127.気持ちが通じ合う喜び
「予算が驚くほどすっからかんです。どうなってるんです?」
ドゥランがいつもの無表情でぼやく。
彼の苦言に対して、ダンテは苦笑いだ。
「これでも大分捻出したほうなんだけどね。大量の監視の魔導具も、全部いい値で売っぱらうことができたし……」
「そんなの雀の涙です」
「だよね」
ふうっと肩を落とすダンテに、ルーベントが名案を思いついたと言わんばかりの声をあげた。
「寄付を呼びかければいいんじゃないか!?
特に貴族たちの家族からさ」
「そんなのとっくにやってますよ。寄付金のほとんどが生徒や職員の治療費や賠償金に使われてしまったため、創立祭の寄付までみんな手が回らないんです」
ドゥランがピシャリと言って、ルーベントもダンテと一緒に肩を落とした。
「あるものでなんとかするしかないよねー。
きっとなんとかなるよ」
アレクシスがハハッと楽観的に言ったのに対して、ビクターも同様の意見を返した。
「アレクシスさんの言うとおりだよ。今までが潤沢過ぎたって思っておけばいいんじゃない?
制約があったほうが、みんな知恵を絞るってもんでしょ」
「知恵な……
創立祭の締めに、実行委員が派手な仮装パレード企画してたけど、あれって金無くてもできるもんなのか……?」
マグノリアンが現実的なところを突き、ビクターは「さて、仕事しなきゃ」とマグノリアンの意見を聞かなかったことにして、手元の書類に目を通し始めた。
そこに皆にお茶を配っていたクィアシーナも加わった。
「アレクシスさんやビクターさんの言うとおりですよ。今までがあり得ないくらいの予算だったんです。無きゃないで、どうにかなるんで。
……といっても、その予算に対するクレーム対応をするのは、私とマグノリアンさんなんですけどね」
「連日つらいよな……マジで。
他にもやること盛りだくさんだっていうのに」
マグノリアンがはぁ、と溜め息をつくと、ダンテが「まあまあ」と宥めに入る。
「でも、クレーム処理に副会長のリンスティー"王子"を投入したおかげで、二人の負担は大分軽くなったでしょ?」
「確かに」
「まあ、そうなんですけど」
今いま、リンスティーが応接室でクレーム対応をしているところだ。
リンスティーの対応は向こうさんからのご指名なので、申し訳ない気もするが――ご愁傷さま、である。
と、そこへ、タイミングよく執務室の扉が開き、
「あー、やっと終わったー!」
と、今しがた話題に上がっていたリンスティーが首を鳴らしながら入ってきた。
「お疲れさまです。私の"可もなく不可もなくクッキー"食べます?」
「もらう。糖分補給しないと、あとがもたねぇ」
リンスティーはそのまま自席にドカリと腰を下ろし、髪を後ろにかき上げながら心底疲れた声を出す。
「長かった……。てかダンテ、本物が戻ってきたんだから、おまえがやれよ。王子対応。
俺、連日何やらされてんだよ……」
彼のぼやきに、ダンテはやれやれと溜め息をつく。
「リンスティーが始めたことでしょ?
女装を免除してあげたんだし、責任持って卒業まで"王子"を演じなよ」
「ったく、誰のせいだと思ってんだ」
いつになく庶民口調丸出しで悪態をつくリンスティーからは、相当疲れていることが見て取れた。
(空元気……なのかな)
リンスティーの机にお茶とクッキーをそっと差し出しながら、クィアシーナは心配そうな顔で彼を見つめた。
――つい先日。
ガブリエラの葬儀がひっそりと行われた。
公爵家の令嬢としては、あり得ないほど小さな規模で、ほとんど密葬に近いものだった。
彼女は王族を害した罪、その他の余罪により、本来なら終身刑を言い渡されるところだったが、彼女自身が王族に血を連ねること、そして余命も少なく、責任を追及できる精神状態にないということで、残りわずかな生を屋敷で過ごすことを許されていたのだった。
これは、被害者であるダンテやジガルデ、クィアシーナ、そしてアリーチェの温情でもあった。
アリーチェは自分が階段から落ちた原因となったガブリエラを責めることはなかった。むしろ、「怪我を治したら、私の人生、完全に勝ち組」とスーパーポジティブなことを言ってのけた。
本当に、破天荒で器が大きい人である。
ジガルデも、彼の人生を狂わした元婚約者へは同情的だった。
「もう少し、彼女に寄り添ってあげてれば」と後悔を見せ、クィアシーナは、彼の揺るぎない人としての優しさに、再び鼻血を吹きながら惚れ直すこととなった。
葬儀のあと、リンスティーは落ち込みを見せるかと思ったが、普段と変わらず、むしろ普段以上にあっけらかんとして、生徒会の忙しい仕事をこなしていた。
「ん? どうした?」
クィアシーナの視線に気付き、リンスティーが声をかける。
「あ、いえ、なんでもないです。そうだ、今日週末ですし、うち来ます?
