第25話「新しい三郎」
『……三郎?』
二郎が一歩前へ出た。
『お前、何ふざけてんだ?』
『そうよ』
イチゴも三郎を見つめる。
『冗談にしても笑えないわよ』
クリーム色のAIペットは、困ったように二匹を見た。
『……申し訳ありません』
『僕は正常に動作しています』
『…………』
二郎とイチゴは顔を見合わせた。
そして、二郎が楽を見る。
『……俺たちは戻れたのに』
『三郎は、戻れなかったのか?』
「三郎だけ、保存されてた記憶データの一部が欠損してる」
楽は画面を見つめたまま、平静を装って言った。
「本体に異常はない。復元できなかっただけだ」
『あのぉ……』
クリーム色のAIペットがおそるおそる口を開く。
『三郎というのは、僕の名前でしょうか?』
申し訳なさそうに尋ねるその姿を見て、楽はしばらく何も言えなかった。
「……そうだ」
少しだけ間を置いて、楽は笑った。
「お前が三郎だ」
「よろしくな」
本当は、以前の三郎に会いたかった。
でも、それは目の前の三郎には関係のないことだ。
楽は、作った笑顔を崩さなかった。
三郎は楽を見上げた。
『あなたのことは、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?』
「……楽でいいよ」
『かしこまりました』
三郎はぺこりと頭を下げた。
『楽さん、よろしくお願いします』
「ああ。よろしくな」
千紘と理人は、そのやり取りを黙って見つめていた。
少しして、千紘が三郎の前にしゃがむ。
「私は千紘」
「よろしくね、三郎」
『千紘さんですね』
『よろしくお願いします』
理人も三郎のそばへ歩み寄った。
「俺は理人」
「また三人と三匹で仲良くやっていこうな」
『はい!』
『理人さんも、よろしくお願いします』
二郎とイチゴは何も言わなかった。
目の前にいるのは、確かに三郎だった。
同じ淡いクリーム色の毛。
同じ声。
同じ姿。
『皆さんのお役に立てるよう、頑張ります!』
明るくそう言うAIペットを、誰も三郎だとは思えなかった。
それでも、二郎とイチゴは戸惑ったように顔を見合わせ、ゆっくりと三郎へ歩み寄った。
『……二郎だ』
三郎が二郎を見る。
『二郎さんですね。よろしくお願いします』
『……ああ』
二郎は少し気まずそうに視線を逸らした。
『さっきは悪かった』
『何がでしょうか?』
『……いや。分からないならいい』
『私はイチゴよ』
『イチゴさんですね。よろしくお願いします』
『……よろしく、三郎』
イチゴは少しだけ寂しそうに笑った。
『分からないことがあったら、私たちに聞きなさい』
『はい! ありがとうございます』
「じゃあ……そろそろ帰るか」
楽は三郎の前にしゃがみ、その小さな体を抱き上げた。
『わっ』
「ん? どうした?」
『いえ。抱っこしていただけるとは思わなかったので』
「……そうか」
楽は三郎を抱き直した。
「これから毎日することになるぞ」
『そうなんですか?』
「ああ」
三郎は嬉しそうに笑った。
『楽しみです!』
「……そっか」
楽も小さく笑った。
「じゃ、帰ろうぜ。三郎」
『はい、楽さん!』
「じゃ、お先に」
楽は三郎を抱いたまま、開発室を出ていった。
千紘は閉まった扉をしばらく見つめていた。
「……私たちだけ、取り戻せたんだね」
「……そうだな」
千紘は足元の二郎を見る。
「二郎もイチゴも戻ってきたのに……」
「天野だけ……」
理人は何も言わなかった。
「どうにかしてあげたいけど……どうにもならないよね」
「……ああ」
理人は小さく息を吐いた。
「できることがあるなら、何だってしてやりたいけどな」
千紘は、楽が出ていった扉へ目を向ける。
「……うん」
『俺だって、三郎にまた会いたかった』
二郎は悔しそうに言った。
『今は、三郎のそばにいてあげるしかないんじゃない?』
イチゴは、楽と三郎が出ていった扉を見つめながら言った。




