第11話 過酷な戦い
カーラは兄に連れられて、公爵家の夜会に参加したことがあるらしい。
貴族出身の彼女にとって唯一無二の自慢話のようだ。
「まだ16歳とは思えない圧倒的な存在感で、その美しさに目を奪われたわ! でもね、それだけじゃないの!」
カーラは身を乗り出して熱弁を振るう。
「宴の最中、酷く酔っ払った中年男性が激しく公爵様にぶつかってしまったの。あの『冷鉄公爵』への粗相よ? 命が飛ぶかと誰もが凍りついたわ」
「……だけど次の瞬間、よろめいた男性を公爵様は片腕で優しく抱き止めたのよ! まるでお姫様を守る騎士みたいに!」
抱き止められた男性まで、とろんと目を惚けさせていたわ、とカーラは溜息をつく。
「ま、あんたはまるで相手にされていないから、公爵様のお優しさを知る機会なんて一生ないでしょうけどね!」
——ただ自慢して私を煽りたかったわけね。
いいわよ。そんなの知らなくたって! 私はこの買上げを絶対に撤回させて、別のお客様をとるんだから!
街の声(通信箱)もチェックしてみる。
『立派な領主様ですよ』
『花街の治安にも関心を寄せておられるとか』
『治外法権を尊重しつつ、助成金を存分に注いでくださったおかげで、敷地内が見違えるほど綺麗になりました』
へー。人格者なんだ。へー。 そんな素晴らしい人が、挨拶一つ無視するわけね。へー。
最後は護衛の皆様だ。
一番近くにいる人たちの証言こそ、至高の情報源!
「公爵様のお人柄、ですか……?」
唐突に尋ねられ、困惑する護衛たち。
「んー……甘いものがお好きですね」
「趣味? 公務でお忙しい方ですからねぇ……あ、時々ご自身で武器の手入れをなさってますよ」
「愛おしそうに剣を眺めていらっしゃいます」
——……何だろう。
調べれば調べるほど、公爵様のことが分からなくなってきたのは気のせいかしら。
◇
その晩。 公爵はシャツ一枚の姿で現れた。
本来、館の格式に合わせ訪問時にはジャケットを羽織るのが紳士のマナーだ。
薄いシャツ一枚、ボタンをいくつか外した首元からは妖艶な色香がダダ漏れている。
ふーーーーん。 ここまでして私との接点を潰したいわけね。
宣戦布告ってわけね。ふーーーーん。
——負けるもんですか!!
【極意三:隙間・盲点の攻略】
『敵の隙を突き、虚を突く』
ライバルが手をつけていないニッチ市場や、顧客自身が気づいていない潜在課題を突いて優位に立て!
あの晩強引に上着を預かったとき、ふと思った。
高級香料の洗剤で丁寧に手入れされた生地からは、上品なシトラスに混ざって、ほんのわずかに大人の男性の匂いがした。
……この猛暑の時期にこんな重厚なジャケットを着込んで、暑くないわけがない。
世の紳士たちは、人知れず暑さとの過酷な戦いに連日臨んでいるのだろうか。
——そうだ!
「これを、公爵様に……ですか?」
「そうです。ここをポチッと押してみてください」
ラナが護衛に手渡したのは、前世の知識で作った『ハンディファン』。
スイッチを入れると、心地よい風が勢いよく吹き出す。
「こ、これはすごいですね……!」
「私が作りました。動力が切れると止まりますので、その際は私にお声がけいただくようお伝えください」
どうよ、この作戦! 充電式ハンディファンを渡して、充電器を私が牛耳る作戦よ!
こうすれば、私に声をかけずにはいられないでしょう!
翌朝部下から訝しげにハンディファンを受け取った公爵は、馬車の中で上着を羽織り、その恩恵を無言で享受した。
翌晩。
思惑を僅かに外れ、充電の切れたそれは、『護衛経由』で手渡された。
(——ですよねー…)
ならば、これよ!
ラナの設計図を護衛から受け取る公爵。
なんでも『上着そのものにファンが内蔵されている』らしく、周囲に気づかれず両手も自由になる優れものだという。
「これを作るのに『公爵様の採寸をさせていただきたい』とのことでした」
——ウズ。
葛藤に揺れる公爵であった。
【極意四:外堀からのアプローチ】
『将を射んとすればまず馬を射よ』
決裁権を持つキーマンを落とすため、まずは現場担当者や周辺人物と信頼を築き、段階的に攻略せよ!
これが最後の作戦! 公爵の護衛を味方につけて、攻略法を引き出すのよ!
……なんて言いつつ。 ただ単に、仲良くなっちゃっただけなんだけど。
「今私はかき氷を食べています」
公爵が閉じこもろうとする部屋の扉前で座り込み、公爵を見上げながらかき氷を食べる。
通行止めにしつつ、甘党の公爵にアピールして口をひらかせる作戦だ。
『……連れていけ』
重苦しい溜息が聞こえ、一瞬でつまみ出される。
「うわぁ、ババ引いたー!」
「あははは!」
ラナが廊下で護衛たちと輪になり、賑やかにババ抜きに興じている。
……気づけば、これがすっかり毎日のルーティンになっていた。
暑そうな二階の護衛二人のため、廊下にエアコンを取り付けた。
公爵が涼を求めてこちらにくるよう、あえて一階には取り付けなかったのだが——
一階を守る護衛たちが「公爵様の指示」をいいことに、涼しい二階の廊下に居座るようになってしまったのだ。
今日は廊下にクロスを広げ、みんなで冷たいかき氷を食べる『室内ピクニック』だ。
「おかわり食べる人ー!」
「はいっはい!」
元気よく手が上がる。
「えへへ、今日はね、新しくレモン味も——あ、氷がなくなっちゃった」
「あ、自分取ってきますよ!」
レモン味の期待に浮かれながら護衛が一階の厨房で氷を準備していると、背後から、凍てつく冷気と漆黒の圧が漂ってきた。
恐る恐る振り返る。
「——あ……」
◇
トツ、トツ、と。
階下から階段を上がってくる足音が響く。
支度にかからなくちゃ。と立ち上がろうとした——その瞬間。
階段から顔を覗かせたのは、氷をとりに行った護衛……ではなく。
——公爵だった。
その後ろには、「やってしまった」と言わんばかりに青ざめ、申し訳なさそうに身を縮こまらせる護衛の姿。
公爵の顔には、怒りの色がはっきりと浮かんでいた。
その全身から放たれるのは、圧倒的威圧のオーラ。
群青の瞳が、冷ややかにラナたち全員を射抜く。
「——何をしている」
氷のように低い声が、廊下の空気を一瞬で凍りつかせた。
(これ、マズいんじゃない————!?)




