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9.


 言われた通りに先に戻ってきた。

 私にできることはないから仕事の続きを始める。

 さっきの騒動でどっと疲れが出たのか、頭の回転が鈍い。新しい考察は諦めて、どうでもいいフォルダ整理をちまちまと進めていく。

 1時間程でアツが帰ってきた。

 ミコトくんの様子を聞く。診察が終わって人がいなくなってからようやく落ち着いたらしい。


「原因は何だって?」

「疲労からくる発熱と体力消耗って言われてた」


 特に何かあったわけではないのか。

 ミストのバイトは深夜までかかるみたいだから、少しお疲れ気味なのかもしれない。しかも今は音楽祭間近だ。


「それよりさぁ、あの子何なの? 知り合いなの? 人嫌いのあいちゃんにしては珍しい」

「知り合いといえば知り合いかな」


 私にとって、知り合いの範囲が広すぎる。アツ以外は全員知り合いという括りだ。

 その中でもボスはボスという位置付けができていて、それでも知り合いだろう。

 大橋研の研究生たちとは多少言葉を交わし、外国の共同研究者たちも画面越しの会話は多く、榊原研の一部の人たちは顔を見たら挨拶くらいする。知り合いだ。

 それ以外の研究室の教授たちも顔と名前くらいは一致する、それは相手も同じだろう。私が知っていて向こうも私を知っている、これも知り合いか。

 関わり度合いの大小はあるけれど、全部「知り合い」だと思う。

 いや、特別枠のアツだって、関係性だけでいえば知り合いなのか、それとももう少し違う関係なのか、よく分からない。

 同期でもあるし上司でもあるし同じ研究グループでもあるし、それらはすべて知り合い枠のような気がする。

 ミストの人たちもアツに次いで会話をする相手だけれど、これは知り合いで良いのだろうか。アツが特別枠なら彼らもそれに準ずるのではないだろうか。


「気持ち悪くないの?」「私とアツは知り合い?」


 言葉が被った。

 沈黙が下りる。どちらの話題を先にすべきか。


「あのね、僕はあいちゃんを友達だと思っていたんだけど?」


 友達。


「そうなの? 例えば、仲が良くて色々言い合えて、じゃれ合って、一緒に行動して、みたいな、そういう関係?」

「思いっきり、当てはまるよね。仲、良いよね」


 一言ずつ強調して言われた。確かに、先日もその話題になったけれど。


「私って、単なる仕事上の手足じゃないの?」

「そんな風に思ったことはないよ!?」


 アツが頓狂な声を出す。おっと、意外だった。

 ふぅむ。となると。


「よく分からないな、ミコトくんやミストの人たちも友達なのかな」


 ミコトくんの名前を出したら、アツの右眉がピクリと動いた。


「友達の定義が分からないなぁ。仲が良い知り合いは友達? どれくらい会話をしたら友達になるのかな。一緒に行動ってどの程度?」


 私は真面目に悩んでいるのに、アツは私の頭をグシャグシャにしてきた。

 項(うなじ)で括っていたから結び直しだ。


「ちょ、何するの?」

「なーんかイラッときた。でもこれは正常だから良しとする」


 よく分からないことを言って納得している。


「それであいちゃん、あの子は」

「すみません、失礼します! セキュリティエリアの入室許可をお願いします!」


 いつの間にか、榊原研の研究生ちゃんが部屋の入口にいた。えぇと、確か、日置さん。

 大きな声に圧されて私たちの会話は終了した。




 幼い頃から友はある。けれど、友人とはどういうものかよく分からない。


 私の友は、じゃれ合うことも言い合うこともできない。

 ただ、一緒にいる時間が長くて、相手のことが好きで、相手からたくさん学んで、相手のことをより良くしていきたいと思っている。

 つまり、友だと思っているのは私だけだ。

 お互いがお互いをそう思える相手が、友達、なのだろうか。

 でも、単にお互いを高め合うだけならば、ビジネスに割り切った付き合いでも発生する関係性だと思う。

 互いに互いが好きだという一点が必要なのだろうか。

 仲が良い、何かと言い合える、それはここから起因する部分なのだろう。

 であれば、確かに私はアツのことが好きだし、アツも私を気に入ってくれていると思う。じゃれ合うこともあるし、一緒にいて気楽でもある。

 ミストの皆は、好き、ではあるけれど、どうだろう。

 店長のふんわりした雰囲気は好きだ。

 テンシさんの寡黙ぶりは好きだ。

 ヒサくんの楽しそうに仕事をする様は好きだ。

 ナギサさんの動じない笑顔は好きだ。

 ミコトくんの芝居がかったホストっぽさも遠くから眺めている分には好きだ。

 ただ、それは全部ミストの中での姿を見ているだけに過ぎない。と、今日のミコトくんで気付いた。

 店員と客という関係上、どうしたってそうなる。それでは友達とは言えないのかもしれない。

 けれど、相手のすべての面を見るなんて不可能じゃないのか。

 アツだって、勉学や仕事の場での姿を見ているだけだ。他の姿はほとんど知らない。

 休日に、今からバイクに乗って釣りに行くのだ、というアツと出会ったことがある。アツの趣味を知ったのはその時が初めてだった。

