第13話 公爵を堕としました。
はい!
というわけで今回のお題です!
水揚げの撤回を目指した前回のプロジェクトは達成不能となりました。
今回の目標は、公爵の籠絡です!
私に手を出させることがゴールです!
買ったんだから、抱きなさい。
これは私の甘えでした。
そうです、相手は天下の冷徹公爵です。
きっと女は「まにあってる」訳です。
ポリシーもあります。
子供と娼姫には手を出しません。
童色の娼姫にとって、最も難攻不落のお客様だったというわけです。流石です。
女がいらない相手に女を売る——。
砂漠で砂を売るのと同じ話です。
はい、燃えて来ました。
——こうなれば最終手段です。
禁断の『ダイアナ・アプローチ』を解禁するしかありません!
今や体を売らずとも客が押し寄せるソフィア姉さんが『東の番長』なら…。
訪れた男が、全員《《生まれたての子鹿》》みたいな足取りで帰っていく『西のおフェロ番長』――ダイアナ姉さん!
健全な男性なら持ってる欲求は皆同じ。
初心に帰ってストレートに攻めるんです!
ラナはすぐさま、ダイアナ姉さんの部屋を訪れた。
「姉さん! 夜の攻め方を教えてください! 姉さんにしか頼めないんです!」
「はあ? そんなもん教えるわけないだろ。…あぁ、アンタは公爵様とやらに肩透かしを喰らってるんだったかね?」
「そうです! 由々しき事態です!ヴェルヴェット館の女がコケにされているんです。これは館全体のプライドの問題です……!」
「そんな訳あるかい、やだね。そんな一文にもならないこと、お断りだよ」
「ダイアナ姉さん……実は今、“エアコン改良版”のモニターを1人だけ探しています。
改良点ですが、お休みタイマー、温度設定、自動お掃除機能、さらに今回なんと冬に暖かい風が出ます」
「――メモの用意はできたかい!? 今日の客には欠勤だって伝えておきな!」
◇
心臓の鼓動が激しく打つ。廊下から公爵様の足音が聞こえてくる。
頭の中で、ダイアナから伝授された秘術を何度も反芻する。
『上下』と『S』、そして『不意』――これがダイアナ直伝の公爵籠絡プラン。
――ああいう男は、手馴れちまってるからね。女の手管を全て見透かしちまうんだ。
だから、その警戒心を逆手に取るんだよ。
まずは【上】の手。
高いヒールの靴で目線を上げる。
いつも見下ろしている相手が自分に対等な目線で迫り、視線を急接近されて動揺する。
次は【下】の手。
派手に転ぶ!
正面から堂々と迫って警戒心を限界まで高めたところで、『ドジっ子転んじゃった作戦』! 思わぬ展開でガードを下げる。
だがもちろんこんなんじゃ、男は落とせない。
ここで【S】の手。
転んでおきながら、完璧なS字のお誘いポーズで地に這い、無防備かつ淫靡な姿を見せる。
真上から見下ろす男は圧倒的征服感を味わうと当時に「すべて演出かも知れない」と疑心暗鬼になり、心が乱される。
そして仕上げの【不意】の一打!
最後に子どもみたいに「降参」と言うように恥じらって笑うんだ。
『一生懸命色仕掛けをしたけれど空回って転んでしまった』と、手の内を明かした様に、完全に色気を消して恥じらって見せる。
これで男の警戒心がとかれる。
『やはり自分が警戒したとおりだ、だが防衛に勝ち、相手が降参した』と安心するんだ。
ここでクロージングだよ。
男は紳士を振る舞おうとする。
膝をついて上着をかけアンタの手を引く。
その時――ほんの少しだけよろけるようにするんだ。
弾みで、相手の耳たぶにほんの一瞬自分の鼻先を触れさせる。
同時に首筋に息を吹きかけるんだよ。
――ごくごく弱くだ。
耳たぶをみてごらん。
どんなポーカーフェイスの男でも、耳たぶだけは隠せない。
真っ赤になっているはずさ。
◇
ラナは公爵がいつも籠る一階の居室に先に入り、公爵を待ち受けていた。
ダイアナから借りた夜着は、それはそれは際どい透け素材だった。
けれどトップ娼姫になる女なら、これくらいでひるむわけにはいかない。
扉をあけた公爵が息をのんだ。
部屋の明かりを落とし、月明かりが差し込む窓辺に腰掛け、ラナが公爵を出迎えた。
身体のラインがはっきりわかる薄絹。
月光が怪しく曲線を照らし、肝心な部分だけをゆらめく金髪が危なげに隠している。
公爵は驚きを隠しながら、無言のまま扉を閉めると、ゆっくりと部屋へ入る。
ラナは無言で立ち上がり、公爵の目をまっすぐ見つめ、焦らすようにゆっくりと近づいた。
高いヒールのおかげで、普段なら遥か上にある彼の視線が、驚くほど目の前にある。
息遣いまで届きそうな距離感にラナの胸が跳ねた。
公爵は身じろぎもせず、ラナを見つめ返す。
ダイアナの作戦を脳内で繰り返しながら、ここという所まで近づいた時、ラナはそれに気がづいた。
公爵の耳たぶが真っ赤になっていたのだ。
公爵はラナから勢いよく目をそらし、口元を片手で覆った。
(これは……まさか、もう効いてるの!? )
(真っ赤になって照れてらっしゃいます! 大成功でしょうか!)
