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底辺娼姫ですが、溺愛公爵が客を取らせてくれないので娼館発ベンチャーはじめます。  作者: 四方初志
第一章

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第15話 至高の戦利品

「……それで? あんたの方はどうなのよ」


 旦那が逃げるように部屋を出ていくと、やれ本題だとばかりにソフィアと双子が身を乗り出した。


 待ってましたと言わんばかりに、双子が声を弾ませる。


「ラナ姫様ー!! ずっとお話し伺いたかったんです! お二人に何が起きたのか……お二人のご様子はもう、この館だけでなく街中で噂になっているんですわ!」


「——ラナ姫!?」


 唐突すぎる呼びかけに、ラナは思わずたじろいだ。


「ええ! ラナ姉さんは、黄金宮に囚われた深窓の姫君でいらっしゃいますの!」


 ミーナがガバッとラナに飛びつき、一冊の本を見せてくる。


「ラナ姉さんをモデルにした小説が街中で大流行しているんです! お芝居も開かれているそうですわ!」


「そうです! 底辺の娼姫が美貌の貴族に買い取られ、熱烈に迫られる中で真実の愛に気づくお話ですの! 私たちもう夢中で!」


 双子は両脇からラナの腕を組み、熱を帯びた目で見上げてくる。


「今やラナ姉さんには、『グラン・トロフィー』という通り名がついておいでです。ご存知でしたか?」


「グラン・トロフィー?」


「はい! 公爵様すら手の届かない『至高の戦利品』という意味だそうですわ!」


「──……!?」


 一人歩きする評判に呆気に取られる。

 世間がそんな風に自分たちのことで沸いているとは思ってもみなかった。


(公爵の熱烈なアプローチが、ただのパフォーマンスだってこと、皆知らないから……)


 一抹の居心地の悪さに、ラナは視線でソフィアに助けを求めた。

 言いたいことが多すぎて、到底言葉にはできそうにない。


 ありったけの思考と感情を網膜に込め、ノアとの戦いから宣戦布告、そして甘やかされの顛末を一気に放出した。……脳内で。


 ラナの膨大な非言語を、ソフィアは即座に、かつ完璧に読み取る。


(——つまり、どちらが先に落とすか勝負してるってわけ? アンタが落とせば娼姫として抱かせる。公爵が落とせばアンタに商売を辞めさせる。っていうの。)


 脳内で繰り広げられる無言の会話。


「随分とまどろっこしいことを始めたのねぇ、この娼館で。そんなバカバカしい茶番で、私はトップを奪われたってわけ?」


 呆れたような声を出しながら、ソフィアが一瞬、その瞳に暗い光を浮かべた。


 完全に突き放されたような冷たい目。


「——じゃあ私も参戦よ。ラナは私のモノよ、公爵なんかに渡さないんだから!」


 途端に表情を切り替えたソフィアに引き寄せられ、ラナは力強く抱き抱えられた。


「ええー!」

 と声をあげる双子。


「ソフィアお姉様ー! ラナ姉様は何とおっしゃったのですか!?」


「私たちも公爵様とのご様子が知りたいですー!」


蚊帳の外に置かれた双子が悔しがっている。


 取り留めのない会話と、ソフィアの変わらない笑顔。

 公爵の連日の猛攻で疲弊しきったラナの心に、スーッと潤いが満ちていく。


(あぁ、……やっと『姉さん素』を補給できた。体の隅々に染み渡る……)


 ホッと胸を撫でおろした、その時だった。


「でもよかったですわ!おふたりとも変わらず仲がよろしくて!」


「そうですわ!ダイアナ姉様が『ソフィア姉様はもう落ち目だと。ラナ様にトップを取られて関係が壊れるだろう』とおっしゃっていたから、心配していたんです!」


 ミーナの毒がソフィアに向かった。


 姉さんの目から光が消えていく。


「そうですそうです! 『26歳はヴェルヴェットでは年増で、もう引退を考える時だ』なんて言うから私、悔しくて!そんなはずないのに——」


 追い打ちをかけるルーナ。


(ひいいいいいっ!?)


 私は飛びつき、容赦なく双子の両頬をムギュッとつねりあげた。


(だめだめ! 白々しくても話題を変えないと!)