 それと今日出会ったミコトくんの姿と何が違うのだろう。



 ***



 土曜日のミストはよく知っているけれど、今日は特別。例の音楽祭が開催されるのだ。

 悩んだ末、結局行くことにした。

 いつもの席が埋まるのは嫌だったから、いつもよりだいぶ早く――具体的には18時の開店から間もない時間に到着した。

 店長は分かっていたのか、目を細めて挨拶をしてきた。

 あからさまに反応したのは、機材をチェックしていたヒサくんだけだった。


「来ないと思ってました! あ、今日は来るのが早いからたくさん飲めますね」


 それもそうだと頷いた。

 席のことしか考えていなかった。ヒサくんの歯に衣着せない言葉は、たまにこうして良い仕事をしてくれる。

 まず1杯飲んで、食事をして、2杯目を頼んで、その辺りで開始時間となった。

 開始までは、と普段通りカウンター内にいたテンシさんも、静かに抜け出してPRIVATEのドアの向こうへ引っ込んだ。

 カウンターの中に残ったのはナギサさんだけだったけれど、皆が代わる代わる助っ人に来てくれるとのことだ。

 確かに、この人数をナギサさん1人で捌ききるのは酷だろう。

 テーブル席は満席。いつもは比較的静かなカウンター周りにも何人かたむろしている。

 テーブルやスツールは普段より増やしてあるけれど、もう少しあってもいいんじゃないかと思う程には壁際に立ち見客がいる。

 ここまで人が多いと私は相当しんどい……はずなのだけれど、全く気持ち悪さがないし、相手にも不快感を与えていないようだ。やっぱりこのお店は不思議だ。


 最初のステージはミコトくん1人だった。

 ピアノでクラシック音楽を演奏し始める。よく耳にする曲だけれど、曲名までは知らない。

 大勢のお客さんが似通った時間に入ってきたためか、ドリンクや軽食の提供が忙しそうだ。

 なるほど、ミコトくん1人でスタートした理由が分かった。


 次はお客さんが出演するらしい。

 ヒサくんがごそごそしていた機材を再度ごそごそしたら、音楽が鳴り出した。それに乗せて歌が始まった。

 最近あちこちで流れている邦楽ポップスというやつだろう。

 研究生ちゃんがデスクワークをしながら聞いているらしく、隣の部屋から僅かに聞こえてくることがある。

 続けて、私でも知っている有名アイドルグループの曲。

 何人かが仕事に戻ったミコトくんをチラチラと見ている。理由は想像がつく。ミコトくんの容姿はそのうちの1人に似ている。

 ナギサさんの言っていたとおり、歌えても歌わなくて正解だった気がする。


 今度はヒサくんとお客さんのコラボレーション。

 太鼓の代わりに円いパッドのついたドラムスもどきと、ギターとベース、ボーカル。これが一般的なバンド構成というものらしい。

 ヒサくんは楽しそうにベース(やっぱりギターとの違いがよく分からない)を弾いている。




 演奏はBGMと割り切って、ステージに背を向けたままドリンクメニューをじっくり見る。

 曲が終わったら振り返って、始まったら少し眺めてからカウンターへ向き直って、の繰り返しだ。

 スタッフの手が空くタイミングを見計らって注文したい。

 手間がないという意味ではブランデーをロックで、などが良いのだろうけれど。カウンター内で一息ついているナギサさんを見て、やっぱりカクテルにしようと決める。

 練習台になろうという気持ちからであって、虐めようという気はない。

 迷った末、ラスティー・ネイルをお願いした。スコッチウィスキーとドランブイ。初めて頼むお酒だ。

 食事は頼むものがだいたい決まっているけれど、お酒は色々と試してみたい。


 テンシさんがカウンター内で大きく水を呷っている。こんなに大きな仕草をするテンシさんは初めて見た。次はミコトくんとテンシさんの出番のようだ。

 ミコトくんのピアノに合わせて、テンシさんが歌い出した。

 有名なミュージカルの原曲だ。

 私でも知っている曲だった、と仄かに嬉しくなる前に、驚いた。

 テンシさんの声が、大きい。

 後ろにいるナギサさんも、ふあぁ、と感嘆の息を漏らしている。


「ふふふ、驚きましたか?」


 いつの間にかすぐ横に来ていた店長が、拳で口元を押さえつつこちらへ目配せをしていた。

 深く頷く。

 通る声はマイクなしでここまで届くけれど、ステージから目が離せない。

 ……と、あちこちのテーブルを縫って片付けをしていたヒサくんが、動きを止めないままハーモニーで入ってきた。

 予定にない飛び入りらしくテンシさんが一瞬眉を上げたけれど、お客さんはわっと盛り上がっている。


 テンシさんの歌が終わって、私はようやくカウンターへと振り向いた。

 ナギサさんが作ってくれたお酒は既に目の前にあって、気分を落ち着けるのにちょうど良い。


 次はヒサくんとお客さんのアカペラだった。

 無伴奏でもドラムスのようなズカジャカいう音がする。

 どうやらヒサくんがやっているらしい。ヒューマンビートボックスだと紹介されていた。

 なるほど、声だけの音楽も奥が深い。



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