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126.平和な学園とその日常

残り三話。

「ねぇクィアシーナー……。やっぱり、今からでも第二カフェテリアに行かない?

落ち着かないよぉ」


「大丈夫だよ。誰もなんも気にしてないから。ララだけだよ、そんなソワソワしてるの」


「いいえ、私もソワソワしてるわ」


「マリア! やっぱりそうだよね!?」


クィアシーナ、ララ、マリアの三人は今、第一カフェテリアでランチを取ろうとしていた。


周りはSクラスの貴族ばかり。

三人は絶妙に浮いてはいたが、よくよく見ると、魔法科や一般教養科の生徒もちらほら混じっている。


クィアシーナは「誰もなんも気にしてない」と言ったが――


「あ、庶務の子だ」

「影のヒーローがいる」

「こんにちは、クィアシーナさん」


と、普通に注目を浴びていた。


ララとマリアは、(みんな気にしてるじゃん)と心の中でツッコミを入れる。


「でも、本当、今になってみれば、隔離政策って何だったんだろうね~」


「灰色バッチクラスは地べたで勉強してたってほんと?」


「ほんとだよ! クッションが椅子! バインダーが机!

どこの青空教室だよ!」


今となっては、当時のことを振り返ると、百パーセントの確率で笑い話になっていた。



「あれ?

珍しい、クィアシーナがこんなとこにいる」


三人で談笑していると、ダンテたち三年の生徒会メンバーが通りかかった。

彼らに向かって手をひらひらと振り、挨拶を返す。


「お疲れさまです。たまには違う場所で食べようって来てみたんです。

四人とも、今からお昼ですか?」


「うん、そうだよ」


ダンテとクィアシーナが話している横で、ララが顔を赤くする。


「あの、アレクシス様! 来月号のアレクシス様の特集、私も一部担当することになったんで、今度写真撮りに行かせてもらいますね!」


「そうなんだ。じゃあ格好良く撮ってもらわなきゃだね? ララちゃん」


「はっ……はい……」


ララがアレクシスの笑顔に昇天しそうになっている裏で、マリアもちゃっかりルーベントへ会話を試みていた。


「ル、ルーベント様、今日は何をオーダーされる予定なんですか?」


「ん? 俺か? 俺はいつも悩むのが面倒だから、日替わりにしてるぞ」


「日替わり! 私もさっき日替わりを頼んでみました! 一緒で嬉しいです!」


さっきまでソワソワしてると言っていたのは誰だと言いたくなるくらい、それぞれの推しに会えて、二人ともなんとも嬉しそうだ。


「クィアシーナ、今日授業終わったら、校門のとこで待ってるから」


二人の様子を横目で見ていると、いつのまにか目の前にリンスティーがいた。

彼の言葉に、とびきりの笑顔で返す。


「はい、了解です!」


今日はリンスティーと出かける予定があるので、生徒会はお休みする。

マグノリアンに任せきりになるのは心苦しいが、彼に臨時のバイトが入ったときは自分もカバーしているので、問題はないだろう。

「この忙しい時期に……まあ今回は仕方がないけど」とボヤかれたような気もしたが、きっと気のせいだ。


「ああそっか、今日はシュターグ家の別邸に行く日なんだっけ。彼女によろしくね」


ダンテに言われ、クィアシーナは「はい!」と元気よく返事を返した。


個室席に向かう四人を見送りながら、

(ダンテ会長の言う通り、本当にすっかり元に戻ったな……)

