表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間ってめんどくさい  作者: 季波


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/10

第3話「愛情が足りないのよ」

その日の夜。

理人は自宅のダイニングで、遅めの夕食を取っていた。



テーブルの上には、炊きたてのご飯。

味噌汁。

焼き魚。

小鉢が二つ。

そして。

テーブルの横には、イチゴ。



理人が魚を一口食べる。

イチゴは、その様子をじっと見つめていた。



「……なんだ」

理人は眼鏡を押し上げた。

「食事中なんだ。用があるなら言え」



『別に、なんでもないわ』



「さっきから見てるだろ」

「三分くらいは見てたよな?」



『細かい男ね』

『見てないわ』



「そうか」



理人は再び箸を動かす。

噛みしめるように魚を食べていた。



イチゴの耳が、ぴくっと動いた。



しばらくして。



『その魚、美味しいの?』



「鯖だ」



『魚の名前は聞いてないわ』



「美味しい」



『ふーん』



「食べたいのか?」



『いらないわよ。私は食べられないし』



「じゃあ、なぜ聞いた」



『興味よ』



「何に」



『……人間に』



理人の箸が止まった。



イチゴは、すぐに顔を背ける。



『勘違いしないで。あなた個人に興味があるわけじゃないから』



理人は淡々と食事をしていた。



『……聞きなさいよ!』



理人は味噌汁を一口飲む。



「それにしても」



『なによ』



「この味噌、もう少し香りが立ってもいいな」




『知らないわよ』



「出汁も、削った鰹節を使うのと煮干しを使うのとじゃ、全然違うからな」

「あと、味噌を入れたあとは沸騰させない方がいい。香りが飛ぶからな」



『聞いてない』



「重要だぞ」



『私、食べないし』



「知識として覚えておけ」



『それは知ってるもん』

『知識の量なら、あなたよりも凄いんだから』



「そうだろうな、機械だからな」

理人は真顔で続けた。

「出汁との組み合わせでも味は変わる。赤味噌なら――」



『長い!』



『長い!』

イチゴはぷいっと顔を背けた。



理人は黙った。

「……怒ったのか?」



『怒ってないわ』



理人は眼鏡を押し上げた。

「感情表現としては分かりやすいな」



『分析しないで!』



夕食を終え、理人は食器を片付けた。

ソファに座り、スマホを手に取る。



イチゴは少し離れた場所で毛づくろいをしていた。

舌でペロペロ体を舐める仕草は動物そのものだった。



静かな時間が流れる。



理人はふと、黒瀬の言葉を思い出した。



――一日一回、必ず撫でろ。

まだやっていない。

理人は時計を見る。

午後九時十二分。

今日が終わるまで、まだ時間はある。

「あとでいいか」

小さく呟き、スマホへ視線を戻す。



その時。



手の甲を、小さなものがつんつんと突いた。



「……?」

理人が目を向ける。



イチゴが前足で、理人の手をちょんちょんと叩いていた。



「なんだ」



イチゴは前足を引っ込める。



『ほら、なでなさい』



「口で言えるなら最初から言え」



『雰囲気というものがあるでしょう?』



「何の雰囲気だ」



『……本当に鈍い男ね』



「AIペットに言われたくない」



『いいから、早くなでるの』



理人は小さく息を吐いた。



「一日一回だったな」



イチゴの耳が、ぴくっと動く。



理人はイチゴの頭に手を置いた。



頭から背中へ、毛並みに沿って三度撫でる。



『…………』



「終わりだ」



『……終わり?』



「ああ」



『三秒よ?』



「三回撫でた」



イチゴは少し黙った。



それから、ぷいっと顔を背ける。



『愛情が足りないのよ』



理人の眉が動いた。



「AIが愛情を要求するのか?」



『悪い?』



「いや」



理人はイチゴを見る。



垂れた耳。

ふわふわした人工毛。

背を向けたまま、尻尾だけがゆっくり揺れている。

「……興味深いな」



『そういうところよ!』

イチゴが勢いよく振り返った。



理人は眼鏡を押し上げる。

「何がだ」



『もう知らない!』



「そうか」



イチゴはしばらく黙っていた。

やがて、そっと前足を伸ばす。

理人の手の甲を、ちょん、と軽く叩いた。



理人はその前足を見る。



イチゴは目を逸らした。



『……別に、もう一回撫でてもいいけど』



「一日一回じゃなかったのか?」



『黙ってなでなさい!』



「……仕方ないな」

理人はもう一度、イチゴの頭に手を置いた。

今度は三回では終わらなかった。

頭から背中へ。

ゆっくりと、毛並みに沿って撫でる。



『…………』

イチゴは気持ちよさそうに目を細めていた。



「満足か?」



『別に』



「その顔は満足してるように見えるが」



イチゴは慌てて表情を引き締めた。

『これは違うの』



「何が違うんだ?」



『知らないわよ!』



イチゴは理人の手から逃げるように離れると、ソファの端で丸くなった。



理人はその姿をしばらく見ていた。



そして。



自分の手のひらに目を落とす。

「……確かに、触り心地はいいな」



『当たり前でしょ』

『触れる用に作ってあるのよ』



「そういえば、明日は会社で経過報告だったな」



『会社に行くの?』



「ああ。試験運用の報告と、不具合がないか確認するらしい」



『面倒ね』



「仕事だからな」

「イチゴも一緒に行くんだぞ」



『わかってるわよ』

(それにしても……触れ方、優しかったな)

イチゴは理人の後ろ姿を見つめる。 その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