125.対話の結末
その後、ブレンダはすべてを吐き出した。
ガブリエラに禁術を仕掛けさせ、全校生徒の思想の塗り替えを、すべて肩代わりさせていたらしい。
「あの禁術、一度使うと身体が急激に疲れるのよ。全校生徒にかけたら、私の身体が持たないじゃない?
でもガブリエラ様なら、魔力を与え続ければどうにかなるかなって思ったの。彼女、頑丈そうだし」
「カロン殿下は、忠義に厚い私にだけ命じていたの。ガブリエラ様の性格なら、途中で止めてしまうだろうからって――私は、殿下に忠実に従って、思想の塗り替えを行っただけ」
本当にカロン殿下への忠義心があるなら、ガブリエラのように主の関与を疑わせない手段を取るべきなのに、ブレンダは残念ながら、頭が足りない忠臣だった。
ブレンダ自身、キャロル、グローリア、ガブリエラの三人に禁術を使ったのだ。
その代償は大きい。
けれども彼女は、カロン殿下のためなら、その代償を支払うことすら厭わないとのたまっていた。
その代償が、自身の身体や精神に影響を及ぼすことなど、知りもせずに――
◇
ブレンダの実家であるマクレン家は、カロン殿下が十二歳の頃から、彼の教育係を務めてきた。
彼の貴族主義は、マクレン家の教育によって強固になっていった。
そして、そのマクレン家の娘であるブレンダは、いずれ彼の伴侶となる者と両親から言われ、育てられてきた。
ガブリエラやジガルデがカロン殿下と親しかった一方で、ブレンダもまた、彼に憧れを抱きながら接してきたのだ。
けれども――
ジガルデの婚約者であるはずのガブリエラが、彼との婚約を解消したあたりで、その話は立ち消えになった。
従妹同士で血が濃すぎるという懸念から、ガブリエラがカロン殿下に嫁ぐことはないと言われてきた。
だが実際には、彼らはすでに《《そういう関係》》にあったらしい。
誰もが――王ですら、その関係に沈黙した。
そして貴族院を卒業した後も、カロン殿下に正式な婚約者が置かれることはなかった。
それを、マクレン家が不満に思わないはずがなかった。
なんとしても娘をカロン殿下に近付けようと躍起になり、彼の興味を引くために、娘に魔法の道を課した。
本来であればフォボロス学園入学後、ガブリエラと同じ特進のSクラスに通わせる予定だった。
だが実際にブレンダが在籍していたのは、魔法科のAクラスだった。
それには、そうした事情があったらしい。
ただ、残念ながらブレンダは、あくまでガブリエラの「下位互換」に過ぎなかった。
カロン殿下が、ガブリエラ以上に彼女を重宝することはなかったのである。
だが――ガブリエラが学園内でダンテを追い落とすことに成功した後、カロンは一つの保険をかけた。
ガブリエラが学園の内部崩壊を達成した後、命を投げ出す可能性を考慮し、その場合はブレンダに自分の政策を引き継がせるよう命じていたのだ。
生徒会の副会長にブレンダを据えるよう、ガブリエラに指示したのもカロン殿下の意向だった。
結局――
その保険こそが、カロン殿下の首を絞める結果となった。
◇
「クィアシーナさん。王家の指輪で、ガブリエラさんの呪詛を吸収してもらえるかしら?」
学園長に促され、クィアシーナはすぐに頷いた。
そしてガブリエラの側に膝をつき、静かに腰を下ろす。
指輪を嵌めた手で、トントンと優しく、目覚めを促すように彼女の頬を叩いた。
――途端、指輪が真っ黒に染まった。
一体、ブレンダはどれほど強力な魔法を彼女にかけていたというのだろう。
「前にダンテに掛けられた禁術とも、少し系統が違うわね……」
黒く染まった指輪を見つめながら、学園長が小さく呟いた。
「傀儡のように人を操る精神魔法、といったところかしら。
この代償は、大きくつくわ。魔法としても――罪の記録としても」
