第18話「寂しいって、なんだ?」
その日の夜。
千紘はいつものようにソファに座り、本を読んでいた。
その隣には、二郎が丸くなっている。
ページをめくる音だけが、静かな部屋に響いていた。
『千紘』
「ん?」
『もう十一時だぞ』
「まだ十一時でしょ」
『明日も仕事だ』
「分かってるよ」
『昨日も同じこと言ってた』
「あとちょっとだけ」
『その「あとちょっと」が長いんだ』
千紘は本から顔を上げ、二郎を見る。
「相変わらずうるさいなぁ」
『生活リズムを守らせてるんだ』
「はいはい」
いつものやり取り。
毎日のように繰り返してきた会話だった。
千紘は再び本へ視線を落とす。
けれど、文字がなかなか頭に入ってこない。
来週。
二郎は会社へ返却される。
そうしたら、この声も聞こえなくなる。
「……ねえ、二郎」
『なんだ?』
千紘は本を閉じた。
「二郎たちってさ」
「寂しいとか、ないの?」
二郎は首をかしげた。
『寂しい?』
「ほら……もうすぐ私たちと離れるでしょ」
『ああ』
「二郎は、寂しくないの?」
二郎は少し考えるように千紘を見つめた。
『ないぞ』
「……そっか」
『俺たちは、人を癒したり、生活を助けたりするために作られてる』
千紘は黙って二郎を見る。
『別れるときに俺たちが寂しがったら、人間も困るだろ』
「……そういうところまで考えて作られてるんだ」
『そういう設計だからな』
「そっか……」
千紘は小さく笑った。
「じゃあ、寂しいのは私だけか」
二郎がじっと千紘を見つめる。
『千紘は寂しいのか?』
「……ちょっとね」
『まだ俺はここにいるぞ』
「そうだね」
千紘は二郎を抱き上げた。
『おい』
「なに?」
『まだ寝る時間じゃないぞ』
「さっき寝ろって言ったじゃん」
『本を読むのをやめろと言ったんだ』
「細かいなぁ」
二郎を抱えたまま、千紘は寝室へ向かった。
ベッドに入り、いつものように二郎を隣へ置く。
「おやすみ、二郎」
『うん。おやすみ』
千紘は目を閉じる。
少しして、二郎がもぞもぞと動いた。
「あと少しなんだから、我慢してよ」
『むぅ……狭いぞ』
「いいの」
『横暴だ!』
千紘は二郎を見つめ、そっと抱き寄せた。
二郎は、それ以上何も言わなかった。
いつもと同じ夜。
いつもと同じ声。
いつもと同じ温かさ。
それなのに千紘には、その全部が少しだけ特別に思えた。
二郎は、そんな千紘をじっと見つめていた。
(人間は、こういうとき寂しくなるのか)




