魔王
はい、来ました。
勇者。
やっぱり出た。
出ると思った。
◆
はいどーも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!
というわけで。
たぶん今回が最終回です。
前回までで、だいぶ見てきました。
歴史の顔をした物語。
名前をめぐる争い。
善意が制度になって、制度が運用になって、最後に誰の名前で刻まれたか。
うん。
けっこう見た。
見たはず。
で。
最後に来るのがこれです。
王国の聖女が、帝都に現れて堕落した。
敵は教国の聖地へと、イシュの民を率いて向かっているとの情報が入った。
聖女がこの地で魔王となったのだ。
生まれたての魔王は勇者によって退けられたが、未だ脅威は天空の台地にあり!
……はい。
雑。
いや、勢いはあるよ。
勢いはある。
でも、雑!
すごいよね。
ここまでいろいろ見てきたあとに読むと、もう笑っちゃう。
だってこれ、
めちゃくちゃ大きな出来事を、
めちゃくちゃ都合よく、
めちゃくちゃ短く並べてるんだもん。
まず最初の一文からして強い。
王国の聖女が、帝都に現れて堕落した。
はい、来ました。
堕落。
便利ワードです。
何をしたのか。
どうしてそうなったのか。
何がどう変わったのか。
そういう面倒なところを全部すっとばして、
堕落した
で済ませる。
すごいね。
言葉って便利。
しかもこれ、前回までを踏まえるとさらにおもしろいんだよね。
内側では聖女。
外側では皮肉を込めた聖女。
そうやって名前だけが先に動いていた。
で、その名前が今度は、
堕落した聖女
になる。
つまり、聖女って呼び名は最後まで捨てないんだよ。
捨てないまま、意味だけ反転させる。
うわあ。
上手い。
嫌だけど上手い。
次。
敵は教国の聖地へと、イシュの民を率いて向かっているとの情報が入った。
はい。
情報が入った。
便利ですねえ。
誰から入ったのか。
どこまで確かなのか。
その途中で何が省略されたのか。
そういうの、全部ない。
でも、あるのは方向だけ。
敵。
聖地。
率いて向かう。
つまりこれ、
事実確認じゃないんだよね。
人を動かすための文なんです。
敵がいる。
聖地へ向かっている。
急げ。
守れ。
はい、号令完了。
で、さらに強いのが次。
聖女がこの地で魔王となったのだ。
これね。
雑なんだけど、雑だからこそ強い。
前回までにこっちは知ってるわけです。
鳥獣憐みの令があって。
適応保護法が悪用されて。
孤児院が拡大して。
解放と収容が同時に進んで。
リルの名だけが内にも外にも刻まれ続けた。
そういう長い歪みの果てがある。
でも、それを外から見ると、
聖女が魔王になった
で済む。
うわあ。
これだよね。
歴史を長く見ると構造になる。
でも人を動かす時は、構造はいらない。
聖女。
魔王。
堕落。
勇者。
このへんだけあれば足りる。
最後なんてもう、ほとんど様式美です。
生まれたての魔王は勇者によって退けられたが、未だ脅威は天空の台地にあり!
はい、来ました。
勇者。
やっぱり出た。
出ると思った。
でもここ、すごく大事です。
生まれたての魔王
って、なんだよ。
便利すぎるでしょ。
だってそれ、
まだ本格化していないけれど、
すでに脅威として認定するための言い方
なんだもん。
退けられた。
けれど脅威は残る。
だからまだ終わっていない。
だから次の動員がいる。
はい、号令完了、第二弾です。
つまりこの短い文、何をやっているかというと。
聖女の名を残す。
でも堕落させる。
魔王の名を与える。
勇者を立てる。
脅威を天空の台地へ追いやる。
うわあ。
きれい。
きれいすぎて怖い。
しかも、ここまで読んできた側からするとわかるんだよね。
これ、何も知らない人にとっては、めちゃくちゃ飲みやすい。
ほら、前に言ったじゃん。
片方だけ先に読むと危ないって。
今回は、もう片方とかですらない。
最終要約です。
歴史。
制度。
運用。
名前。
恐怖。
そういう面倒なものを全部たたんで、
最後に人を動かすための言葉だけ残したやつ。
つまり、これ。
謁見の間現象の完成形なんだよね。
最初に謁見の間で、
この世界はこうです、
敵はこいつです、
あなたは救世主です、
って渡される。
あれの、もう完成版。
聖女は堕落した。
魔王になった。
勇者が退けた。
でも脅威は残っている。
はい、出陣。
怖いねえ。
でも、すごくよくできてる。
だから、今回の総評です。
この文は、
何が起きたかを丁寧に伝えるための記録ではありません。
何を信じればよいか。
誰を敵と見ればよいか。
どこへ向かえばよいか。
それだけを、最短距離で叩き込むための文です。
聖女という名前も。
魔王という名前も。
勇者という名前も。
中身を説明するためじゃなく、
意味を固定して人を動かすために使われている。
うわあ。
ここまで来ると、もう清々しいね。
前回までで見てきた長い歪みは、
最後にはこんな短い文章に畳まれる。
だから怖い。
でも、だからおもしろい。
はい。
そういうわけで。
異世界の論文を読んでみた~!!
から始まって、
歴史の顔をした物語を読んで、
制度の運用記録を読んで、
最後に人を動かすための短い文へ来ました。
めちゃくちゃ良い流れだったね。
嫌だけど。
というわけで、たぶん最終回。
ここまで読んでくれてありがとう。
異世界ネットは来てないけど。
言葉だけで、人はここまで動いてしまうみたいです。




