123.義兄という存在(3)(ガブリエラ)
◇
入学してすぐ、ダンテ殿下率いる生徒会――その中でも、義兄の人気を目の当たりにした。
校門前で入れ替わりで毎朝生徒会の者が挨拶に立つという、父の代からもあった伝統がある。
そこで見た光景は、異様だった。
各役員にファンがついており、黄色い声が絶えなかった。義兄に至っては、男女問わず、貢物をたくさん貰っている始末。
完璧な"お義姉様"の義兄は、私に構おうと声をかけるが、私は逃げるようにして立ち去る。そのうち、彼らの光景を目にすることすら苦痛になり、裏門からわざわざ通うことにした。
自分が通う特進クラスには、幸い平民はいなかった。派閥が同じクラスメイトは、私と義兄の仲を知っているから何も言ってこなかったが、派閥の違う者たちはそうではなかった。
「リンスティー様」について、根掘り葉掘り聞いてくるのだ。
(わたくしに聞くより、ファンクラブの方たちのほうが、よほど義兄のことを知っているのではないかしら)
そんな皮肉を言ってしまいたかったが、「ごめんなさい、義兄とはあまり仲良くないの」とやんわりと断りを入れると、彼らは途端に私に興味を失った。
小さな苛立ちが、少しずつ募った。
極めつけは、生徒会の会長選だった。
三年生に進学したダンテ殿下は、そのまま会長を続投することになった。
何せ、彼はジガルデ様がめちゃくちゃにした学園の秩序を取り戻した「救世主」でもあった。他の誰も、会長選に名乗り上げなかったのだ。
必然的に、生徒会役員も昨年度からの続投となった。
私が兄妹で生徒会をするという、ほんの少しの期待は、粉々に砕かれることとなった。
さらに腹立たしいのは、生徒会役員に、「平民紛い」がいたことだ。
今は子爵家の養女となっているが、元は平民。
容姿は整っているが、振る舞いは、まだ平民のそれに近い。
(なぜ、彼女が役員で、王族に次ぐ地位を持つわたくしを選ばないの)
一年生で役員に選ばれることは稀だし、ダンテ殿下の性格からして、今年になって一人だけ役員を入れ替えることなどないと、分かってはいた。
けれども、燻りは止まらない。
「良かったら、一緒にお昼を食べない?」
あるとき、第一カフェテリアで偶然義兄に出くわし、完璧なご令嬢として振る舞う義兄が、私に向かって声をかけた。
その光景を見た、私と義兄が兄弟だと知らない者たちが、次々と、聞こえるか聞こえないかという声で心ない言葉を囁きはじめる。
「え、あの子誰?」
「リンスティー様から声をかけられてる」
「地味な子」
「なんであんな子が」
仮にも、シュターグ公爵家の娘である私が、この学園内――彼の前では、「リンスティー様にお声をかけてもらった地味な子」扱いだ。
「結構です。どうぞご友人とお楽しみなさって?」
貼り付けた笑みで、踵を返した。
以来、第一カフェテリアには足を踏み入れなくなり、教室でランチを取ることにした。
「学園は楽しいか?」
父に問われた。
「はい、つつがなく過ごしております」
そう、答えるしかなかった。
学園での苛立ちは、すべてカロン殿下が解消してくれていた。
彼だけが、私の唯一の理解者だった。
そんな殿下の期待に応えるため、私は貴族主義の連中を使い、ダンテ殿下の失墜を画策していく。
最終的には、ジガルデ様のときに使った禁術を用い、平民紛いの庶務を学園から追い出すことに成功した。
だが――
ダンテ殿下が会長でありながら、学園では不穏な事件が続いている。
彼はその責任をどう取るつもりなのか。
そんな監督責任を追及する噂を、貴族連中に流させようとした矢先。
彼女の後任として、彼女よりもさらに質の悪い――
『完全なる平民』が役員に就いてしまった。
しかも、自分と同じ一年生。
一般教養科の、底辺の成績が集まるDクラスの転校生が、である。
なぜ、私に声がかからないのか。
無駄な苛立ちが増した。
しかも、彼女はお義兄様と仲が良いという噂を耳にする。
――全部、私が欲しかったものなのに。
派閥の連中を使って、彼女を執拗に狙うも、なかなかにしぶとい。
けれども、やっとダンテ殿下に禁術をかけることに成功し、彼にカロン殿下の思想を植え付けた結果、彼女は庶務を辞めさせられることになった。
そして――
私が、これまで義兄のポジションであった副会長へと就任し、義兄は庶務に配置換えとなった。
皆が私の名前を知った。義兄の血縁者としてでなく、シュターグ公爵令嬢として。
貴族主義に塗り替えた学園の方針のもと、庶務という名の雑用係に身を落とした義兄を、副会長となった私が顎で使い、ときに平民と隠れて仲良くしている彼を罰則で痛めつけるのだ。
これほどまでにない、快楽だった。
今なら、心から言える。
「学園は楽しい」と。
お人好しの義兄は、私を責めず、ダンテ殿下を何度も説得しようとした。
しかも、女装を辞めて、以前のダンテ殿下のような振る舞いをし、生徒たちの心の救済にあたっていた。
(なにを無駄なことをやっているのかしら――)
途中、禁術の効果が切れた婚約者が、学園の臨時の教師として就任してきた。
彼は貴族主義に傾き始めた生徒たちの意識を変えようとし、風向きが徐々に元の学園へ変わっていくのがわかった。
カロン殿下の施策の実現まで、あと一歩なのに。
