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123.義兄という存在(3)(ガブリエラ)


入学してすぐ、ダンテ殿下率いる生徒会――その中でも、義兄の人気を目の当たりにした。


校門前で入れ替わりで毎朝生徒会の者が挨拶に立つという、父の代からもあった伝統がある。

そこで見た光景は、異様だった。

各役員にファンがついており、黄色い声が絶えなかった。義兄に至っては、男女問わず、貢物をたくさん貰っている始末。


完璧な"お義姉様"の義兄は、私に構おうと声をかけるが、私は逃げるようにして立ち去る。そのうち、彼らの光景を目にすることすら苦痛になり、裏門からわざわざ通うことにした。


自分が通う特進クラスには、幸い平民はいなかった。派閥が同じクラスメイトは、私と義兄の仲を知っているから何も言ってこなかったが、派閥の違う者たちはそうではなかった。

「リンスティー様」について、根掘り葉掘り聞いてくるのだ。


(わたくしに聞くより、ファンクラブの方たちのほうが、よほど義兄のことを知っているのではないかしら)


そんな皮肉を言ってしまいたかったが、「ごめんなさい、義兄とはあまり仲良くないの」とやんわりと断りを入れると、彼らは途端に私に興味を失った。


小さな苛立ちが、少しずつ募った。


極めつけは、生徒会の会長選だった。


三年生に進学したダンテ殿下は、そのまま会長を続投することになった。

何せ、彼はジガルデ様がめちゃくちゃにした学園の秩序を取り戻した「救世主」でもあった。他の誰も、会長選に名乗り上げなかったのだ。


必然的に、生徒会役員も昨年度からの続投となった。


私が兄妹で生徒会をするという、ほんの少しの期待は、粉々に砕かれることとなった。


さらに腹立たしいのは、生徒会役員に、「平民紛い」がいたことだ。


今は子爵家の養女となっているが、元は平民。

容姿は整っているが、振る舞いは、まだ平民のそれに近い。


(なぜ、彼女が役員で、王族に次ぐ地位を持つわたくしを選ばないの)