「だ、旦那さんが置いていったのは衣装ですかね!? 何色なのか見たいなぁ、姉さん開けてくださいよ!」


 チラリと見ると——衣装の箱に手をかけたまま、まるで『生ける屍』のように静止し、空間を凝視していた姉さんがいた。


◇


 地獄のような空気から逃げるようにソフィアの部屋を後にし、ラナは玄関の番付表の前で足を止めた。  


 売り上げ順に並ぶその番付表には1番上にラナの名札が掲げられていた。ラナの名前の脇にはいつのまにか付与された、コルチザンの称号札が貼られている。


『そんなバカバカしい茶番で、私はトップを奪われたってわけ?』


 何の気なしに姉さんが呟いた言葉、その後の一瞬の冷たい目。


 自分がとても小狡く、卑怯な人間になってしまったような。 胸の奥がざらつくような心地がした。


 ——金額だけなら、私はもう頂点にいる。

 でも、こんなのは私が欲しかった一位じゃない。


◇


「あの風が出る道具な、あれは便利だ。またああいったものは開発しないのか?」


 夜風が通る黄金宮の二階のソファーで、横になりながらノアが尋ねた。


「……ノア様が恐ろしい威圧感を放っていらっしゃるせいで、誰も私に注文を出せずにいるのです」


 ラナが呆れ気味に答えると、ノアはくすりと笑い、身体を起こした。


「ふむ……では、私の依頼を頼めるか?」


◇


「……武器、ですか?」


「そうだ。魔物が巣食う領域があってな。近々討伐に向かう。……ただ、奴らは硬い。今の剣では刀身が短く急所に届かないうえ、すぐに刃が負けてしまうのだ」


 ノアは顎に手を当て僅かに眉をひそめる。


「これ以上長くすれば、重すぎて使い物にならない。何か改良できないかと思ってな」


「そんな恐ろしい魔物の討伐に、ノア様ご自身がお出向きになるのですか……?」


 思わず尋ねるとノアはふっと目を細めた。


「──何を言っている……魔物はいいぞ」


 彼の目の奥に『異常な光』が走った。


「いくら斬っても文句を言われないからな」


 ──ゾクッ。


 ラナはそれ以上、彼の暗部に踏み込まないことを瞬時に心に決めたのだった──。


「手こずるだろうから、しばらく屋敷をあけることになる。早くても1か月はかかるだろうな」


 1か月。

(……きゅっ)


 胸の奥が、ほんの一瞬ぎゅっと締め付けられるような心地がした。


「……何だ、寂しいのか?」


 ノアが顔を近づけ、覗き込んでくる。


「そう言えばいい。『店を辞める』とな。すぐに水揚げしてやるぞ」


「い、いいえ! 結構です! 負けませんから、私!」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶラナを、ノアは満足そうに見つめた。


◇


(武器……武器かぁ……)


 ラナは思考を巡らせた。


 火器の類をこの世界に持ち込むのは絶対にダメだ。世界の構造や技術体系を破壊してしまう。


 ならば、何かないか。


 長く、けれど軽量で、肉を断ち急所へ届く

 一閃──。


(……あ)


 閃いた。前世の記憶の片隅にある、あの独特の美しい曲線。


 折り返し鍛錬による鋼の粘りと強度。

 単刃でしなりがあり、引き斬ることで威力を発揮する、細身の刀身。


 この世界の鍛冶技術そのものは十分高く、ラナが提示したのは刀身の形状と製法の発想だけだった。


◇


 数日後。屋敷の広場にて。


 新しい長剣——『刀』を腰に携えたノアが立っていた。」


 全身から隠しきれない興奮が溢れ出ている。


「ほう……これは……」


「『日本刀』と呼びます。……製法…の説明は割愛しますね」


「うむ。書面にまとめておけ」


「はい、承知いたしました」


 そこには特別な信頼関係《ノウハウ》ができあがっていた。


 ノアはゆっくりと鞘から刀身を抜き放つ。


 片手で縦に持ち刃紋をじっくり見定める。


 ──その一瞬。


 たったそれだけで扱いを心得たのか、ノアは俊敏な身のこなしで刀を振り抜いた。


「──ッ!」


 一瞬で刀の性質を見抜き、完璧に使いこなす異常なセンス。


 羽のように軽々と鉄の塊を振るう、強靭な肉体。鋭い眼光は、恐ろしいほど神々しく、美しい。


 動くたび、舞姫の羽衣のようにマントが翻り、揺れる濃い群青の髪が、光をキラキラと反射しながら彼の瞳を掠めた。


 ──美しい、戦の神。


 軍神と呼ばれる所以が、間違いなくそこにあった。 


 一連の演武を終え、ピタリと動きを止めると、ノアはこちらを振り返った。


「──これは、いいな!!」


 シンプルな称賛。 


 悪ガキのように全身から喜びがにじみ出ていて、先ほどまでの神々しい威圧とのギャップが、反則的なまでに可愛らしかった。


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