 ただ、受動的に1人となるか、能動的に1人となるか、という問題だ。


 覚えている限りの昔から、私は1人だった。

 初等学校の低学年では、教師も「みんな、饗場さんと仲良くしてください」と声かけしていた。

 けれどやっぱり遠巻きにされ、教師も促すのを早々に止めた。

 今思い返せば、教師自身も私と関わるのが嫌だったんだろうね。

 同級生たちは自分たちの主張が通ると薄々気付いていたから、私を避け続けた。

 子供には子供なりの打算があるってことだ。教師さえ味方につければ何とかなる。で、何とかなった。

 それで私がやさぐれる……ことにはならなかった。

 私としても、誰かと群れるのは嫌いだった。

 正確に言うなら、誰かが近くにいると気持ち悪かった。

 うぉえぇぇ、と吐く感じよりは、ガラスをキリキリ擦る、の方が近い。

 私は誰に近付いてもそういう気持ち悪さを常に感じていた。1人でいるのはとても安心できたんだ。



 ***



 親も例外ではなかった。

 初等卒業式の前夜、父親と母親がリビングで話しているのを聞いてしまった。

 トイレがリビングの真横なのが悪い。


「かつみさん、私、本当にもう限界。これ以上は気が狂ってしまう。何とかして」


 切羽詰まった声は充分に押し殺されて囁きに近いものだったけれど、よく聞こえてきた。

 テレビがついていなかったのが悪い。リビングのドアが全開だったのも悪い。


「分かるよ、小さい時からあの子と接するのは俺よりしゅりちゃんだったからね。しゅりちゃんの方が辛いよな。怖いよな。うん、もう頑張らなくていい。あの子も初等卒業だ、しっかり言い聞かせてしゅりちゃんには近付かないようにと伝えよう」


 2人の顔は見えなかったから、私は静かに深呼吸した。

 ソファーが向こう向きなのは悪くなかった。

 両親は決して互いを「お父さん」「お母さん」とは呼ばない。私と話していても自分のことを「お父さん」「お母さん」とは言わない。その理由らしきものに思い至った。

 たぶん、私の親にはなれないと思っていたんじゃないかな。

 ――それにしたって、親は親なんだな。そして親って凄い。

 正直な気持ちだった。

 同級生や教師と同じく、親に対しても私は居心地悪さを感じていた。

 さすがにそれはどうだろうと悩み、一つ屋根の下で暮らす以上どうにもならないと諦めて、せめて問題を起こさない良い子でいようと頑張った。

 自分がドライな性格で良かったと思いながら、物わかりの良い子でいようと気をつけた。

 でも、私と違って親には、手っ取り早く楽になる選択肢があったはずなのだ。

 仕事を増やして家に帰ってこない、外国への転勤を申し出て私をここに置いていく、……私を捨てる。

 大人だからこその逃げ道はあった。

 それでも母親は細かな持ち物にも1つ1つ名前を書いて、私の帰りを迎えてご飯を作って食べさせた。

 父親は一緒に本屋へ行き私の選んだ本を山盛り買い、仕事の都合をつけて参観に来た。

 気が狂いそうになるくらいの相手に、きちんと「親」をやっていた。

 時折、恐怖を浮かべた顔をしながらも、何も言わなかった。

 私には無理だ。無理だったから親相手でもなるべく避けていたんだから。

 私の内心を知らなかったから、親は親を頑張った。

 鼻がツンとした。

 自分が哀れだと感じたんじゃなくて、上から目線だけれど「凄いね、頑張ったんだね」っていう感動。

 だから私はリビングの入口から顔を覗かせて声をかけた。


「うん、もう頑張らなくていいよ。私もひとりでいたい。住む場所とお金さえもらえれば何とかするよ」


 初等卒業程度の子供が何とかできるはずもないのだけれど、私は心の底からそう言った。

 ひっ、と小さく息を吸ってこちらを振り向いた両親の顔は驚くほど真っ白で、一方の私は、顔色をなくすってこれか、と呑気に考えながらトイレへ向かった。そもそもトイレに行きたかったから起き出したんだよ。