一年生で役員に選ばれることは稀だし、ダンテ殿下の性格からして、今年になって一人だけ役員を入れ替えることなどないと、分かってはいた。


けれども、燻りは止まらない。


「良かったら、一緒にお昼を食べない?」


あるとき、第一カフェテリアで偶然義兄に出くわし、完璧なご令嬢として振る舞う義兄が、私に向かって声をかけた。


その光景を見た、私と義兄が兄弟だと知らない者たちが、次々と、聞こえるか聞こえないかという声で心ない言葉を囁きはじめる。


「え、あの子誰?」

「リンスティー様から声をかけられてる」

「地味な子」

「なんであんな子が」


仮にも、シュターグ公爵家の娘である私が、この学園内――彼の前では、「リンスティー様にお声をかけてもらった地味な子」扱いだ。


「結構です。どうぞご友人とお楽しみなさって?」


貼り付けた笑みで、踵を返した。

以来、第一カフェテリアには足を踏み入れなくなり、教室でランチを取ることにした。



「学園は楽しいか?」


父に問われた。


「はい、つつがなく過ごしております」


そう、答えるしかなかった。


学園での苛立ちは、すべてカロン殿下が解消してくれていた。

彼だけが、私の唯一の理解者だった。


そんな殿下の期待に応えるため、私は貴族主義の連中を使い、ダンテ殿下の失墜を画策していく。

最終的には、ジガルデ様のときに使った禁術を用い、平民紛いの庶務を学園から追い出すことに成功した。


だが――


ダンテ殿下が会長でありながら、学園では不穏な事件が続いている。

彼はその責任をどう取るつもりなのか。


そんな監督責任を追及する噂を、貴族連中に流させようとした矢先。


彼女の後任として、彼女よりもさらに質の悪い――

『完全なる平民』が役員に就いてしまった。


しかも、自分と同じ一年生。

一般教養科の、底辺の成績が集まるDクラスの転校生が、である。


なぜ、私に声がかからないのか。


無駄な苛立ちが増した。


しかも、彼女はお義兄様と仲が良いという噂を耳にする。


――全部、私が欲しかったものなのに。



派閥の連中を使って、彼女を執拗に狙うも、なかなかにしぶとい。

けれども、やっとダンテ殿下に禁術をかけることに成功し、彼にカロン殿下の思想を植え付けた結果、彼女は庶務を辞めさせられることになった。


そして――

私が、これまで義兄のポジションであった副会長へと就任し、義兄は庶務に配置換えとなった。


皆が私の名前を知った。義兄の血縁者としてでなく、シュターグ公爵令嬢として。

貴族主義に塗り替えた学園の方針のもと、庶務という名の雑用係に身を落とした義兄を、副会長となった私が顎で使い、ときに平民と隠れて仲良くしている彼を罰則で痛めつけるのだ。


これほどまでにない、快楽だった。


今なら、心から言える。

「学園は楽しい」と。


お人好しの義兄は、私を責めず、ダンテ殿下を何度も説得しようとした。

しかも、女装を辞めて、以前のダンテ殿下のような振る舞いをし、生徒たちの心の救済にあたっていた。


(なにを無駄なことをやっているのかしら――)


途中、禁術の効果が切れた婚約者が、学園の臨時の教師として就任してきた。

彼は貴族主義に傾き始めた生徒たちの意識を変えようとし、風向きが徐々に元の学園へ変わっていくのがわかった。

カロン殿下の施策の実現まで、あと一歩なのに。


……急がないといけない。


カロン殿下に相談し、ジガルデ様のブリード公爵家に圧力をかけ、彼が学園に来ることができない状態にした。


その隙にダンテ殿下の会長罷免を派閥の者に命じると、いとも簡単に、必要数以上の署名が集まった。


徹底的な貴族主義を謳ったダンテ殿下は、とっくに生徒たちの信用を失っていた。

ダンテ殿下は、これまで彼の築きあげた揺るぎない地位から、面白いように転落していった。


殿下が会長を降りると、次の会長選までは、必然的に私が会長に就任することになる。


そこで、生徒会のメンバーを刷新するという絶望を義兄に与えれば――

私の中で、すべてが満たされた気がしていた。


ふと振り返ると、学園内はすでに崩壊寸前だった。

カロン殿下の強硬な貴族主義の政策は、この学園を国に例えるなら、完全な失政と言ってよかった。


そんなことは、最初からわかりきっていた。


カロン殿下には王になってほしい。

だが、絶望的に王に向いていないのだ。


ラスカーダを発展させたいのであれば、ダンテ殿下が王位に就くほうが、確実に国のためになる。


それでも。


私が仕える方はカロン殿下ただ一人。

殿下が玉座を望むなら、それを叶える。


なぜなら――

彼はすでに、私の望みを叶えてくれたのだから。


だからこそ、必ずそれに報いなければならない。

それが、私の役目であり使命だった。


カロン殿下は、その後、会長の私に、生徒たちを身分によって完全隔離するよう申し付けた。

隔離のための教室設営や職員の配置など、細かいことは度外視した頭の痛くなる命令だった。それでも、私はその期待に応えた。

身分を越えて交わろうとしたものには、魔道具による物理的な制裁を。

完全なる恐怖政治のでき上がりだ。


学園で見かけた義兄は、私の目から見てもボロボロだった。


これで私の望みは完全に達成された――

そう思っていたのに。



"影のヒーロー"、クィアシーナ。



平民の目障りなあの子が、まだ残っていた。

派閥の者からのリークによれば、彼女は特別寮に行き、義兄と会っていたという。

仲睦まじく、手を繋いで――


私の願いは、義兄の排除。学園の崩壊。

そして――彼に絶望を与えるには、あの子の思想を私の手で塗り替えるしかない。


生徒会館へ彼女を呼び出し、再び禁術を使った。

すると、彼女はあっさりと貴族主義――平民は貴族に逆らってはいけない、濫りに交わってはいけない――の思想へと変貌した。


心底、恐ろしい魔法だと思う。


ブレンダたち生徒会の者から身体を痛めつけられているのに、私たちの温情で退学を免れたと彼女は言い、私が停学を言い渡すと、感謝すらしていた。


彼女が生徒会館から去った瞬間、すべてが終わった気がした。

私の役目は、終わった。


義兄は、変わり果てた彼女を見て、どんな絶望を浮かべるのだろうか。


そして――ふと、我に返った。


(その後、どうするの?)


