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王国がイシュの民をどう書き分けたか

 これ、片方だけ先に読むと危ないやつだ。


 ◆


 はいどーも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!


 前回までは、異世界の論文を読んでみた~!!でした。

 が。


 今回は、ちょっと毛色が違います。


 論文じゃない。

 もっとやばい。

 歴史の顔をした、物語です。


 いや、歴史ってだいたい物語でもあるんだけどね。

 でも今回はそういう上品な話じゃなくて、

 最初から勝つために書かれたやつ。

 しかも二本セット。


 タイトルはこちら。


 王国正史におけるイシュの民の記述。

 王国女王によるイシュの民の記述。


 はい、もう好き。

 並んだ時点でおいしい。

 同じイシュの民を書いてるのに、片方は正史、片方は女王。

 つまり最初から、誰がどういう位置から書いてるのかが違う。


 ここ、大事です。


 というわけで、まず一本目。


 王国正史におけるイシュの民の記述。


 来ました。

 王国正史。

 もうこの時点で、だいぶ警戒した方がいいやつです。


 正史って言葉、だいたい最初から強いんだよね。

 説明してるようで、分類してる。

 歴史を書いてるようで、秩序を固定してる。

 そういう文章の匂いがする。


 では、ざっくり読むとどういう話か。


 昔、魔なる者がいた。

 人を襲った。

 神は人に智慧と勇気を授けた。

 冒険者とギルドが魔を討った。

 その結果、王国は繁栄した。

 しかし、一部の者が魔の血に魅せられて交わった。

 その結果、生まれたのが異種の民。

 彼らはヒトを模すが、血の奥に魔を宿している。

 願いの魔法は、彼らが再びヒトに還るための道しるべ。

 よって、ヒトに仕えて己を清めなさい。


 ……うん。

 強い。

 びっくりするくらい強い。

 いや、論理がじゃないよ。

 物語として、です。


 これ、まず最初に感じるのは、

 説明しているようで、ほぼ判決文なんだよね。


 何があったか。

 ではなく、

 誰が秩序で、誰が逸脱か。

 を最初から決めてる。


 しかも、すごくうまい。

 魔なる者。

 神の理。

 冒険者。

 ギルド。

 王国繁栄。

 異種。

 願いの魔法。

 贖罪。


 単語の置き方が、全部えらい。

 えらいというか、ずるい。

 読む側が、うっかり

 そりゃそうかも

 と思ってしまう順番で並んでる。


 ここで大事なのは、

 イシュの民について何を言っているか、だけじゃないんだよね。


 ヒトとは何か。

 王国とは何か。

 秩序とは何か。

 そこまで一緒に定義してる。


 つまりこれ、

 異種の民の説明文じゃなくて、

 ヒトである我ら、の自己紹介なんです。


 良いですねえ。

 嫌だけど、良い。

 嫌なものほど、できが良いと腹が立つやつ。


 で、私がいちばん好きなのはここ。


 彼らは後に、自らを「イシュ(人)」と呼んだ。

 だがその言葉は神の言葉ではない。

 己こそ人であると名乗ることは、神に選ばれた我らヒトへの冒涜にほかならない。


 はい来ました。

 名乗りへのブチ切れです。


 めちゃくちゃ面白い。

 だってこれ、

 何をしたかじゃないんだよ。

 何を名乗ったか、で怒ってる。


 つまり王国正史の焦点って、

 暴力性がどうとか、身体がどうとか、そこだけじゃない。

 人を名乗るな

 なんです。


 ここ、重要です。


 異種って呼ぶ側は、相手を分類してるつもりなんだけど、

 実際には自分たちの側にだけ人という名前を固定したい。

 名前の囲い込みをやってる。


 うわあ、好き。

 こういうの好き。

 歴史叙述のふりして、実は命名権の争奪戦してるやつ。


 しかも最後は聖典まで持ち出す。


 異なる血は、試練であり、浄められるべきである。


 はい、出ました。

 教科書に書いてあると強い一文。

 こういうの、一行で何世代も傷つけるんだよね。


 というわけで一本目の総評です。


 王国正史におけるイシュの民の記述。

 これは歴史叙述というより、秩序の自己正当化文書です。


 イシュの民を語ってるようで、

 ほんとうに語っているのは、

 王国が自分をどう見ていたいか。


 そしていちばん守りたいのは、

 ヒト

 という呼び名。


 はい。

 かなりおいしいです。



 では二本目。

 王国女王によるイシュの民の記述。


 こっちは同じ王国側の言葉でも、少し温度が違う。

 制度の側から切るのか。

 王権の側から抱えるのか。

 その差が見えてくる。


 同じく、ざっくり読むとこうです。


 昔、世界には魔物がいた。

 人はギルドと冒険者でそれを根絶やしにしていった。

 結果として最も繁殖したのはヒト。

 他の種を絶滅へ追いやった。

 しかし、魔物を家族と呼ぶ者たちがいた。

 そのうちの一人が異形の者を愛した。

 その祈りから願いの魔法が生まれた。

 末裔たちは異種の民と呼ばれた。

 彼らは強いが穏やかで、争いを好まなかった。

