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底辺娼姫ですが、娼姫道を極めたいので公爵様には溺愛をご遠慮いただきます。  作者: 四方初志
第一章

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第10話 兵法に学べ

 私は大人しく飼い殺しになんかされない。


 計画を取り戻すには――。


 元凶となっている公爵自身に私の買取を撤回して貰うしかない。

 まずは、公爵に素直にお願いしてみよう。


 その日の夜。 「終身買い取る」という宣言通り、公爵は黄金宮の離れへとやって来た。


 ラナは玄関ホールで出迎える。


 見る者を圧倒するほど整った、彫刻のように端正な顔立ち。

 柔らかく揺れる群青の髪の隙間から覗く涼しげな瞳は、氷柱が照らし返す光の様な美しさを湛えている。


 ただ歩いて現れただけだというのに、まるで世界の主が降臨したかのような圧倒的な気配を放っていた。


ゴクリ――。


(ビ――ビジュアルはいいのよね。)


「おかえりなさいませ、公爵様」


 一瞬、公爵と視線が交差した。

 さあ、これから話そう――と思った次の瞬間。


「お前は二階へ」


 低く短い一言。


 それだけ告げると、公爵は護衛に目配せをし、自分はさっさと一階奥の客室へと向かってしまった。


 ――は? 嘘でしょ……!?


 何それ、「おかえりなさい」をスルー!?


 お手つきどころか、人付き合いとしてどうなのそれ!?


 なんで?


 え、本当に何のために私を買ったの!?


 怒りと困惑で脳内がパンクしそうになる。


 え、普通に嫌いですけど!?


 ドスドスと二階の部屋へあがると、テーブルの上には一人分の豪華なディナーが用意されていた。


 ――あ。


 仕方ない、今夜のところは美味しいご飯に免じましょう。


 翌朝。 見送りに立ったラナを、公爵はちらりとも見ずに離れを後にして行った。


◇


 ――私は絶対に負けない。


 もう少し『ぐいぐい』行ってみよう。

 案外、ただの重度なシャイボーイなのかもしれないし。


 翌晩も、やって来た公爵はため息が出るほど美しかった。


 ――うん、今夜もビジュアルだけは満点でらっしゃいます。


 公爵の全身から「話しかけるな冷気」が極限まで出ているのは既に織り込みずみ。


 でも、そこを――超えて行く!

 ズイッと一歩を踏み出す。


 うぅ……寒い! 冷える!心が冷える!!


 ラナは公爵の群青の目を真っ直ぐに見据え、ぐっと手を伸ばした。


「上着をお預かりいたします」


 決死の覚悟が届いたのだろうか。


 公爵はほんの一瞬、その美しい瞳を揺らめかせると――静かにラナへ背中を預けた。


 ――よしっ! 第一歩クリア! 昨日とは違う反応を引き出せたわ!


 歓喜しながらハンガーを手にとり、公爵の方へ振り返ると――。


 そこに人はおらず、パタンと一階の居室の扉が閉じられたところだった。


「――え?」


 ガチャリ。

 内側からしっかりと鍵をかけられる音が虚しく響く。


 ……そして翌朝。


 玄関に漂う冷気は、さらに凄まじいことになっていた。


 あらかじめ上着を用意し、お背中におかけしようと待ち構えるラナに向かって、もはや猛吹雪のような向かい風が吹きつけていた――。


 姉さん、このままでは私、凍死してしまいそうです。


◇


 ――考えるのよ、ラナ。


 やりたいことはシンプル。ただ、あの男を対話の席につかせる。 それだけのことよ。

 

 めげちゃダメ。何か打開策はあるはず。


 私の前世の記憶……今こそ開け——!


 目をぎゅっと瞑ると、脳裏に一冊の書物が神々しい後光を伴って現れた。  


『兵法に学ぶ! 飛び込み営業の四つの極意』


【極意一:事前準備と勝兵の教え】

『勝兵はまず勝ってしかるのちに戦いを求め、敗兵はまず戦いてしかるのちに勝つを求む』


 とりあえず足で稼ぐのではなく、事前の顧客リサーチや仮説構築を行い、「勝てる状態」を作ってからアプローチを開始せよ!

 

 腕組みをし、顎に手を当てながら脳内のページをめくる。


 ——なるほど。私は無策に突っ込もうとしていたわ。


 真正面からぶつかっても撃沈するだけ。

 まずは対話を引き出すための「策」を立てなくては!


【極意二:客観的な分析】

『敵を知り己を知れば百戦危うからず』


 顧客の課題・状況(敵)と自社の強み・限界(己)を把握し、ミスマッチな押し売りを避けて確実に成果へ繋げろ!


 確かに私は、あの公爵の名前と顔が良いこと以外なにも知らない。 リサーチが必要ね!


◇


 柔らかな日の光が差し込むヴェルヴェット館の読書ラウンジ。 ラナは紙とペンを片手に、過去の新聞記事を漁った。


「ノア・ヴァルハイト公爵は24才……わずか7歳でご両親を亡くされて、家督を継いだのね……」


 幼少期からめきめきと頭角を現し、今や王家をも凌ぐ大陸最高峰の実力者。


 ——そんな凄い人だったの…どうりであんな豪快なお金の使い方をするわけだわ。 知れば知るほど怖くなってきた……。


 パンッ! と両頬を叩く。


 弱気になっちゃダメ!

 私だって、この世界で生き抜いてトップに立つのだもの!


 聞き込み調査として、娼館の仲間たちにもインタビューを開始した。


「ここの領主様でしょ? 超お金持ちの」

「三大公爵家の中でも頭一つ抜けてて、事実上の『大公家』って言われてるらしいよ」

「——よく知らないわ(まるで興味のなさそうなソフィア姉さん)」


 ふむ。目新しい情報はないか。

 手帳を閉じようとした、その時。


 先ほどから鼻息荒く腕組みをしてこちらを睨んでいたカーラが、食ってかかるように割り込んできた。


「ちょっと、私にも聞きなさいよ!」

少しでも気に入っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります!

11月7日の三十日月の出る頃に、本作は完結を迎えます!ぜひ最後までお付き合いください。

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