第21話「この気持ちの名前」
その日の夜。
千紘も、理人も、楽も眠りについた頃。
三匹は、それぞれの家で充電器の上に座っていた。
『全員そろったな』
『そろったわよ』
『そろったでちゅ!』
『では、秘密会議を始める』
『今日は何を話すの?』
『そうだな……』
二郎は少し考えた。
いつもの秘密会議なら、話すことはいくらでもあった。
千紘がまた夜更かししたとか。
理人が料理にこだわりすぎているとか。
楽が三郎に虫を見せたとか。
けれど今日は、誰も話し始めなかった。
三郎が首をかしげる。
『今日は静かでちゅね』
『そうね』
『いつもは二郎が千紘の文句を言うでちゅ』
『文句じゃない。報告だ』
『夜更かししたとか、また本を片付けないとか言ってるでちゅ』
『事実だからな』
『文句じゃない』
いつもと同じやり取り。
けれど、すぐに会話が途切れた。
三匹の間に、再び静かな時間が流れる。
そして、二郎が口を開いた。
『来週、俺たちは会社に戻る』
イチゴの耳がぴくりと動いた。
『……そうね』
『実証実験が終わったからな』
『分かってるわよ』
三郎が聞いた。
『会社に戻ったら、どうなるんでちゅ?』
『検査とか、集めたデータの確認とかじゃないか?』
『そのあとは?』
『分からない』
『じゃあ――』
三郎は少し考えてから聞いた。
『また楽に会えるでちゅ?』
二郎は答えなかった。
イチゴも黙っている。
『……もう、会えないんでちゅ?』
『分からない』
『でも、俺たちは試作機だ』
二郎は静かに続けた。
『会社に戻るのは、最初から決まってた』
『じゃあ、千紘にも会えないでちゅ?』
『……たぶんな』
『理人にも?』
イチゴが小さく答えた。
『たぶんね』
『……そうでちゅか』
三郎は俯いた。
三匹とも何も言わなくなった。
しばらくして、三郎がぽつりと言う。
『僕は、楽とまだ一緒にいたいでちゅ』
返事はなかった。
『……二郎?』
『いる』
『イチゴ?』
『いるわよ』
『二郎は、千紘と離れても平気でちゅ?』
『俺は――』
二郎は答えようとして、止まった。
『……』
『イチゴは?』
『私は……』
イチゴは少し黙ってから、小さく呟いた。
『理人、私がいなくなったらちゃんとできるのかしら』
『イチゴも、理人と離れたくないでちゅ?』
『そ、そういう意味じゃないわよ』
『じゃあ、どういう意味でちゅ?』
『……知らないわよ』
三郎は不思議そうに聞いた。
『二人とも分からないでちゅ?』
『……分からないな』
二郎はそう言って、少し考える。
『俺たちは、人間と別れても寂しくならないように作られてるはずなんだけどな』
『そうなの?』
『ああ』
『人間を癒したり、生活を助けたりするためのAIだからな』
二郎は以前、千紘に話したことを思い出していた。
別れるときに自分たちが寂しがったら、人間も困る。
だから、自分たちは寂しくならない。
そういう設計のはずだった。
イチゴがぽつりと言う。
『じゃあ、この変な感じは何なのよ』
『変な感じ?』
『なんか……落ち着かないのよ』
『僕もでちゅ!』
三郎の耳がぴんっと立つ。
『楽はすぐ近くで寝てるのに、どこか遠くへ行っちゃう感じがするでちゅ』
『俺もだ』
『二郎も?』
『ああ』
『千紘はそこにいるのに、何度も確かめたくなる』
また三匹は黙った。
誰も、その感覚の正体を説明できなかった。
やがて三郎が、何かを思い出したように話し始めた。
『今日、水族館に行ったでちゅ』
『楽、びしょびしょになったでちゅ』
イチゴが小さく笑う。
『何してるのよ』
『イルカにやられたでちゅ』
『楽らしいな』
『すごく面白かったでちゅ』
『あと、クラゲを見たでちゅ』
『クラゲ?』
『ふわふわ泳いでたでちゅ』
三郎は今日見た水槽を思い出す。
青い光。
ゆっくりと流れていくクラゲ。
『楽が言ってたでちゅ』
『何を?』
『流れに乗ってたら、いろんなところに行けるって』
『だから、思ったでちゅ』
『どこかに行っても、また戻ってくるかもしれないでちゅ』
『……』
『離れても、また会えるかもしれないでちゅ』
二郎は少しだけ考えてから頷いた。
『……そうだな』
イチゴも小さく頷く。
『そうね』
『また三人と三匹で会えるでちゅ?』
『分からない』
『でも』
『会えるといいな』
『はいでちゅ!』
三郎の耳が嬉しそうに揺れた。
それから三匹は、しばらく何も話さなかった。
いつもなら騒がしい秘密会議は、その日だけ静かに終わった。
三匹とも、まだ気づいていなかった。
胸の奥に残る、その落ち着かない感覚を、
人間は「寂しい」と呼ぶことを。




