第14話「母がやってきた日」
休日の昼。
「昨日は飲み過ぎたわ……」
千紘が大きく伸びをすると、足元から呆れた声が飛んできた。
『遅い』
『もう昼だぞ』
「いいでしょ。休みなんだから」
『生活リズムは崩さない』
『毎日決まった時間に寝て、決まった時間に起きろ』
その時、千紘のスマホが鳴った。
二郎の耳がぴくりと動く。
「えっ、母さんからだ」
千紘は慌てて電話に出た。
「もしもし、母さん?」
『千紘?』
「えっ、母さん!? 来てるの?」
『うん。一人で来たの』
「一人で!?」
千紘は思わず立ち上がる。
「迎えに行くから! 今どこ?」
『えっとねぇ……』
「うん」
『ビルがあって、信号があって、木もあるわ』
「……」
『人もたくさん歩いてるわねぇ』
「それ、どこにでもあるわ!」
千紘は額を押さえた。
「スマホのGPSをオンにして!」
『え?』
「画面を上から下にスーッてやって、場所のマークを押すの!」
『じーぴーえす?』
「うん!」
『すーって?』
「うん!」
『日本語で話してちょうだい』
「日本語なんだけどぉ……!」
頭を抱えたくなる。
『大丈夫よ』
『そんなに心配しないの』
『私、まだまだ若いんだから』
電話の向こうでは、母がのんびり笑っていた。
「もう! 動かないで! そこで待ってて!」
(昔から、急に行動する人なんだから……)
『はーい』
通話が切れた。
「はぁ……」
千紘は深いため息をつく。
「なんで急に一人で来るかなぁ……」
その時だった。
ウゥゥゥゥン――。
近くを救急車が走り抜ける。
「……えっ」
胸がざわつく。
「まさか……」
嫌な想像が頭をよぎる。
千紘はすぐに母へ電話をかけた。
「出て……母さん」
呼び出し音だけが鳴り続ける。
もう一度。
「お願い……」
それでも出ない。
「さっきまで話してたのに……」
手が震える。
「警察……?」
首を振る。
「いや、まだ早い。でも、もし倒れてたら……」
悪い想像ばかりが膨らんでいく。
「二郎どうしよう」
千紘は不安に揺れる瞳で、スマホを握りしめたまましゃがみ込んだ。
その横で――。
ドンッ。
「……え?」
ドンッ。
「二郎?」
「こんな時に何してるの?」
二郎は真剣な表情で、大きくシコを踏み始めた。
『静かにしろ』
ドンッ。
『今、探してる』
「……探してる? 母さんを?」
二郎の瞳が淡く光る。
『……見つけた』
シコを踏むのをやめ、ゆっくり顔を上げる。
『三百メートル先』
『駅裏の広場』
『キッチンカーの前だ』
「本当!?」
千紘は二郎を抱き上げ、全力で走り出した。
数分後。
駅裏の広場には、色とりどりのキッチンカーが並んでいた。
「あっ!」
ベンチに座り、のんびりタコスを頬張る母の姿が目に入る。
「あら、千紘」
「母さん!」
千紘は駆け寄った。
「もう! 心配したんだから!」
「電話も出ないし!」
「あら、ごめんなさい」
母は笑いながらタコスを持ち上げる。
「おいしそうだったから並んでたの」
「そういう問題じゃないの!」
「駅を出たら迷っちゃってね。でも歩いてたら見つけたのよ」
「もう……」
全身の力が抜ける。
千紘はその場にしゃがみ込み、小さく笑った。
「本当に心配したんだから……」
母は少し申し訳なさそうに笑う。
「ごめんね」
それからタコスを差し出した。
「ほら、千紘も食べる?」
「……ありがとう」
千紘は差し出されたタコスを受け取った。
母は千紘の腕の中の小さな生き物に気づき、目を丸くした。
「あら、かわいい子ねぇ」
「抱いてみる?」
千紘は二郎を母へ手渡した。
母はそっと抱き上げ、優しく頭を撫でた。
「この子は?」
「AIペットの二郎だよ」
「母さんの居場所を見つけてくれたの」
千紘のスマホに通知が表示された。
《行動履歴を更新しました》
《新機能:飼い主の関係者探索を解放しました》
《探索範囲:同一県内》
「まぁ、そうだったの」
「ありがとうね」
二郎は淡々と言った。
『……当然だ』
『俺がお世話してるんだからな』
「まぁ、おしゃべりもできるのね」
「かわいくて頼もしい子だわ」
「二郎、照れてる?」
「かわいいなぁ」
『照れてない』
そう言いながらも、耳は少しだけぺたんと寝ていた。
その言葉に、千紘と母は顔を見合わせて笑った。
タコスを食べ終えた頃。
千紘は温かいお茶を一口飲み、向かいに座る母を見つめた。
「そういえば、母さん」
「ん?」
「なんで急に来たの?」
母は少し照れくさそうに笑った。
「えっとね」