 トイレから出たら、リビングの入口に親が揃って立っていた。

 ああ嫌だ。さっきくらいの距離ならまだマシなのに。

 だから少し離れてほしいと正直に伝えた。

 そしてソファーに座ってもらってから改めて話をした。

 ――黙っていて悪かったけれど、私は誰に対しても謎の気持ち悪さを感じている。

 申し訳ないけれど親に対してもそうだ。

 だからもう無理して私の世話をしなくてもいい。

 私は1人でいたい――

 ソファーから振り向く形で私と顔を合わせていた両親。

 眉を寄せた父親がトストスと背もたれを叩きながら口を開いた。


「世話をしなくていい、ハイそうですか、なんてできないんだよ。お前がどうであれ親は子を養い育てる義務がある。初等で習っただろう」

「習った。だから言ってるんだよ。このまま壊れて私を放り出すくらいなら、金を出して私を生かす方が、私は育つ。だから初等研究院に進むまではお金をちょうだい」


 怒鳴りそうだった父親を止めたのは、鼻の頭を赤くした母親だった。


「研究院ということは、研究者になるの? それとも何かの専門職に就くの?」

「人体情報の研究をしたいんだ。プログラミングと組み合わせた研究が面白そうだと思ってるから、できればそっちに進みたい」


 即答した。

 周囲を見た限り、初等でそこまで進路目標を立てている子はいなかった。

 けれど、私の友はコンピューターと本だったから、仕事にするならそれしかないと決めつけていた。

 私は友と一緒にできる仕事がしたかったのだ。

 少しでも友に関係することをしたかったのだ。

 友の役に立ちたかったのだ。


「人体情報の必要部分を抜き出してプログラムに組み込むことが、もうすぐできるようになるんだって。まだ表面的な一部分の情報だけみたいだけれど。で、それに加えて浮遊デバイスを動かす技術がそろそろ実地テストに近付いているって雑誌にあったの。今までみたいに固定画面じゃなくても使えるってことはね、これから」


 饒舌に語り始めた私を、母親は手で制した。


「私には難しい話は分からないけれど、あなたが楽しそうなのは伝わった。あなたはまだ初等なのにとてもしっかりしていると思うよ。思うけれど、あなたはまだ子供なの、それは事実なの。私の都合なんて子供に言うことではない。

 でも、情けないけれど今は甘えさせてもらって、正直な思いを言うね。

 私はあなたに死んでほしいわけじゃない。けれどこのままでは私は狂ってあなたをどうにかしてしまいそう。だから私の目の届かないところにいてほしい」


 呼吸を整えながら、何度も息継ぎをしながら、何とかそこまで言って、そして再度しゃっくりを上げ始めた母。

 腕で目元を一度ぐうっと拭ってから深呼吸して話を続けた。


「でも、少なくともあと2年はこの地区の中等学校に通わなきゃならないよね。その後は、高学校には進学しないで、初等院って思っているんだね? 高等院まで進むつもり?」


 大きく頷いた。



 ――この国の学校は、大きく2系統に分かれる。

 初等学校、中等学校までは義務教育で合同。

 そこから先は、高等学校――通称・高学校へ行くか、初等研究院――初等院へ行くか。

 どちらへ進んだとしても、高等研究院、つまり高等院へ進むことが可能だ。

 この国は文化、特に芸能と研究に重きを置いている。目立った資源がない分、無形の財に力を入れているのだ。

 帝自ら種々の研究を行うのも昔からの慣例だ。

 だから研究者への支援が手厚く、それに伴い、研究者へなるための環境も充実している。

 その代表的なものが、義務教育の終わった後に進学できる初等院である。

 高学校では専門的な勉強はできない。広く浅くというのが基本だ。

 その一方で、初等院は専門分野に特化した勉強を行う。

 調理師だったり美容師だったり、服飾デザイナーだったり陶芸家だったり、ダンサーだったり映像制作だったり、そういった様々なコースの中に、研究職の基礎課程もあるのだ。

 もちろん、高学校で勉強を頑張って高等院へ進むことはできるし、実際に高等院はそのルートで入学する人がほどんどだ。

 ただ、私の場合は初等院の方が都合が良かった。

 やりたい研究が定まっていたのだから、高学校へ行って一般向けの広く浅い学習をする必要はなかったからだ。

 そしてもう1つ嬉しいことに、一番近い初等院でも家からは通えなかった。寮での1人暮らしになるのだ。高学校ではそうはいかなかった。



 私の頷きに、母は泣き笑いの顔をした。


「そう、それが、あなたにとっての当面の目標なんだね。分かった。私はあなたが苦手だけれど、未来を潰したいとまでは思わない。怖いし近寄りたくないけれど憎くはないんだよ。楽しそうにしているならホッとするし、夢が叶うといいなとも思う。遠くから応援することはできる」


 遠くから。そう、私と一緒なんだね。近寄ると途端に苦しくなるけれど、少しだけでも距離を置けば何とかなる。


「ねえ、純ちゃん。お互い、相手と近くにいたくないという認識は間違ってないのかな?」


 まっすぐ母親を見て頷いた。


「それなら私は、血が流れていないのかと罵られてもいいからあなたと距離を取りたい。かつみさんは嫌がるだろうけれど、私はあなたの意見がとても魅力的に思えるの」

「しゅりちゃん!」


 母親の肩を掴んだ父親だけれど、一呼吸おいて手を下ろした。


「中等卒業までのお金が欲しいというのは、養育義務を見越したもの?」


 そう、そしてそこから先は自分だけで生きていく。それがみんな幸せな道。


「お金はある程度出せると思う。けれど、あと2年、完全にあなたを閉め出すなんてできないのも分かる? 未成年どころか義務教育を終えていない子を放り出すなんてできない。

 こうしない? 住む場所はここ。料理は私が作る。ただしそれぞれが顔を合わせないように食事の時間はずらす。洋服なんかは一緒に見に行けないから、お金をあげるから自分で買ってきて。部屋の掃除は今まで通り自分でしてちょうだい。洗濯物は一緒にやるわ、片付けだけして。それから……――」


