19.
ダーツ大会。
以前の音楽祭の時には悩んでから来店したけれど、今日はそこまで悶々とすることもなくやってきた。
ヒサくんの中では当然来ることになっていたらしく、待ってましたよ、と真っ先に3本の矢のセットを渡してくれた。
そのままマシンの前へ連れて行かれそうになるのを止める。せめて食事くらいは許してほしい。
苦笑いしているナギサさんに、ケンタッキーを注文する。バーボンにパイナップルジュース、26度。
普段頼むものより度数を低めにしておいた。
ダーツはスポーツだと聞く。そんなに動かないように見えるけれど、コンピューターの前に座ってキーボードを叩くのとは違うのだろう。
ヒサくんは先に店長と勝負している。
ヒサくんだけではなく店長も、いつもよりはしゃいだ様子だ。
私の料理に取りかかっているテンシさんが、
「ま、ヒサの負けだろうな」
と低く呟いた。
店長もヒサくんも、投げている合間に他のお客さんの注文を聞いてこちらまで戻り、できあがったものを運んで、という仕事をこなしている。
上機嫌の店長にも挨拶をもらった。
楽しそうで何より。
負けた方が先に仕事に戻るという取り決めをしていたらしい。
テンシさんの予言通り、ヒサくんが肩を落としてカウンターまで戻ってきた。
マスターも次の勝負が終わったら戻るそうです、とテンシさんに伝えた後にミコトくんのサポートへと向かっていった。
店長が戻ったらミコトくんが投げに行くのだとナギサさんが教えてくれる。
今回はナギサさんも参加、テンシさんは仕事に専念。やっぱり皆、代わる代わる楽しむようだ。
ダブルカレーを食べ終え、のんびり飲んで2杯目。
仕事が一段落したヒサくんが呼びに来た。急いでグラスを空ける。
「あ、飲みながらやりましょ。ナギサん、俺、ウーロン茶」
なんだ、急がなくても良かったのか。
でも、動くのだからもう少しゴクゴク飲めるお酒の方が良いかな。濃いめハイボールをお願いする。
ヒサくんが何かを言いかけたらしく、ナギサさんのダスター投げが炸裂した。
ドリンクを携え、マシンの前へ。
何も言わずとも、比較的人の少ない端のマシンを選んでくれた。
投げるラインの少し後ろにはハイテーブルが置かれており、ドリンクや軽食を楽しみながら遊べるようにしてある。
簡単に遊び方を教えてもらう。
今回は、初心者でも分かりやすいカウントアップというゲームをやるとのことだ。
その名の通り、決められた回数まで点数を積み重ねていく。狙いたい陣の点数さえ把握しておけば、あとはマシンが計算してくれるという。計算は苦手ではないけれど、それは助かる。
他の遊び方も軽く紹介されたけれど、私にはまだハードルが高い。
教えてもらったフォームで何回か投げてみるけれど、なかなか難しい。
言われるがままに肩や顔の位置を整えつつ、何とか1回3投が全滅しない程度まで持っていけるようになった。
ゲーム運びで頭も使うし、思う通りに体を動かす必要がある。なるほど、スポーツだ。
私の様子を見て、ヒサくんが機械を操作する。
仰々しい音と共にゲームがスタートした。
ヒサくんに勝とうなんて思わないから、とりあえず点数を伸ばすことを考えよう。
トン、タン、カツン。
失敗しても楽しい音が鳴るから面白い。
けれど、せっかくなら点数が悪くても的の中に当てたい。
ヒサくんの動きを見て、真似るようにして、軌道修正を図りつつ投げて……外した。ううむ。
ヒサくんは、そうなんですよね、と頷いてサクサクと投げていく。何が「そうなんです」なのだろう。
「普通は、できないことをできるように頑張るでしょ? 俺はね、できることができなくなるのが面白いんですよ」
ストン、と小気味良い音がして、20と書かれたエリアに3本目の矢が刺さる。
「んー惜しいっ、もう少しでトリプルだったのに」
私と場所を交代しながらウーロン茶を呷る。
狙っていた場所は何となく分かった。最高点が取れる小さいエリアだ。
だからこそ、今のヒサくんの発言と言動には大きな乖離がある。
「できた方が嬉しいみたいですけれど」
私も真ん中縦のラインに当てられるようになりたい。
さっきからどうも右側に逸れていく。今回は6のエリアだから、水平ラインとしてはなかなか良い感じに飛んだのか。もう少し左に投げるようにすれば中心に近付くはず。
「ま、これは別です」
