聖女
「半分多いな、この番組。」
「あなたが早とちりするからでしょう。」
「ぐうの音も出ない。」
◆
はいどーも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!
前回、鳥獣憐みの令と歪みをまとめて読んだわけですが。
いやあ。
嫌だったね。
すごくよくできてて、すごく嫌だった。
で。
読んだあと、私、思ったわけです。
これさ。
もう一回、ミスリルちゃん呼ばないとだめじゃない?
わーぱちぱちー。
チーム・ミスリルの、ミスリルちゃんです!
って、二回連続で身内呼ぶなって言うね。
でもしょうがない。
だって今回、絶対この子いた方がいいんだもん。
◆
「こんにちは、チーム・ミスリルのミスリルです。」
「はい、来ました。」
「来たわね。」
「というわけで、また来てもらいました。」
「でしょうね。」
「でしょうねって言うな。」
「だって、前回の終わり方で、次に一人で行ける顔してなかったもの。」
「見抜かれてる。」
「見抜くわよ、それくらい。」
「はい、先生。」
「その呼び方、定着させるつもり?」
「今日もだいぶ先生です。」
私は紙束を軽く持ち上げた。
「これ。」
「ええ。」
「鳥獣憐みの令の記録。」
「一気に読んで正解だったかしら?」
「それはほんとそう。」
「でしょうね。」
「でさ。」
「うん。」
「今回いちばん嫌だったところ、どこだと思う?」
「聞くのね。」
「聞く。」
「あなたがいちばん引っかかってるのは、最後でしょう。」
「最後。」
「姿を見せることのないリルの名が刻まれ続けた。」
「そう、それ。」
「やっぱりね。」
「だって、そこ、怖すぎるもん。」
「ええ。」
私は、少しだけ身を乗り出した。
「これさ。」
「うん。」
「法の中身そのものも、もちろん嫌なんだよ。」
「ええ。」
「善意が制度になって、制度が運用になって、運用が金になって、どんどん射程が広がっていく。」
「ええ。」
「そこも嫌。」
「ええ。」
「でも、最後に私がぞわっとしたのはそこじゃない。」
「名前。」
「そう。」
「中身を全部知らなくても。」
「うん。」
「人は名前だけで怖がれる。」
「そういうこと。」
ミスリルは、静かに頷いた。
「しかも今回は。」
「うん。」
「聖女って呼ばれてるのよね。」
「そう。」
「そこがまた嫌。」
「嫌ね。」
「だって、聖女って、普通もっとさ。」
「うん。」
「良いものじゃん。」
「そうね。」
「でもこの記録の中では、内側では素直に聖女で、外側では皮肉なんだよ。」
「ええ。」
「同じ名前が、同じ呼び名のまま、全然違う意味になってる。」
「そう。」
「つまり。」
「うん。」
「聖女って、誰にとっての聖女なの、って話になる。」
「なるわね。」
私は紙束をとんと叩いた。
「ここ、なんか前回までの話とも繋がるんだよね。」
「ええ。」
「誰が人を名乗るのか。」
「ええ。」
「誰が異種と呼ばれるのか。」
「ええ。」
「っていう命名権バトルがあった。」
「ええ。」
「で、今回は。」
「うん。」
「誰の名で法が動いたことになるのか。」
「そう。」
「その名前が、救いにも脅威にもなる。」
「そういうこと。」
ミスリルは、そこで少しだけ笑った。
「だいぶ見えてきたじゃない。」
「でしょ。」
「でも、まだ半分ね。」
「また半分?」
「ええ。」
「半分多いな、この番組。」
「あなたが早とちりするからでしょう。」
「ぐうの音も出ない。」
ミスリルは、私の手元の紙を見た。
「あなた、前回こう言ったわよね。」
「うん?」
「名前だけが先に動く、って。」
「言った。」
「それ、正しいわ。」
「お。」
「でも、今回はもう少し正確に言える。」
「なに。」
「法の中身より先に、名前だけが届く、よ。」
「……あ。」
「そこが大きいの。」
「法の中身より先に。」
「ええ。」
私は少し黙った。
「そっか。」
「ええ。」
「中で何が起きてるかは、知らない。」
「ええ。」
「孤児院に安息を得た者がいたことも。」
「ええ。」
「解放と収容が同時に進んだことも。」
「ええ。」
「そんなの、外側の人には全部は見えない。」
「見えないわね。」
