第6話「事件現場へ行く!」
書店に駆け込んだ千紘は、新刊コーナーへ一直線に向かった。
「あった!」
平積みされた『刻探偵』の新刊。
最後の一冊――というわけでもなく、普通に十冊くらい残っている。
「よかったぁ……」
千紘は一冊手に取り、嬉しそうに表紙を眺めた。
(今回も表紙いいなぁ)
会計を済ませ、千紘は新刊を大事そうにバッグへしまった。
「ただいまー」
『遅いぞ、千紘』
玄関まで二郎がトコトコやってくる。
「ごめんね、寂しかった?」
『数十分だから平気だよ』
そう言いながら、二郎の尻尾は垂れている。
千紘は二郎を抱き上げて、優しく頭を撫でた。
『やめろぉ』
いつも通り、手足をバタつかせて抵抗した。
でも、その顔はとろんとしていた。
「ふふっ、かわいい」
『違う』 『かっこいい』
「そこはかわいくないなぁ」
千紘はくすっと笑い、二郎をそっと床に降ろした。
その日の夜。
千紘は自宅のソファで『刻探偵』を読んでいた。
テーブルの下では、二郎が一人で遊んでいる。
ページをめくる。
また、めくる。
「…………」
『千紘』
「今いいところ」
『まだ何も言ってない』
「話しかけようとしたでしょ」
『した』
「あとで」
『むぅ』
二郎は諦めて、また一人で遊び始めた。
しばらくして。
「あ、この公園……」
千紘の手が止まる。
今回の事件の舞台は、住宅街にある小さな公園だった。
ベンチ。
街灯。
滑り台。
公園を囲む木々。
どこにでもありそうな、ごく普通の公園。
「なんか身近だなぁ」
『公園だからな』
「そうなんだけどさ」
千紘はページをめくる。
事件が起きたのは夜。
容疑者の一人は、公園のベンチに座っていたという。
その人物は、事件が起きた時間に公園の入口を通った人物を見たと証言している。
しかし――。
「……ん?」
千紘はページを戻した。
もう一度読む。
「このベンチから、本当に入口見える?」
『見取り図を見せろ』
二郎が近づいてくる。
「はい」
二郎はページを覗き込んだ。
『距離と木の位置がわかれば――』
「待った!」
『なんだ』
「計算しないで」
『なぜだ』
「自分で考えたいから」
『俺ならすぐわかるぞ』
「だからダメなの!」
二郎は首をかしげた。
『早く答えがわかった方がいいだろ』
「違うんだよなぁ」
千紘は本を閉じる。
「わからないから考えるのが楽しいの」
『……人間は面倒だな』
『そうやって貴重な時間を無駄に浪費するんだ』
「これは無駄じゃないの」
『無駄じゃない?』
二郎は考える。
答えが知りたいなら、続きを読めばいい。
それなのに、千紘は答えを知るためではなく、考えることに時間を使っている。
二郎には、それがなぜ無駄ではないのか、まだわからなかった。
翌日。
休日の昼。
千紘は朝から、昨日の続きを読んでいた。
だが、どうにも昨夜の公園が気になる。
本の見取り図を見る。
スマホで近所の地図を確認。
また本を見る。
「…………」
『まだ考えてるの』
「だって気になるんだもん」
『続きを読めば答えが書いてある』
「まだ読みたくない」
『どうして?』
「自分でわかるかもしれないじゃん」
『面倒だよ』『続き読もう』
「よし」
千紘は本を閉じた。
『なぁ』
『俺の話聞いてた?』
『嫌な予感がする』
「二郎、公園行くよ!」
『えぇー、めんどくさい』
二郎は床にぺたんと座った。
「近所なんだからいいじゃん」
『今日は家にいる』
「散歩になるよ?」
『俺は散歩なくても平気』
「公園で遊べるよ?」
『子供じゃない』
「じゃあ留守番する?」
『それも嫌だ』
「どっちなのよ」
二郎はぷいっと顔をそらした。
千紘はその様子を見て、少し考える。
そして、二郎の前にしゃがんだ。
「じゃあ――」
頭に手を置く。
ゆっくりと、人工毛を撫でた。
もう一度。
耳の間から、頭を優しく撫でる。
『ふにゃん♥』
「……二郎?」
「今、ふにゃんって言った?」
『言ってない』
千紘はもう一度撫でる。
『ふにゃん♥』
「言ってるじゃん!」
『気のせい』
「顔もトロンとしてるよ」
『してない』
「じゃあ公園行く?」
『仕方ないから行くよ』
「ちょろいなぁ」
『うるさい』
数十分後。
千紘と二郎は、近所の公園に来ていた。
「おおー」
『普通の公園だな』
「それがいいんだよ」
小さな滑り台。
ブランコ。
砂場。
何本かの木。
そして、遊歩道沿いに並んだベンチ。
千紘は『刻探偵』を開いた。
「まず、容疑者がいたのがここ」
『小説の公園とは別の公園だぞ』
「再現だからいいの」
千紘はベンチに座る。
「で、入口があっちだとすると……」
顔を動かし、木を見る。
立ち上がる。
少し移動する。
また座る。
『何をしている』
「目線の確認」
『それ、楽しいか?』
「めちゃくちゃ楽しい」
『そうなんだ……』
『人間って変なの』
二郎には、まだ理解できなかった。
その時。
「あれ?」
聞き覚えのある声がした。
千紘が振り返る。
公園の入口に立っていたのは、理人だった。
その足元には、淡いピンク色のイチゴもいる。
「成瀬?」
「水野?」
理人は、ベンチと本と千紘を順番に見る。
「……何してるんだ?」
「事件現場の検証」
理人の顔が険しくなる。
「事件?」
「うん」
「ここで?」
周りを見渡す。
「警察とか来てないけど?」
「小説の中で」
「イチゴ、向こうで散歩しようか」
『そうね』
「待って待って待って!」
千紘は慌てて立ち上がった。
「ちょうどよかった! 人手が欲しかったの!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「絶対ろくなことじゃない」
「容疑者役やって」
「ほらな」
『似合いそうね』
「イチゴ?」
『顔が』
「お前まで何言ってるんだ」
千紘は本を片手に笑った。
「よし! これで再現できる!」
「俺はやるって言ってない」
二郎が理人を見上げる。
『諦めろ』
『俺もやられた』
「はぁー」
理人は大きなため息をついた。
「よし、成瀬はここに立って」
「もう始まってるのかよ」
「二郎は入口から歩いてきて」
『俺もやるの?』
『アホくさ』
イチゴがその場を離れようとした。
「イチゴはそこ!」
『なんで私まで』
イチゴはぷいっと顔をそらしながら、二郎の隣へ行った。
「あれ? 二人になっちゃった」
千紘は見取り図と二匹を見比べる。
「……まあ、いっか!」
「いいのかよ」
千紘は『刻探偵』を開いた。
「それじゃ――事件現場、再現するわ!」
「だから俺は容疑者じゃない!」




