うわ、うわ、うわあ
「片方だけ先に読むと危ない、どころか。」
「うん。」
「書いた人を知らないまま読んでも危ない。」
「そういうこと。」
◆
はいどーも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!
鳥獣憐みの令、行くと思うじゃん?
行くつもりだったんだよ、私も。
だって流れとしては、そこがいちばんきれいだから。
でもね。
なんていうのかな。
女の勘ってやつが、ぴこんと来まして。
ちょっと、ミスリルちゃんの意見を聞きたくなったんだよね。
わーぱちぱちー。
チーム・ミスリルの、ミスリルちゃんです!
って、また身内かよって言うね。
◆
「こんにちは、チーム・ミスリルのミスリルです。」
「はい来ました。」
「来たわね。」
「というわけで、今日は鳥獣憐みの令に行く前に、前回の続きです。」
「続き。」
「うん。王国正史におけるイシュの民の記述と、王国女王によるイシュの民の記述。」
「ええ。」
「これさ。」
「うん。」
「読んでて、途中でちょっと引っかかったんだよね。」
「どこに。」
「女王。」
「……ああ。」
「いや、王国女王によるイシュの民の記述って、書いてあるからそう読むよ。」
「ええ。」
「でも、女王って誰なの、って話はしてなかったじゃん。」
「していないわね。」
「そこ、なんか妙に気になっちゃって。」
「なるほど。」
「で、ここでミスリル先生の出番ですよ。」
「誰が先生よ。」
「今日は先生でしょ、完全に。」
「不本意ね。」
ミスリルは少しだけ息をついた。
でも、嫌そうではなかった。
「女王は、クローバーよ。」
「へえ。」
「まだ薄いわね。」
「だって、名前だけだとまだ何もわかんないし。」
「そうね。なら、順番に言うわ。」
「お願いします。」
ミスリルは、静かに言った。
「クローバーは、王国の女王。」
「うん。」
「でも同時に、イシュの民でもあるの。」
「……うわ。」
「うわ、なのね。」
「いや、それは、うわ、でしょ。」
「そうかしら。」
「そうだよ。めっちゃそうだよ。」
私は思わず机に手をついた。
「だって待って。」
「ええ。」
「王国女王による記述、って読んだ時は、王国の側の偉い人の文章だと思うじゃん。」
「ええ。」
「でも、その女王がイシュの民でもあるなら。」
「ええ。」
「王国の側の文章、で終わらない。」
「そういうこと。」
「うわ、それって意味がめっちゃ変わるじゃん。」
「変わるでしょうね。」
私は紙束をぱたぱた振った。
「前回の私はさ。」
「うん。」
「王国正史に対して、王国女王による記述って置いて。」
「ええ。」
「同じ王国の中で、正史と、王権の側の別の語りが競合してるのかなって読んでた。」
「ええ。」
「それ、完全に間違いじゃない。」
「ええ。」
「でも、その女王がクローバーで、しかもイシュの民だとわかった瞬間。」
「ええ。」
「王権の別意見、ってだけじゃ足りなくなる。」
「そう。」
「王国の玉座に座るイシュの民が、自分たちをどう書き返したか、でもある。」
「そういうこと。」
ミスリルは静かに頷いた。
私は、そこでようやく腑に落ちた気がした。
「だから、鳥獣憐みの令の前に、これを挟みたくなったんだ。」
「そうね。」
「うん。」
「制度に行く前に、誰がその制度へ向かう言葉を書いていたのか。」
「それもまた、謁見の間現象よ。」
「……え。」
「鳥獣憐みの令を作ったのは、リル。」
「うん。」
「ううん、一人目の瑠璃と言った方が近いのかしら。」
「うん。」
「つまり、日本人の価値観で作ったの。」
「うん。」
「王国女王によるイシュの民の記述に触れて作ったわけじゃない。」
「うん。」
「たまたま、合致したのよ。」
「……うわあ。」
「なによ。」
「いや、それ。」
「ええ。」
「また見え方が変わるじゃん。」
「変わるでしょうね。」
私は、しばらく紙束を見下ろした。
「そっか。」
「ええ。」
「私は今、あの文章を鳥獣憐みの令の前触れみたいに読んじゃったんだ。」
「そう。」
「でも実際には、令の方が、あの文章を読んで生まれたわけじゃない。」
「ええ。」
「別々の場所から出てきたのに、あとで並べると同じ方向を向いてるように見える。」
「そういうこと。」
「うわあ。」
「語彙力が残念な子になってるわよ。」
「だって、うわあ、ってなるでしょ、こんなの。」
ミスリルは静かに頷いた。
「前回あなたが言った、片方だけ先に読むと危ない、っていうのは。」
「うん。」
「偉い人の肩書きから、その人の語りを世界説明として飲んでしまう危なさだった。」
「うん。」
「でも今回はもう一段あるの。」
