第12話 公爵の前で正座しました
「きままに過ごせとは言ったがな」
二階の居室。 応接セットに向かい合い、ソファに腰掛け腕組みをする公爵。
その正面、テーブルを挟んで、ラナは床の上で正座していた。
下を向いて、公爵の言葉に耳を傾ける。
「うちの部下に手を出されては困る」
「手を出すなんて!そんな……こと……して……ま、せ……」
鋭い眼光に射抜かれ、喉がキュッと詰まって声が出なくなる。
公爵が重い溜息をついた。
「これでも十分な厚遇をしているはずだが。自分の部屋で大人しくしていられないのか。いったい何が望みだ」
ラナは仏頂面をして、口を尖らせた。
「だって…………これだと私の人生を奪われているのと同じです」
「何?」
公爵の眉間がわずかに動く。
「何の茶番だ?娼姫が権力者に最高値で囲われ、何不自由ない暮らしまで保証されたんだ。喜ばないはずがないだろう」
——カチン
ラナの中で、何かのネジが音を立てて切れ落ちた。
(……それって、あなたの感想ですよね?)
あぁダメだ。怒りのあまり脳内に謎の煽り文句と変な男のビジョンが浮かんでしまった。いけない、集中しなきゃ。
ラナはすっと姿勢を正し、真正面から公爵を睨み据えた。
「私は飾り物じゃありません。誰にも触れられない高価な置物として、ここで飼い殺されるなんて嫌です」
「何だと……?」
「貴方がどう思おうがお好きになさってください。 私には私の、この世界で生まれ育った人間としてのプライドがある。それを貴方に教えてやる義理なんてありません。」
心底からの非難を視線にこめ、公爵の目をまっすぐ捉えながら立ち上がった。
「あんたみたいな無粋な客は嫌だと言っているんです! それ以上でも以下でもありません!」
その圧倒的な剣幕に、公爵が気圧されたようにわずかに身じろぎする。
「お代はどんな事をしてでもお返しします。私を解放して下さい」
「な……」
呆気に取られた公爵から動揺の声が漏れた。
ラナの感情はもう収まらない。
切ってしまった啖呵が、湧き出る衝動を一切の制御から解放した。
「私はこの館で生まれて、この館で育ちました。娼姫になることを恥じたことなんて、一度もありません!!!」
唐突にヒートアップするラナを前に、公爵が異形の者でも見るように眉をひそめた。
「まずは要点言いますね」
「客を取り、自分の力で花代を上げて、コルチザンになって――いつかソフィア姉さんを抜いて一番になる。それが私の夢だったんです」
「はい、では本題いきますよ」
「教えないって言ったけど、当然にあれは啖呵を切るための言葉の勢いでございまして、もちろん本気ではございませんので、これからことの経緯を詳細にお話しさせて頂く次第なんですけれども、まずあれは私がやっと物心ついた頃でした。姉さんが18歳私が10歳の頃。豪華なな赤いドレスを着た、それはそれは美しい女性がやって来たんです。一瞬で目を奪われました。 おもしろいことに物憂げな眼差しで貞淑な淑女かと思いきや、それがまぁひどい乱暴者で——」
盲目的にまくし立てるラナを前に、公爵の額から、冷や汗がツーと伝い落ちた。
(なんだ…何が起きている…めんどくせえ)
心の声がダダ漏れになりそうなほど、公爵の顔に明確な「引き」の色が浮かんでいく。
「や、何か……や、おい。それ辞めてくれ。それ、一旦黙れるか?」
公爵は苦々しい顔で片手をかざし、ラナの熱弁を強引に制止した。
「つまり、男に抱かれることがお前の誇りだと?」
「違います!」
即座に否定した。
「自分の力で、客に『この女が欲しい』と思わせることです」
ラナは胸元を強く握る。
「私自身の力で値段を上げて、私自身の力で選ばれる。それができなければ――私がここまで娼姫を目指してきた意味がありません」
声が震えた。
けれど目だけは逸らさなかった。
公爵は黙った。
しばらくして、静かに口を開く。
「……ならば一つ、妙な話だな」
「何がです?」
公爵はラナを見つめ、諭すように言葉を継いだ。
「真の『コルチザン』は、肌を晒さずとも一瞥だけで男の身ぐるみを剥ぐと聞くがな」
公爵がゆっくりと立ち上がり、その美しい瞳がラナの目を射抜く。
「自分から客に買い求めさせようとするのは二流のやることだ。真に最上の価値を持つ者なら買い手に媚びるな」
「相手の喉を渇かせ、正気を失わせ、向こうから『どうか抱かせてくれ』と泣きついて乞わせろ」
――雷に打たれたような衝撃が走った。
――抱いてくれる男に乗り換えよう。
今まで、自分はそればかり考えていた。
でも。
それでは逆だ。
私は娼姫なのだ。
客にお願いする側ではない。
客の方に、欲しいと言わせるのだ。
ラナの瞳に、再び火が灯った。
(……この男を、私の方から欲しがらせればいい)
そう結論が出た瞬間、ラナの頭の中では作戦会議が始まった。
ラナの脳内で十三個ほどの反論と二十七個ほどの作戦案が同時に立ち上がった。
全ての議案に審議が走り出す。
「…………」
長い、長い沈黙。 公爵はラナの思考が終わるのを待とうとしたのだが――それが良くなかった。
あまりにも長すぎる「間」が訪れた。
「…む。今考えてるやつ止めれるか?一回いいか?」
「ちょ、ちょ静かに」
「……」
「…」
退屈のあまり、公爵が己の手のひらに治りかけのかさぶたがあることに気づき、そのかさぶたを眺め、剥くか剥くまいか熟考の末、ついに端へ爪を引っ掛けた時のことだった。
「――分かりました…!」
ラナが晴れ晴れとした顔をして、少し挑むように公爵へ視線を向けた。
「私は娼姫のプライドにかけて、公爵様の方から、『抱かせてくれ』と言わせてみせます」
迷いの無い、真っ直ぐな瞳。
一瞬。公爵が息を呑んだ。
やがてほんの少し、その口元に笑みを含むと呆れたように息を吐いた。
「私は、子供にも商売女にも手は出さない」
「望むところです!」
交渉は決裂した。
けれど――次の勝負は決まった。
飼い殺されてなるものか。
絶対にこの男の方から、私を求めさせてみせる。