晩ごはんはシチューの予定……」
「いく」
お茶を一気に飲み干したリンスティーから、間髪入れず答えが返ってきて、クィアシーナは思わず笑みを返す。
「甘いですなぁ」
「ドゥラン、誰目線なの、それ……」
なんてことはない日常のひととき。
生徒会は今日も忙しく、平和だ。
◇
すっかり薄暗くなった中、二人は手を繋いで家までの帰り道を歩いていく。
リンスティーの大きな手を、いつもよりほんの少し、強く握ってみる。すると、向こうも同じくらいの力で握り返してくれた。
――こうして二人で家に帰るのは、もう何度目になるのだろうか。
数えるのをやめてしまうほど、すっかりお馴染みなことになっていた。
「今日も今日とてお疲れさまでした」
「ん、お互いにな。そっちも対面での相談対応があったんだろ?」
「え、ああ、そうですね。まあ、相談というか、話を聞いてただけというか……」
生徒からの悩み相談やクレーム対応を受け付ける相談箱は、一時撤去されていたが、ダンテが復帰したとき、相談箱も再び設置されることになった。
その際、これまでと違い、箱を二種類に分け、紙で意見を述べる箱と、対面で相談したいという依頼用の箱を設置することになった。
意外と対面での悩み相談が多く、しかもそのほとんどが生徒の愚痴を聞くだけのもの。
(私は保健室の先生か)
と何度思ったかわからない。
けれども話を聞くだけで生徒たちはスッキリした様子で帰っていくので、誰かの役に立てていると思うと、まんざらでもない気がしていた。
ちなみに今日、クィアシーナが対応した相談は、女子生徒からの恋愛相談だった。
それこそ身近な友達に聞いてもらったほうがいいんじゃあ、と思ったのだが、事情を知らない第三者に聞いてほしいらしい。
彼女と恋人の馴れ初めから、今思い悩んでいることまで、延々とノンストップで聞かされ、クィアシーナはお茶を何度もおかわりする羽目になった。
終いには
「クィアシーナさんはいいですよね。文句のつけようのない恋人がいて」
と言われてしまい、これには慌てて口を挟み、全力で否定した。
――実のところ、リンスティーとは恋人という関係ではない。
実際、異性の中で一番に仲良くなったとは思うが、お互いに気持ちを伝え合ったことはないし、そういうものだと思っていた。
何しろ、身分が違う。
庶子とはいえ、既に養子縁組されてる公爵令息に対し、自分は生粋のド平民だ。
学生時代の気ままな恋愛だとしても、釣り合いがまったく取れていない。
それでも――自分にとって"一番特別な人"。
それが、クィアシーナにとってのリンスティーだった。
「話を聞いてもらうだけで、人って楽になれるもんだよな」
「そうですね。結局、悩みって自分である程度答えが出てるんですよね。
それを後押ししてほしいときもあるけど、口に出して自分の考えをまとめたいってほうが大きいのかもしれません」
たくさんの悩み相談に乗るうちに、そう思うようになった。
振り返ると、自分も相当リンスティーに相談に乗ってもらっていた。囮になって犯人を推測していた頃が遠い昔のように感じる。
「確かにそうだな……」
そう言って、ちょうど外灯の下でリンスティーの足がピタリと止まる。
「? どうしました?」
「あのさ」
手は繋いだまま、リンスティーがクィアシーナを見下ろし、
薄暗い水色の瞳が、クィアシーナをその場に縫い付けた。
——握られた手が、わずかに強くなる。
「色々落ち着いたら、ちゃんと言おうと思ってたんだけど」
彼の真剣な眼差しが、胸をざわつかせた。