私が2投失敗したのを確認して、ボードに刺さった矢を手早く抜いてくれる。
「俺ね、百発百中の特技があるんですよ。それをワザと外す……じゃないな、抽選箱みたいにするのが楽しい」
ど真ん中にタンッと的中させて、ヒサくんは歯を見せて大きく笑う。20の3倍得点ではなくても50点は大きい。
ただ、口ぶりからして、百発百中の特技はダーツのことではないようだ。
「百発百中だからつまらない、つまらない部分を刺激されたら夢中になる、そしてそこから離れられなくなる」
「それって、単なるギャンブル中毒、あるいは依存症では」
今度は僅かにぶれたのか、1と5のエリアに当たって私と交代になった。
下がってくるヒサくんを迎えながらハイボールを一口飲んで、ラインに立つ。
私は集中するためにいつもに増して口数が減るけれど、ヒサくんは投げている時も投げていない時も変わらず話を続ける。
「あー、中毒かぁ。それっぽいかも。あ、純さん、投げる時はこれくらいで手を開いてみて」
クスクス笑う上機嫌なヒサくんは、私にアドバイスをくれる。
言われた通りに手を離すタイミングを少し早くしてみる。お、驚くほど軌道が変わった。ふむふむ。
交代。
ヒサくんはウーロン茶で喉を潤してからお喋りを続ける。
「本質は、先が見えるのを安心と取るか、刺激がないと取るか、って問題ですね。そしてこれは俺の持論なんですけど、先が見えるようではつまらない。完璧なものは傷がついてこそ面白い」
完璧なもの、ね。
アツを思い出す。
あいつは最近完璧ではない気がする。
どうしてだろう、外行きの笑顔は今でも頑丈で、仕事もちゃんとやって、この前の学会でも人脈作りをしていて、相変わらず人付き合いの悪い私の相手だってしている。
そういった要素だけを取り上げれば今も完璧なのだ。凄い奴だと思うのに変わりはない。
ただ、何かが抜け落ちた、それだけでアツの完璧度合いが減ったように思う。
そして、それで人間らしくなったかと言えばそうでもない。
元々がつまらない奴だったとは思わないけれど、最近は何だかつまらない奴になってしまった気がする。
「逆に、完璧人間が完璧じゃなくなったらつまらない気がします」
「え、あれ、その顔。もしかして、この前のあの美人なお兄さんのことを言ってます?」
「そうですね。あいつは私にとっては完璧……だった」
過去形になっている。やっぱり何かがおかしい、そう思うのだ。
「いやいや、彼、とても大事な部分が抜け落ちていますよね。感情ないでしょう?」
ヒサくんとアツが会った時のことを思い出す。
何となく拗ねていた感じがあったように思うけれど。確かに最近は何かが抜け落ちた目をしているけれど、ちゃんと感情はある。
「最近調子が悪いみたいで死んだ目になっていることが多いけれど、あいつはちゃんと笑えますよ? 私しか分からないみたいだけれど」
笑うだけじゃない。怒ったり、悲しんだり、喜んだり、楽しんだり、私の前では感情豊かなのだ。
最近それが少なくなった、それは事実だ。
だから完璧じゃないのか? 私のそばで感情を見せないだけで?
外で見せない、私のそばで見せない、別に大差ないじゃないか。
私は少し寂しいけれど、それっぽっちのことであいつに瑕疵があると言えるのか?
……――。
あ、そっか、と呟いたヒサくんの言葉に思考を止める。
「純さん、あの人と付き合っているんです?」
「違います」
「うわぁ即答。照れる間もなく真顔で即答された」
実際違うのにどう答えろというのだ。
ヒサくんはダーツの矢をくるくると回しながら、目だけで上を見る。
「彼、純さんの側では違いましたから、そうなんじゃないかと思っただけです。うん、オーケー、そこは深入りしないことにします。一緒にいないと駄目になっちゃうんだろうなーってことはよく分かりましたし」
思わずたじろいだ。ヒサくんが話す内容が元で固まってしまうのは初めてだ。
一方で、満面の笑みになったヒサくん。
その後頭部をトレイで容赦なく叩き、テンシさんがカウンターへと戻っていく。
「縁じゃなくて良かったな」
「ちょっまっ、テンシさん、俺ちゃんと考えましたからね!?」
「それなら、まだまだだ」
そうっすかぁ、と眉を下げたヒサくん。
「難しいですね、空気を読んだ会話って」
うん、私もそう思う。
私も矢をくるくると回しながらラインに立つ。集中が完全に途切れた。次の投擲は失敗しそうだ。




