第10話「分析中でちゅ」
「AI開発はどこでも今力入ってますねぇ」
「本当だな。今や大企業からベンチャーまで、みんなAIをやってる時代だ」
「その中で、うちは『役に立たないAI』を作ってるんですもんね」
「だから面白いんだ」
「はぁー疲れた」
「やっと昼休みだ」
会社の昼休み。
理人、千紘、楽、そして三匹のAIペットは社内の廊下を歩いていた。
「平和ですねぇ」
楽が伸びをする。
「そのセリフを聞くと、何か起きる気がするんだが」
理人が眼鏡を押し上げた、その時だった。
三郎が突然、ぴたりと足を止めた。
「……ん?」
楽が首を傾げる。
千紘も思わず立ち止まった。
次の瞬間。
三郎は両前足をぐっと持ち上げ、力こぶを見せつけるようなポーズを取った。
「……何してるんだ?」
『ボディビルダーのポーズだ』
『フロント・ダブル・バイセップスという』 二郎が淡々と言う。
『こんなところでやめなさい』
『恥ずかしいわ』
イチゴが呆れたように言った。
千紘が目を丸くする。
「また変な機能でも増えた?」
『分析中でちゅ』
「何を分析してるんだ?」
理人が尋ねる。
しかし、三郎は答えない。
そのまま数秒間、ポーズを維持していた。
やがて前足を下ろし、何事もなかったように歩き出す。
『終わったでちゅ』
「だから何がだよ」
楽が苦笑する。
ちょうどその時、向こうから黒瀬が歩いてきた。
三郎は黒瀬を見つめる。
『今』
『週末、甥っ子を連れて、おもちゃを買いに行くことを考えてたでちゅ』
黒瀬の足が、ぴたりと止まった。
「何を言ってんだよ、三郎」
「お前適当に言ってるだろ」
楽が笑う。
「部長はただ歩いてるだけ」
「それに、ここは会社だ」
「そんな余計なこと考えてないですって」
「ねぇ」「部長?」
その時だった。
黒瀬のスマートフォンが鳴る。
「ああ、姉さん」
「うん」
「週末は約束どおり、甥を連れておもちゃ屋へ行く」
「楽しみにしてるらしいからな」
通話を終えた黒瀬はスマホをしまった。
三人はゆっくり三郎を見る。
『当たりでちゅ』
「……当たってる」
『今考えてることくらいなら、わかるでちゅ!』
三郎は得意げに鼻を鳴らした。
「どういう仕組みなんだ」
『知らないでちゅ』
「知らないのかよ」
「……使えねぇー!」
「ふふっ」
千紘は思わず吹き出した。
その日の午後。
三人は開発室でログを確認していた。
楽が首を傾げる。
「おかしいな……」
「こんな機能、実装した覚えないですよ」
「ログは?」
理人が尋ねる。
「『感情解析モード』って残ってます」
「でも、プログラムが見当たらないんです」
「なんだそれ」
千紘も画面を覗き込む。
「消えたってこと?」
「いえ……」
楽は画面をスクロールした。
「あれ?」
「どうした?」
「このログを見ると、解析を途中で停止した記録があります」
「停止?」
「はい。一定以上の負荷を検知すると、自動で解析を終了するみたいです」
「安全装置か」
「たぶん、そうですね」
「AIが学習して、自分で作った機能なのかもしれません」
「そんなことあるのか」
理人が呟く。
黒瀬は腕を組み、小さく息をついた。
「試験運用とは、こういうことだ」
「今までのも含めて、全部報告書に追加しておけ」
「『新たな挙動を確認』でいい」
「了解です」
「負荷が高すぎる感情は、安全装置で解析しない、と」
その横で。
三郎は満足そうに胸を張っていた。
『人間って』
『頭の中まで忙しい生き物でちゅ』