そしてそのまま、
形のいい口が、期待してやまなかった言葉を紡いだ。
「好きだ」
「!」
心臓が、大きく跳ねた。
何かしら告白が来るかと構えていたが、あまりにもストレートな物言いに、クィアシーナは逆に何も言えなくなってしまった。
「このまま何も言わなくても伝わってるかな、なんてズルいこと思ってたけど、――今日の放課後、"王子"の悩み相談してて、言われたんだ」
「リンスティーさんには、強くて勇敢な恋人がいていいですね、って」
「その言葉、何一つ正解してないんですが……」
誰だ、それ。
自分は強くも勇敢でも恋人でもない。
その生徒は何を見て、彼にそんなことを言ったのだろうか。
口では呆れたツッコミを返しつつも、胸の鼓動はとんでもない勢いで跳んだり跳ねたりを返りを繰り返している。
「恋人以外は大正解だろ。
それで、恋人じゃないって言ってから、俺の悩み相談が始まった」
「まさかの逆相談ですか……」
「まさかだよ。おかげで、グッと長引いた」
「だから中々帰ってこなかったんですね……」
何気ない会話を交わし、その隙に気持ちを落ち着けようとする。
しかし、繋いだ手はさっきより確実に熱を帯び、意識しすぎてつい視線を逸らしてしまった。
「逸らさないで、こっちを見ろ」
「……すみません」
リンスティーの視線から逃げたことをすぐに指摘されてしまい、目線を元に戻す。
いつもなら、ずっと見ていたくなる彼の顔。
けれども今は、まともに見つめることすらできなかった。
リンスティーは、そんなクィアシーナに構わずに問いかける。
「そのときに言われたんだ。言葉で言わないと、伝わらないって」
握っている手が、強くなる。
「どれだけ落ち込んでも、クィアシーナとハグするだけで、なんとかなるって思えるんだ。
いつでも全力で、たまに暴走するところもあるけど⋯⋯
全部ひっくるめて――クィアシーナが好きだ」
ゴクリと、唾を飲み込んだ。
「クィアシーナにとって、
俺は一番特別な人?
ただの仲の良い先輩?
それとも、身近にいる推し?」
「分かりきっていることを、あえて聞いてくるなんて……リンスティーさん、性格悪くないですか?」
「悪くてもいいよ、別に。返事が欲しい」
結局、私はこの押しの強い視線に弱い。
彼の鋭く強い視線からは、逃れることなんてできないのだ。
小さく息を吐き、気持ちを落ち着けてから告げた。
「……私にとって、リンスティーさんは
一番特別で――」
言葉を区切って、言う。
「一番、大好きな人ですよ」
いつも「あなたは私の推しだ!」と公言しているときのように堂々と言えばいいのに、つい照れて最後は尻すぼみになってしまった。
けれども、そんなことを向こうが気にするはずもなく。
「――嬉しい」
リンスティーがまたしても超どストレートな言葉を放ち、クィアシーナの心臓はさっきよりも特段に大きく跳ねた。
彼の表情が優しく緩み、それと同時に、自分の頬が一気に熱くなっていくのがわかる。
リンスティーが繋いだ手を離し、ゆっくりと優しく、クィアシーナの身体をつつみ込む。
クィアシーナも負けじと彼の大きな背中に手を回した。
「親愛のハグ?」
「いや、肉欲のほう」
笑い合いながら言葉を交わす。
身分がどうとか言い訳して、逃げなくてよかった。
――私は彼のことが、大好きだ。
胸にある思いは、ただそれだけ。
細かいことを気にするのはやめにした。
全身に互いの温もりを感じながら、
言葉で気持ちが通じ合う喜びを、今はただ、二人で噛み締めていたいと思った。
次でラストです。