「もう一段。」
「ええ。」
「あとから知った情報で、別々に生まれたものまで、最初から一本の流れだったみたいに見えてしまう。」
「……あ。」
「それもまた、謁見の間現象よ。」
「うわ、そこで戻るのか。」
「戻るわよ。」
「いや、でも、わかる。」
「でしょう。」
「肩書きで飲まされるだけじゃない。」
「ええ。」
「意味で、あとから接続しすぎる危なさでもあるんだ。」
「そういうこと。」
私は、ようやく深く息を吐いた。
「あれ?じゃあさ、クローバーがその記述を書いたことで、何が残ったの?」
「いい質問ね。」
「鳥獣憐みの令が妙にしっくり接続されてたからね。教えて先生!」
「そこは大事ね。」
「大事でしょ。」
ミスリルは、少しだけ視線を落とした。
それから、丁寧に言葉を置いた。
「王国の中で、イシュの民を国民として認めた人よ。」
「認めた。」
「ええ。王国女王によるイシュの民の記述は、そこへ踏み込んだ人の言葉として読むべきよ。」
「うわ、それって前例を作ったってことじゃん。」
「そういうこと。イシュの民が、人間に抱え込まれたままではなく。」
「うん。」
「自分たちの名で立てる日を。」
「……。」
「そのために、王国の女王という立場を使った。」
「うわ。」
「なによ。」
「いや、それ。」
「ええ。」
「ただの対抗史観的な話じゃ済まないじゃん。」
「そうね。ただ、そのあとで有名無実化された。」
「……ああ。」
「一代で全部が変わったわけではない。」
「うん。」
「でも、王権の言葉で、そこまで踏み込んだ。」
「うん。」
「イシュの民を、ただ使われる側のままにしておかない方向へ。」
「うん。」
「国民として位置付ける言葉を、実際に置いた。」
「うわあ。」
「なによ。」
「いや、だって。」
「ええ。」
「それ、王国女王によるイシュの民の記述、ってタイトルの意味、めちゃくちゃ変わるじゃん。」
「変わるでしょうね。」
私は額を押さえた。
「じゃあ、まとめます。」
「どうぞ。」
「前回、私は王国正史と王国女王の二本を、王国内の競合する二つの語りとして読んだ。」
「はい。」
「そこに、女王がクローバーで、しかもイシュの民だという情報が入った。」
「はい。」
「その瞬間、王国女王による記述は、王権の別意見というだけじゃなく、王国の玉座に座るイシュの民が自分たちをどう書き返したか、にも見えてくる。」
「はい。」
「でも。」
「でも?」
「そこから、鳥獣憐みの令へ向かう言葉だった、とまっすぐ繋げるのは違う。」
「はい。」
「鳥獣憐みの令を作ったのは、リル、ううん、一人目の瑠璃。」
「はい。」
「日本人の価値観で作った。」
「はい。」
「王国女王によるイシュの民の記述に触れて作ったわけじゃない。」
「はい。」
「ただ、たまたま合致した。」
「はい。」
「だから。」
「だから?」
「クローバーを知ることで意味はめちゃくちゃ変わる。」
「ええ。」
「でも、変わった意味のまま全部を一本に繋げてしまうと、それもまた謁見の間現象。」
「その通り。」
「うわあ。」
「雑ね。」
「言葉になってないからって切り捨ててしまうのはド三流。」
「続けて。」
「もう言語化してるから、そのうえでの、うわあ。だけどね。」
「クローバーをどこまで知るかでも、意味はめちゃくちゃ変わる。ってところかしら。」
「ありがとう、先生。なんかまだクローバーについて私の知らないことがあるぞって言われた気がする。」
「女の勘ね。」
「女の勘。うはは。便利!」
ミスリルは、そこで少しだけ笑った。
「つまり。」
「うん。」
「前回の読みは、まだ入口だったのよ。」
「うん。」
「今の情報が入って、初めて、あの二本がどれだけ危ないか、どれだけ面白いかが揃う。」
「うん。」
「片方だけ先に読むと危ない、どころか。」
「うん。」
「書いた人を知らないまま読んでも危ない。」
「そういうこと。」
私は深く頷いた。
「よし。」
「なに。」
「これで心置きなく、次に行ける。」
「鳥獣憐みの令?」
「そう。」
「ようやく?」
「ようやく。」
「長かったわね。」
「長かった。」
私は、少しだけ笑った。
「でも、そのぶんおいしかった。」
「ええ。」
「というわけで。」
「ええ。」
「次回こそ、鳥獣憐みの令。」
「ええ。」
「歴史が、どうやって制度になるのか。」
「ええ。」
「行ってみましょう。」
「行ってらっしゃい。」
「他人事みたいに言うな。」
「他人事ではないけれど。」
「うん。」
「まずは、あなたが行くのでしょう。」
「それはそう。」
異世界ネットは来てないけど。
肩書きの中身まで知ると、世界の見え方はまだまだ変わるみたいです。




