いとし子に恵みが降り注ぐよう
「……無事に出会えたようだね」
泉に映る、二人の人間の影を見下ろしながら、私は小さく微笑む。
わざわざ生まれる時間や場所を操作したかいがあったというものだ。
いや、私がそんなことをしなくとも、彼女と彼の魂は引き合ったかもしれないが。
妹神が狂った神となり、神としての立場を失ったのはどれほど前だったか。
天界では時間の概念などあってなきもの。
ほんの一瞬きほど前のことだったかもしれないし、ずいぶんと昔のことかも知れなかった。
妹神は正式な神となるため、下界に降り。
かねてから私が心配していたとおり、狂った神となった。
妹神は最初から、狂った神となる素養を持っていたと言ってもいい。
最初にそのことに気づいたのは、彼女が生じたばかりのころ。
彼女は神との関わりの中で、心を持つことができなかった。それの、意味するところは。
彼女に必要なのは、彼女に波をもたらすのは、神ではなく人だということ。人と交わることでしか感情を動かせない、ということ。
元より、彼女の存在が神よりも人に親しかったということなのだろう。
神は恋をしない。
人を愛しても、仲間を愛しても、恋にはならない。
妹神が、ツカサという男に恋をした時点で、もう彼女は神から逸脱していたのだ。
狂った神が人となるのは、神の意志ではない。
最初からそう、決まっているのだ。
神として機能しなくなった者は、人間という器に収まる。
なぜ、そうなるのか。
万物を知る神にすら、知りえない世界の理だ。
誰かが言っていた。
神とは欠陥品なのだと。
神が人間を作ったのではない、人間がいたから神が生まれたのだと。
人間になれなかった魂の素が、神という存在になるのだと。
それが本当かどうかはわからないし、知る必要のないことだ。
真実がどうであれ、妹神が人間に生まれ変わった事実は変わらない。
神の身でありながら恋に落ちた相手と、記憶はなくとも無事に再会できたことも。
「私のかわいい小さな女神よ、どうかしあわせに」
願うはただ、それだけ。
地上に生まれ落ちてしまった以上、神に干渉できることなどたかが知れている。
私はこうして見ていることしかできない。
あとは、彼女の強運を信じるしかないだろう。
天任せではない。彼女自身に、託す。
「……ああ、もう女神ではなかったね」
ふと気づき、私はクスリと笑った。
いとしい人間の一人。私のかわいい小さな女神の魂を持った少女。
呼ぶべき名は、一つしかない。
「メグミ。私はいつも、そなたの幸福を願っているよ」
その声が聞こえたわけではないだろう。
けれど、男と別れた少女は、なんの前触れもなく天を見上げた。
そうして、ふわりと笑ってみせた。
彼女が神であったころには見ることのできなかった、笑顔。
それが見られただけでも、彼女が人間となった意味はあったのだ、と私は思うことができた。
叶うことなら、その朗らかな笑みがくもることのないよう。
神に心を与えた青年に、どうか、よろしく頼む、と。
泉に向かって、私はゆるりと頭を下げた。