「でも、名前だけは届く。」
「そう。」
「リルがやった。」
「そう。」
「聖女が決めた。」
「そう。」
「それだけが、先に行く。」
「そういうこと。」
ミスリルは静かに続けた。
「しかも、民衆に姿を見せることがない。」
「うん。」
「会ったこともない。」
「うん。」
「顔も知らない。」
「うん。」
「でも、名前だけは何度も刻まれる。」
「うわあ。」
「だから、逆に都合がいいのよ。」
「都合がいい。」
「ええ。」
「人は、見えないものに好きな意味を貼れる。」
「……ああ。」
「内側なら、功績の名前として。」
「うん。」
「外側なら、脅威の名前として。」
「うん。」
「しかも、どちらも本人を見ていない。」
「うわあ。」
「なによ。」
「いや、それ。」
「ええ。」
「だいぶ最悪だね。」
「最悪ね。」
私は、思わず苦笑した。
「でも、上手いんだよなあ。」
「上手いわね。」
「だってこれ。」
「うん。」
「リル本人が前に出て説明した方が、たぶんまだズレる余地があった。」
「そうね。」
「でも、姿を見せない。」
「ええ。」
「だから、名前だけが増幅される。」
「そう。」
「うわあ。」
「また語彙が減ってるわよ。」
「だって、うわあ、ってなるでしょ。」
「それはそう。」
私は、しばらく考えてから言った。
「ねえ。」
「なに。」
「これってさ。」
「うん。」
「結局、聖女って呼び名も、王国の中で一枚じゃないんだね。」
「一枚じゃないわ。」
「内側では。」
「功績の名。」
「外側では。」
「皮肉と脅威。」
「でも、どっちも。」
「うん。」
「本人じゃなくて、名前に向かって言ってる。」
「そういうこと。」
ミスリルは少しだけ目を細めた。
「だから、今回の記録は、鳥獣憐みの令の運用史であると同時に。」
「うん。」
「リルという名前が、どう社会に使われたかの記録でもある。」
「うわ。」
「なによ。」
「それ、すごくしっくり来る。」
「そう。」
「法の歴史だけじゃない。」
「ええ。」
「名前の運用史でもある。」
「そういうこと。」
私は、そこでぱっと顔を上げた。
「じゃあさ。」
「うん。」
「前回までの謁見の間現象とも、ちゃんと繋がるんだ。」
「繋がるわね。」
「肩書きが先に来る。」
「ええ。」
「名前が先に来る。」
「ええ。」
「中身を知らないまま、意味だけ貼られる。」
「ええ。」
「うわ、全部嫌だな。」
「嫌ね。」
「でも、めちゃくちゃおもしろい。」
「それは否定しないわ。」
少しの沈黙が落ちた。
「ねえ、ミスリル。」
「なに。」
「今回の記録ってさ。」
「うん。」
「リルのこと、ちゃんと書いてるようで。」
「うん。」
「実は、人間側がどんなふうに法を欲しがって、どんなふうに怖がるか、の方が出てない?」
「出てるわね。」
「だよね。」
「ええ。」
「リルが何者か、より。」
「うん。」
「人間が、リルという名前を何に使ったか。」
「そう。」
「そっちの記録でもある。」
「そういうこと。」
ミスリルは、そこで少しだけ笑った。
「だいぶ先生いらずになってきたじゃない。」
「いや、先生がいたからここまで来たんでしょ。」
「そういうことにしておいてあげる。」
「やったぜ。」
私は、紙束を机に置いた。
「じゃあ、まとめます。」
「どうぞ。」
「鳥獣憐みの令の記録は、善意が制度になって、制度が運用になって、最後に名前へ回収される記録だった。」
「はい。」
「しかも、その名前は。」
「はい。」
「中身より先に届く。」
「はい。」
「内側では功績。」
「はい。」
「外側では脅威。」
「はい。」
「同じ聖女でも、貼られてる意味は全然違う。」
「はい。」
「つまり。」
「つまり?」
「これ、法の歴史であると同時に。」
「うん。」
「リルという名前が、どう社会に使われたかの歴史でもある。」
「ええ。」
「だから、怖い。」
「ええ。」
「でも、めちゃくちゃおいしい。」
「そこはぶれないのね。」
「ぶれないねえ。」
ミスリルは、そこで少しだけ笑った。
異世界ネットは来てないけど。
法の中身より先に、名前だけが届いてしまうことって、案外いちばん怖いのかもしれません。