としみじみ思う。



あの後、学園は超スピードで元の形を取り戻した。

それもひとえに、学園長の神がかった采配のおかげである。


一連の騒動で職を辞してしまった教職員もすべて復職し、なんと生徒会も、ダンテが再び会長を務めることになった。


生徒たち曰く、

「ぐちゃぐちゃにした学園を元に戻すのはダンテ様しかできません」

とのこと。


元はと言えば、なんちゃって貴族主義のフリをして学園の崩壊を放置していたダンテにも責任はあるのだが、まあ、そこは自分の尻は自分で拭け、ということなのだろう。

誰一人、彼の再任に異論を唱える者はいなかった。


そして指名されたのはもちろん旧メンバー。

副会長にリンスティー、会計にルーベントとドゥラン、書記にアレクシスとビクター、そして庶務にマグノリアンとクィアシーナ。


これにはファンクラ部の面々が歓喜した。

ガブリエラ率いる生徒会メンバーは、彼ら曰く、いまいちビジュアルに欠けていたらしい。


一人だけビジュアルに欠けている自分としては、苦笑いするしかなかった。



ガブリエラたちの生徒会メンバーは役員を降りることになったが、彼らはまったく未練はないらしい。

むしろ、イグナートなんかは「俺は次は創立祭実行委員として、マグを超える……!」と謎の宣言をしていた。

彼は常に誰かと闘っていたい性分のようだった。


ちなみに自分は最初、庶務に指名されたものの、辞退しようと思っていた。


なぜかと言うと――理由はこうだ。



「無理です。私、学園が平和になったら、ファンクラ部に入って、ジガルデ親衛隊を作るって決めてたんで」


ジガルデは臨時職員から、正式に職員として採用となった。

彼は次期当主として父であるブリード公爵の仕事も手伝う必要があるのだが、弟のダンの卒業を見届けたいらしく、彼が卒業するまでは職員として働くのだという。


もちろん、このことにクィアシーナは歓喜した。


親衛隊の設立――これは、運命であり、自分に課せられた使命――

生徒会よりも絶対に優先すべき仕事だと思ったのだ。


しかし、腹黒王子がそんなこと許すはずもなく。


「ねえクィアシーナ、私は一度懐に入れた人間は手放さないって言ったよね?」

「え? あ、ああ、言った……と思います……けど……」


「あの契約。私の自我がないときに契約は無効って『口頭で』言ったみたいだけど、契約書は残ってたんだよね~……」


そう言って、引き出しから一枚の紙きれの契約書を取り出す。

ダンテは小さく書かれた特記事項を指さし、ニコリと黒い笑顔を浮かべた。


「『特記事項:

なお、被契約者が解決期限となる契約日から一月以内に事件を解決できなかった場合、契約者が卒業するまでの間、被契約者は契約者より与えられる仕事を請け負う義務を負うものとする。』