(さあ公爵様、どうぞいらしてください!)
――だが、様子がおかしかった。
公爵の肩が、プルプルと震えているのだ。
次第にその揺れは大きくなり、彼は体ごと横を向くと、腹を抱え込むようにかがみ込んだ。
爆笑していたのだ。
「……ッ、ははは!」
(!!??)
「随分とウブな娼姫がいたものだな……顔をゆでだこのように真っ赤にして」
公爵は声を上げて腹を抱えて笑い出した。
な、な、なんたる侮辱……! 耐えられそうにありません!
それに……冷徹公爵が笑ってらっしゃる!!?
公爵様のその屈託のない笑い顔、卑怯なくらい格好良くて可愛らしいのです。
反則です!
とてつもない恥ずかしさと情けなさで、視界が涙で潤んでいく。
そんなラナを見つめると、公爵はこれまでの冷酷な態度からは想像もつかないほど、優しく穏やかに微笑んだ。
「悪かった。娼姫の真剣な手管であったな。笑ってしまった非礼を詫びよう」
「……だが、もうこういった真似はよしてくれ。お前の色では、まるで幼子を虐めているようで落ち着かないのだ」
「……う」
言葉に詰まるラナに、公爵はどこか慈しむような目を向ける。
「お前は娼姫のプライドにかけて、俺の方から、『抱かせてくれ』と言わせてみせると言っていた」
「娼姫として、一人の男を自分の力で狂わせたという証明が欲しい。――そういうことだな?」
「——ならば、こうしよう」
公爵はすっと長くて美しい指を伸ばすと、ラナの黄金の髪をひとすくいした。
「私はお前に恋焦がれ、お前の心を求め……客としてではなく、一人の男として受け入れられたいと乞う、憐れな男だ」
「お前が『商売をやめるから連れ去ってくれ』と言うまで、決して手を出さないと今ここで誓いを立てたのだ」
掬い取った髪を軽く引き寄せながら、公爵はラナの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「……これならお前の面子も立つだろう?」
瞳に妖艶な光を宿し、ラナを射抜いたまま——。
その手の中にある黄金の髪へ、公爵は静かに唇を落とした。
ちゅ、と小さな音が部屋に響く。
「思い切り甘やかしてやるから、覚悟するんだ。……娼姫の矜持とやらが本物ならば、真に受けるんじゃないぞ」
「————っ!!」
あまりの怒涛の展開と、公爵の色香の破壊力に、ラナは声すら出ない。
分かった…私は娼姫として完全に完敗だ。
もう打つ手がない。少なくとも、今は。
他になにができるか、これから探す。
私はソフィア姉さんのように娼館のトップに立ち、姉さんに褒めてもらうんだ。
それだけは絶対に譲れない。
涙目のまま、ラナは精一杯の力で公爵を睨み返した。
「……いつか必ず貴方に、「私を抱きたい」と言わせてみせます。私が何色であっても」
ラナの必死の訴えに、公爵は口元を不敵に吊り上げた。
「では——私はお前に『商売を辞めたい』と言わせてみせよう。この世界から奪い去ってくれとな。」
視線と視線がぶつかり合う。
それは、あまりにも甘く、危険な宣戦布告だった。
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