その言葉は、ブレンダの今後の処遇が重いものであることを示していた。
「ガブリエラ」
リンスティーが静かな声で呼びかける。
変成器のチョーカーを外し、自分自身の声で告げた。
その声に反応するように、彼女がゆっくりと目を開ける。
眠らされる前の苦しげな息遣いは消え、ただ眠りから覚めただけのように見えた。
薄暗く開いた真っ黒な瞳がリンスティーを捉える。
そして彼女は、いつものたおやかな笑みではなく――あどけない笑顔を浮かべた。
さきほど強制的に眠らされたせいか、意識がまだ混濁しているらしい。
直前の記憶をなぞるように、彼女は小さく呟いた。
「……そういうところが……
本当に、眩しかった……」
「憎くてたまらないはずなのに……」
「私は――」
言葉が途切れる。
ガブリエラの顔色が、再び色を失っていく。
リンスティーが咄嗟に彼女の手を握った。
握られた手はほんの僅かに握り返され、弱々しさが伝わってくる。
わずかに開いた唇から、かすかな息が漏れる。
「あなたの――本当の妹に、なりたかった……」
その言葉に、みなが息を飲んだ。
それは今まで誰も聞くことのなかった、紛れもない彼女の本音だった。
リンスティーは彼女を繋ぎとめるようにして答える。
「俺は最初からずっと、おまえの兄だよ――」
ほとんど消え入りそうな、
懇願するような声で。
しかし、それにガブリエラが応えることはなかった。
握っていた手が、力なく落ちる。
リンスティーの声にならない声が、
みなの耳に届いた。
(うそでしょ……)
彼はゆっくりと、労るようにガブリエラを胸に抱き寄せる。
そこに、兄妹のわだかまりはもう見当たらない。
ただ妹を慈しむ兄と、彼に身を委ねる妹の姿があるだけだった。
重い沈黙が、部屋に落ちた。
しかし――
その沈黙を破るように、ブレンダが口を開いた。
「え、……なに? ガブリエラ様、死んじゃったの……!?」
空気を読まず、ブレンダがなおも叫ぶ。
「やだ、禁術で命まで差し出さなきゃいけないなんて、聞いてないわ!
私、まだ死にたくないっ!!!」
最後まで自分のことしか考えていない彼女に、誰も言葉を返さなかった。
「黙って、ブレンダ。じゃないと……私、あなたに何するかわからない……」
これ以上、彼女の身勝手な叫びを聞きたくなかった。
拳を握り締め、奥歯を噛みしめる。
終わったはずなのに、どうしてこんなにもスッキリしないのだろう。
どうしようもない虚無感が、クィアシーナを襲う。
「クィアシーナ、落ち着いて」
リンスティーが、ガブリエラの垂れた手を握ったまま声をかけた。
「義妹はまだ、息をしてる」
「――!!」
ガブリエラは一見すると、とても生きているとは思えない顔色をしていた。
だが、よく見ると、弱くではあるが、まだ浅く呼吸を繰り返している。
「ダンテ、急いで王城に連絡を入れなさい。緊急治療が必要よ」
学園長が焦った様子で指示を出す。
「承知しました」
先ほどまでの静けさが嘘のように、学園長室が急に慌ただしくなり始めた。
ダンテが連絡を入れるため、ブレンダの拘束を解くと、
その瞬間――彼女は一目散に部屋から逃げ出そうとした。
「逃がすか……!」
クィアシーナはローファーを脱ぎ、全力でブレンダに投げつけた。
もちろん、今日も鉄板仕込みの特製仕様である。
「ぐっ」
ローファーは見事にブレンダの尻にクリーンヒットした。
彼女がお尻を押さえて身悶えしている隙に、クィアシーナは体当たりをかまし、そのまま上に馬乗りになる。
「学園長、なんか縛るものあります?」
「ちょうどロープがあるわ。リンスティー、そこの棚から取ってあげて」
「了解です。……手伝うよ」
リンスティーとともにブレンダを縛り上げ、今度こそ、この場は終息した。
残り三話。続きは明日の夜9時ごろ更新です。




