第2話「一日一回、必ず撫でろ」
「それから」
黒瀬が三人を見る。
「一日一回、必ず撫でろ」
沈黙。
千紘が二郎を見る。
二郎も千紘を見る。
「……撫でる?」
「ああ」
「毎日?」
「毎日」
「忘れたら?」
「やってみればわかる」
「何それ怖い」
「以上。今日からテスト開始だ」
「雑!」
その日の夜。
千紘は自宅のリビングで、ソファに寝転がっていた。
手にしているのは、大好きなミステリー小説。
一冊読み終わるたび、次の一冊に手を伸ばす。
ソファの横には、読み終えた本がどんどん積み上がっていた。
『読むの早くない?』
二郎が、積み上がった本を見上げる。
「早くない。面白いから、これが普通」
千紘はページをめくる。
「えっ、こんな展開だったの?」
数ページ戻る。
「うわぁ、これ見逃してた」
また戻る。
ぶつぶつ言いながらページを行ったり来たりする千紘を、二郎はじっと見つめた。
『……忙しいな』
「今いいところなの」
『ねぇ、それ倒れそうだよ』
二郎は本の山を見上げた。
『危ないよ?』
「大丈夫、大丈夫」
『大丈夫じゃ――』
二郎が本のそばをちょろちょろ動く。
「こら、動いたら危ないでしょ」
千紘は二郎をひょいと抱き上げた。
「はい、ここにいなさい」
そのまま膝の上に乗せ、何事もなかったように読書を再開する。
『離して』
二郎が手足をばたつかせる。
「ちょっと、今いいところ――」
その時。
ぐらっ。
積み上がった本が傾いた。
「あ」
どさどさどさっ!
『うわぁっ!』
「二郎!」
千紘の膝の上にいた二郎めがけて、本が雪崩れ込んだ。
『ううっ……』
「あっ、ごめん! 大丈夫!?」
慌てて本をどかし、二郎を引っ張り出す。
『うん。百キロくらいまでなら耐えられる』
「すごいな」
『でも気をつけてよ!』
「うん、ごめんね」
千紘は自然に二郎の頭を撫でた。
ふわふわした人工毛を、ゆっくり撫でる。
「あったかい」
二郎の垂れた耳が、ぴくっと動いた。
『……ふふ』
「え?」
二郎は目を細めた。
どこか嬉しそうに見える。
千紘の手が止まった。
「今、笑った?」
『気のせい』
二郎はぷいと目をそらした。
「もう一回撫でたら笑う?」
『本日のなでなでは完了しました』
「急に業務連絡!」
千紘は散らばった本を片付けながら、さっきの二郎の顔を思い出す。
ほんの一瞬だったけれど。
確かに、笑っていた。
なんだろう。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
その頃、楽の家では――。
三郎の耳が、ピンッと立った。
「なんだ? なんだ?」
『気配を感じる』
「気配?」
「もしかして、超常現象とか?」
楽の目が輝く。
「面白そう」
『違う。虫の気配だ』
「なんだ、虫か」
楽はあっさり興味を失った。
「じゃ、捕まえてきて」
『気配を感じるだけだ。捕まえることはできない』
「そっか」
楽は少し考える。
「捕まえることまでできれば、もっと人気出そうなんだけどな」
楽はふと三郎を見た。
表情が読めない。
「三郎、今どんな気分かなぁ」
専用アプリを起動し、状態を確認する。
――激怒MAX (●`ε´●)
「えぇっ、ブチギレじゃん!」
「はははっ」
楽は腹を抱えて大爆笑した。
『笑うな、虫をどうにかしろ』
「そのうちどっかいくだろ」
数時間後。
虫のことなど、すっかり忘れていた楽は、ふとアプリを開いた。
「もうなでなでもしたし、機嫌戻ったかな?」
――激怒MAX (●`ε´●)
「まだ怒ってんじゃん!」