学園を崩壊させ、義兄を徹底的に追い込んだ。

彼がやってきたときから心に誓っていた、目的は、もう果たされていた。


それで、私の先は――?


後ろめたさから、学園にはここ最近カロン殿下の元から通っていた。

けれども、もう実家には私の学園での行いは、とっくに伝わっていることだろう。

それに、さすがの義兄も、私がやったことを許せないはずだ。


居場所を取り戻そうとしたのに、帰る場所がないという矛盾に、いまさら気が付いた。


もともと捨て身の覚悟で、学園の崩壊を望んでいたのに。

敬愛するカロン殿下のお役に立てたというのに。


もし、私が、意固地にならず、義兄と打ち解けていればどうなったのだろうか。


彼が屋敷に戻ってきたとき、

「おかえりなさい。そして今まで冷たくしてごめんなさい」

と言えていたなら。


私が学園に入学したとき、彼はきっと、最初から優しく接してくれただろう。

私が学園に馴染めるように。


生徒会に選ばれなかったからといって、ひねくれることもなかったかもしれない。

「わたくしが三年生になったら、会長に立候補しますわ」と啖呵を切って、「ガブリエラなら、できるよ」と応援してもらうのだ。


彼が寮から帰ってきたら、必ず義兄と一緒に時間を過ごし、弟と義兄を取り合いする。

なんなら、義兄を着せ替え人形にしようとしている母とも喧嘩をしながら。



――私が一番見たかった未来は、なんだったのだろう。



「ガブリエラ様。お次はどなさいます?」


ブレンダが隣から無邪気に問いかけてくる。けれども、その答えを私はもう持っていない。


「……あとは、ただ時の流れるままに……」


平民クラスの者からのリークで、ダンテ殿下の禁術はすでに解けていると聞いていた。


私が彼の立場なら、まず学園長を連れ戻す。

カロン殿下の意向を反映した学園を元に戻し、それから私を罪に問う行動に出るだろう。

私が彼に禁術を掛けた状況証拠が揃っているはずだから。


――カロン殿下に罪が行かなければ、もうそれでいい。


私は王族に手を掛けようとした罪で、最悪の場合、死罪。

もしくは王族の血が流れていることから、一生独房で幽閉されるか。

あるいは身分剥奪のうえ、強制労働先へ送られるか。


いずれにせよ、今さらどうでもよかった。


「……ここまでしておいて、今さら舞台を降りるなんて。

それはあんまりなんじゃありません?」


失意の中にいる私に、ブレンダのいつにない低い声が部屋に響いた。


「――え?」


思わず彼女を見上げると、口の端を吊り上げ、こちらを蔑むように笑っていた。

嫌な予感が頭をよぎる。


「せっかくここまでやったんです。みんなを貴族主義の思想に塗り替えないと!

――カロン殿下の理想には、ほど遠いですよ?」


確かに、カロン殿下の理想はラスカーダの政治を貴族主義に傾かせることだ。

けれど、彼から今回、皆の思想を塗り替えろとまでは聞かされていなかった。

隔離生活や罰則の中で過ごすうちに、自然と意識は貴族優位思想へ変わると思っていたから。


「ブレンダ、あなた何を言っているの?」


「あなたに、カロン殿下の隣はふさわしくない」


彼女が大きく手を振り上げる。

それはまるで、スローモーションのようだった。


「さようなら、ガブリエラ様。カロン殿下の未来に、あなたはもう不要です」


その声を最後に、私の自我は塗り潰された。


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