だって。

残念だったね? ペナルティだよ、クィアシーナ。

君は私の仕事を請け負わなければならない。

――庶務は続行だ」


「詐欺ですか!」


特大のツッコミが、生徒会館内にこだました瞬間だった。



今は創立祭の準備で、生徒会は大忙しだ。

特に庶務は雑用係とあって、あちこちから呼び出しがかかり、常に走り回っている状態。

そんな中、自分が少し席を外すことになったら、マグノリアンに負荷がかかるのはわかっているが、仕事全体には大きな支障はないだろう。


「あー早く放課後にならないかな」


「まだランチも食べてないのに、気が早いなあ」


二人に呆れられながらも、放課後の予定を考えると、待ちきれない気持ちで胸がいっぱいになった。





放課後になってすぐに教室を出ようとしていたところ、隣のクラスの学級委員に捕まってしまった。

「備品はここの教室に置いておいて。もし足りないものがあったら、実行委員長のイグナートさんが二年Sクラスにいると思うから、相談してみて」

光の速さで片付けたつもりだったが、結局リンスティーを待たせてしまった。


「すみません、お待たせしました」


「ううん、そんなに待ってない。でも馬車を待たせてるから、急ごう」


二人、自然と手を繋ぐ。


以前なら、ファンクラ部の子たちの視線が気になって、こんなことはできなかっただろう。

自殺行為……そう思って、こそこそしていた頃が懐かしい。

今では、すっかり公認の関係だったりする。

ただ、ファンクラ部の冊子で「リンスティー×クィアシーナ」を語るコーナーが組まれたときは、さすがに会長に直談判しに行った。

――理由は、敢えて割愛しておく。


シュターグ公爵家の馬車に乗り込み、ガブリエラのいる別邸へと向かう。

彼女は今、学園を辞め、シュターグ家の別邸で療養生活を送っていた。


「元気にしてますかね」


「この前の週末見に行ったときは、変わらずだったから、今日も笑顔で迎えてくれるんじゃないか?」


淡々と言うリンスティーに、クィアシーナは何も言わず、笑みだけ返す。


――実際のところ、彼女はもう長くはないと、解呪師から余命宣告されていた。

禁術を使い続けた代償は、やはりそう甘くはなかった。


これはブレンダも同様で、ガブリエラほどではないものの、学園に通うことが難しいくらいの虚弱体質になってしまった。

学園内で禁術を使ったこと、間接的に全校生徒に禁術をかけたこと、加えて転校したてのクィアシーナを執拗に魔法で害そうとしていたこと、全ての責任を病弱になってしまった娘に代わり、マクレン家が取ることとなった。


結果、マクレン家は表舞台から姿を消した。


当然、その後ろ盾だったカロン殿下も勢力を失うことになる。

さらに、禁書を持ち出し臣下に使用を強要した罪も問われ、彼は玉座のレールから外れることになった。



「あ、手を振ってる」


別邸に近付くと、車椅子に座ったガブリエラが侍女と共に、屋敷の前で二人を待っているのが見えた。


馬車から降りて、彼女の元へ近付き、リンスティーはガブリエラの前に屈んで彼女にハグをする。


「ガブリエラ、ただいま」


リンスティーに抱きしめられ、ガブリエラはとても嬉しそうに微笑んだ。


「今日の彼女の様子は?」


リンスティーに尋ねられ、侍女がにこやかに答えた。


「今日は体調もお天気も良かったので、屋敷の周りを一周したり、日なたぼっこをして過ごされましたよ」


ここまでが、お見舞いに来た時のいつものやり取りだった。

リンスティーとのハグを終え、次はクィアシーナの番だ。


「こんにちは、ガブリエラさん。今日は詩集の第三巻を持ってきましたよ。あとで読みますね」


クィアシーナは学園の図書室で借りた詩集を取り出し、ガブリエラの膝に置いてあげた。


ガブリエラは本を手に取る代わりに、両手を広げる。

クィアシーナもそれに応え、彼女と親愛のハグを交わした。


「今日もいい匂いがしますね……」


「クィアシーナは匂いフェチだよな……」


遠い目をするリンスティーを、ガブリエラはニコニコと眺める。


今のガブリエラは、会話が出来ない。


それどころか、自分で歩くことも、自力で食事をすることも、全て自分の意思で何かをするということが出来なくなっていた。


自我意識の喪失。

それが禁術の、精神に対する代償だった。


ただ、感情まで失われたわけではなかった。

こうやってリンスティーやクィアシーナが来ると、彼女は笑顔で迎えてくれるし、以前カロン殿下が訪れたときには、彼女は涙を流して彼に縋ったという。


「今日の晩ごはんは何ですかねー。公爵家のご飯にありつけるなんて、私そのうち痛い目に遭うんじゃないかっていつも不安になります」


「そういいながら、毎度お代わりするんだから、本当図太いよな……」


他愛ない話をしながら、賑やかな様子で屋敷の中へ入っていく。


前まで学園で毎日悶々とした日々を過ごしていたのが嘘みたいに平和な時間だった。


義兄に甘えるように寄り添うガブリエラ。

そんな義妹に、リンスティーは優しく応えていた。


クィアシーナはこの穏やかなひとときを見るのが、

ここ最近で一番好きな時間だった。


「あー、平和……」


ポロリと口から出た独り言に、リンスティーがすぐさま反応を返す。


「急にどうした」


「いえ、日常の幸せを改めて噛みしめてみただけです。特に意味はないんで、気にしないでください」


「……もうこの会話が平和そのものだよ」


呆れたように言うリンスティーを見て、ガブリエラが緩く微笑む。

クィアシーナは、この時間が、いつまでも続けばいいと、心から思っていた。



――けれど、幸せというのは長く続かないもので。



彼女は、この日を境に意識を失い――

そのまま、帰らぬ人となった。



あと最終話+エピローグで完結です。

明日夜九時後に更新します。

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