 だからこそ追われた。

 けれど、異種と呼ばれるたびに刻まれる選民思想に対し、

 イシュとは人という意味だ、と名乗った。

 そしてガン・イシュへ辿り着いた。


 ……うん。

 こっちも強い。

 というか、見事です。


 一本目と、やってることがほぼ同じなんだよね。


 向こうが

 魔が人を脅かした

 なら、

 こっちは

 ヒトが他種を絶滅へ追いやった。


 向こうが

 神の理

 なら、

 こっちは

 祈りが清らかすぎて神でさえ否定しきれなかった。


 向こうが

 異種は贖罪せよ

 なら、

 こっちは

 異なることを恥じるな。


 つまりこれ、正史と対抗史観的なやつなんだよね。


 なんていうのかな。

 日本人の雑な感覚で言うと、ここがスゲェぞにっぽん、みたいなノリ。

 まず自分たちの側の正しさがあって、それに合わせて歴史の語り方ごと整えていく感じ。

 あれを、もっと切実に、もっと本気でやってる。


 まあ、王国の中で競合する二つの語りなんだけどね。

 お互い、相手が絶対に譲れないところを狙って、きれいに反転させてる。

 どちらも世界を説明してるんじゃなくて、自分たちの側が正しい形で世界を並べ替えてる。


 だから私は、ここで笑ってしまいました。


 どっちも、うますぎる。


 いや、史実としてどっちが正しいかって話を今してるんじゃないよ。

 物語として、敵に刺さる形になりすぎてるって意味で、うますぎる。


 王国正史は、

 異種の民を秩序の外へ置くための物語。


 王国女王による記述は、

 ヒトこそ奪う側だったと返す物語。

 王権の側から別の言葉で抱え直そうとする物語。


 そして、どっちにも共通してるのが、

 願いの魔法

 と

 イシュとは人という意味だ、と名乗ること

 です。


 ここがいい。


 同じ単語なのに、役割が真逆なんだよね。


 王国側では、

 願いの魔法はヒトへ還るための道しるべ。


 女王側では、

 願いの魔法は愛の祈りから生まれた橋。


 王国側では、

 イシュとは人と名乗ることは冒涜。


 女王側では、

 イシュとは人という名乗りは誇り。


 うわあ、きれい。

 きれいすぎて怖い。


 つまりこの二本、

 どっちが本当かを争ってるというより、

 どっちの言葉で世界を整理するかを争ってる。


 そこがめちゃくちゃ面白いです。


 で、私はここで思いました。


 これ、論文より先に読むと危ないやつだ。


 だって、論文って一応、

 資料とか方法とか観察とか、

 そういうめんどくさい手続きを踏むふりはするじゃん。


 でもこっちは違う。

 最初から、読んだ人の世界の見え方を書き換えに来る。


 しかも、片方だけだと危険なんだよね。

 片方だけ読むと、

 ああ、そういう歴史だったのか

 って、うっかり思える。


 ほら、異世界ものでよくあんじゃん。

 最初に謁見の間とかに召喚されて~みたいなやつ。


 主人公がいきなり謁見の間みたいなところに転移してさ、

 王様とか神官とかに、

 この世界はいまこういう状況で、

 敵はこいつらで、

 あなたは救世主で、

 みたいな説明を一方的に受ける。


 あの危なさです。

 偉い人の口から先に教えられる感じ。

 最初の世界説明として飲まされると、あとから自分で見ても、その枠から抜けにくい。

 あれを文章でやってる。


 でも二本並べると、一気に見える。


 あ、これ。

 史実をめぐる争いである前に、

 命名と正当化の争いだ。


 その見え方になる。


 ここが、番組としてすごくおいしいです。


 だから今回は、

 イシュの民がどう書かれたか

 というより、

 王国がイシュの民をどう書き分けたか

 を見る回なんだよね。


 正史と異説みたいに読むより、

 王国がイシュの民をどう制度化し、どう王権の言葉で抱え込もうとしたか

 として読む方が、番組として強い。


 うん、かなり良い。


 というわけで、今回の総評です。


 王国正史におけるイシュの民の記述。

 王国女王によるイシュの民の記述。


 この二本は、

 どちらが正しいかを決めるための文章ではありません。


 誰が人を名乗るのか。

 誰が異種と呼ばれるのか。

 願いの魔法を、贖罪として語るのか、愛として語るのか。

 その争いを、物語の形で固定しようとする文章です。


 歴史の顔をしてるけど、やってることはかなり命名権バトル。

 めちゃくちゃ面白いです。


 そして、ここで終わらないのがさらに面白い。


 だって、手元にある次なる記録は、

 鳥獣憐みの令

 だから。


 歴史が、どうやって制度になるのか


 怖いねえ。

 でも、めちゃくちゃ好き。


 つまり今回の見どころはこうです。


 一。

 王国正史は、イシュの民をどう秩序の外側へ置くか。


 二。

 王国女王は、同じイシュの民をどう王権の言葉で記述するか。


 三。

 その差が、鳥獣憐みの令と歪みにどう繋がるか。


 というわけで、今回はここまで。

 本文、かなりおいしかったです。


 次回。


 法になると、笑えなくなる。

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