 思っていたよりもスムーズに話が進んだ。口を挟んでいない父親はむっとした顔だったけれど、母親はどこか晴れやかな顔だった。


 和解というのか、はたまた友好的別離とでもいうのか。こうして2年間の家庭内別居が始まった。




 テーブルへの置き手紙でコミュニケーションを取ることにした。

 これが私に合っていた。

 手紙は口頭の会話と違ってじっくり推敲できるのが良かった。文面だけでは表情が見えなかろうと、私は常に仏頂面なのだから関係ない。

 晩ご飯のリクエスト、最近勉強した中で面白かったこと、学校での様子。

 学校では相変わらず遠巻きにされていたからその話題は避けたけれど、それ以外にも様々な話題があった。

 図書室にたくさん本があるのに誰も借りていなかったこととか、リーディングデバイスで電子書籍の貸し出しをお願いしようとしたら対応していなかった悲しい事実だとか、裏庭の金網が壊れていて防犯上どうかと思ったから先生に内緒で赤外線トラップを仕掛けてみたこととか。

 最後の話はさすがに怒られた。だから学校のコンピューターにこっそりトランプゲームのプログラムを組み込んだことは黙っていようと決めた。

 学校行事は親が出席しない。三者面談だけは欠席できないから私は病気で休むか早退することにする。そういう取り決めをした。

 手紙を交わしていたから進路相談や普段の生活の様子は充分に話し合えたと、これも母親が手紙で教えてくれた。

 極力顔を合わせないようにしたお陰か、母親の精神は徐々に安定していったらしい。

 父親からの手紙で、その点は感謝された。

 私も楽になった、お父さんはどう? と聞いたら、渋々認めていた。認める前の長い前置きが面白かった。

 父親は、やっぱり自分の理想の親をやりたかったようだ。


 だから精一杯「一般的な子供らしくあろう」と頭を捻って、その結果、1つおねだりをすることに決めた。

 コンピューターは買ってもらった、本もたくさん買ってもらった。私の部屋には充分な設備があった。

 ただし、勉強には座学だけでなく実践も必要だった。遠巻きにされていた私には圧倒的に足りなかったもの。

 頼んだのは、外国語習得のための映像チャット講師だった。

 画面越しに誰かを不快にさせるのでは、と不安だったけれど、杞憂に終わった。

 私は気持ち悪くならなかったし、先生もどうやら何も感じなかったらしい。

 一度も顔が歪むことなく、一回目のレッスンが終了した。

 父親にその旨を報告したら、やっぱり長い前置きの後、少し嬉しそうな言葉が並んでいた。

 問題は私の語学力が散々なことだ、と手紙に書いたからか、勉強のコツも教えてくれた。

 先生は途中からネイティヴに代わった。初等院1年の初夏だった。

 先生が替わったと知った時は何とも思わなかったのだけれど、半年程後に年会費の支払いをしようとして気付いた。

 既に1つ上のコースに契約更新されていたのだ。

 父親は義務教育終了後も引き続きお金を出してくれていた。


 初等院は全寮制で食費や光熱費は全面支給。

 それでも何かとお金は必要だ。

 細々とした在宅バイトの他、預金を崩して生活していたけれど、残額が途中で増えていたこともそれまで知らなかった。

 何だかんだ言っても私は子供だった。


 2年間、家を出るまで続いた手紙のやり取り。

 直接ではないけれど、たくさん母親と会話をした。

 彼女が私を憎みたくないし未来を祈りたいと言ってくれたのと同様、私は母親の快復を願っていた。

 初等時代の本やコンピューター、中等時代の語学学習。

 勉強に悩んだ時には相談に乗ってくれた父親。

 彼の思い描いていた親子像ではなかったかもしれないけれど、それでも私にとっては親身になってくれる父親だった。

 義務教育が終わって家を出てからも、高等院に入るまで、両親は陰から支えてくれていた。


 初等院2年の秋、18歳の誕生日。成人となったその日に映像チャットで親と話をした。

 いつかのように鼻の頭を真っ赤にした母親と、その肩を抱いた父親が、頑張れと言ってくれたのが嬉しかった。

 本で知った「一般家庭」の姿を思い浮かべる。

 私たちは普通の家族とは違うのだろう。

 それでも、歪でも、私は彼らの子供だったし、彼らは私の親だった。

 憎まれずにここまで来たし、憎まずにここまで来た。それで良いと思っている。

 しっかり「親」をやってもらっていたからこそ、今の私がある。




 ともかくそんな風に、小さい頃から人嫌い問題とのらりくらりと付き合い続けてきた。

 人嫌いな自分と長年付き合ってきて分かったことがいくつかある。

 親の例でもあるように、近付きすぎなければ良い。

 画面越しの対面なら問題ない。

 成人して飲酒したら、人と近付いた時の苦しさが少し楽になることも分かった。

 最低限の人間関係は何とかなっていた。



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