……急がないといけない。
カロン殿下に相談し、ジガルデ様のブリード公爵家に圧力をかけ、彼が学園に来ることができない状態にした。
その隙にダンテ殿下の会長罷免を派閥の者に命じると、いとも簡単に、必要数以上の署名が集まった。
徹底的な貴族主義を謳ったダンテ殿下は、とっくに生徒たちの信用を失っていた。
ダンテ殿下は、これまで彼の築きあげた揺るぎない地位から、面白いように転落していった。
殿下が会長を降りると、次の会長選までは、必然的に私が会長に就任することになる。
そこで、生徒会のメンバーを刷新するという絶望を義兄に与えれば――
私の中で、すべてが満たされた気がしていた。
ふと振り返ると、学園内はすでに崩壊寸前だった。
カロン殿下の強硬な貴族主義の政策は、この学園を国に例えるなら、完全な失政と言ってよかった。
そんなことは、最初からわかりきっていた。
カロン殿下には王になってほしい。
だが、絶望的に王に向いていないのだ。
ラスカーダを発展させたいのであれば、ダンテ殿下が王位に就くほうが、確実に国のためになる。
それでも。
私が仕える方はカロン殿下ただ一人。
殿下が玉座を望むなら、それを叶える。
なぜなら――
彼はすでに、私の望みを叶えてくれたのだから。
だからこそ、必ずそれに報いなければならない。
それが、私の役目であり使命だった。
カロン殿下は、その後、会長の私に、生徒たちを身分によって完全隔離するよう申し付けた。
隔離のための教室設営や職員の配置など、細かいことは度外視した頭の痛くなる命令だった。それでも、私はその期待に応えた。
身分を越えて交わろうとしたものには、魔道具による物理的な制裁を。
完全なる恐怖政治のでき上がりだ。
学園で見かけた義兄は、私の目から見てもボロボロだった。
これで私の望みは完全に達成された――
そう思っていたのに。
"影のヒーロー"、クィアシーナ。
平民の目障りなあの子が、まだ残っていた。
派閥の者からのリークによれば、彼女は特別寮に行き、義兄と会っていたという。
仲睦まじく、手を繋いで――
私の願いは、義兄の排除。学園の崩壊。
そして――彼に絶望を与えるには、あの子の思想を私の手で塗り替えるしかない。
生徒会館へ彼女を呼び出し、再び禁術を使った。
すると、彼女はあっさりと貴族主義――平民は貴族に逆らってはいけない、濫りに交わってはいけない――の思想へと変貌した。
心底、恐ろしい魔法だと思う。
ブレンダたち生徒会の者から身体を痛めつけられているのに、私たちの温情で退学を免れたと彼女は言い、私が停学を言い渡すと、感謝すらしていた。
彼女が生徒会館から去った瞬間、すべてが終わった気がした。
私の役目は、終わった。
義兄は、変わり果てた彼女を見て、どんな絶望を浮かべるのだろうか。
そして――ふと、我に返った。
(その後、どうするの?)
学園を崩壊させ、義兄を徹底的に追い込んだ。
彼がやってきたときから心に誓っていた、目的は、もう果たされていた。
それで、私の先は――?
後ろめたさから、学園にはここ最近カロン殿下の元から通っていた。
けれども、もう実家には私の学園での行いは、とっくに伝わっていることだろう。
それに、さすがの義兄も、私がやったことを許せないはずだ。
居場所を取り戻そうとしたのに、帰る場所がないという矛盾に、いまさら気が付いた。
もともと捨て身の覚悟で、学園の崩壊を望んでいたのに。
敬愛するカロン殿下のお役に立てたというのに。
もし、私が、意固地にならず、義兄と打ち解けていればどうなったのだろうか。
彼が屋敷に戻ってきたとき、
「おかえりなさい。そして今まで冷たくしてごめんなさい」
と言えていたなら。
私が学園に入学したとき、彼はきっと、最初から優しく接してくれただろう。
私が学園に馴染めるように。
生徒会に選ばれなかったからといって、ひねくれることもなかったかもしれない。
「わたくしが三年生になったら、会長に立候補しますわ」と啖呵を切って、「ガブリエラなら、できるよ」と応援してもらうのだ。
彼が寮から帰ってきたら、必ず義兄と一緒に時間を過ごし、弟と義兄を取り合いする。
なんなら、義兄を着せ替え人形にしようとしている母とも喧嘩をしながら。
――私が一番見たかった未来は、なんだったのだろう。
「ガブリエラ様。お次はどなさいます?」
ブレンダが隣から無邪気に問いかけてくる。けれども、その答えを私はもう持っていない。
「……あとは、ただ時の流れるままに……」
平民クラスの者からのリークで、ダンテ殿下の禁術はすでに解けていると聞いていた。
私が彼の立場なら、まず学園長を連れ戻す。
カロン殿下の意向を反映した学園を元に戻し、それから私を罪に問う行動に出るだろう。
私が彼に禁術を掛けた状況証拠が揃っているはずだから。
――カロン殿下に罪が行かなければ、もうそれでいい。
私は王族に手を掛けようとした罪で、最悪の場合、死罪。
もしくは王族の血が流れていることから、一生独房で幽閉されるか。
あるいは身分剥奪のうえ、強制労働先へ送られるか。
いずれにせよ、今さらどうでもよかった。
「……ここまでしておいて、今さら舞台を降りるなんて。
それはあんまりなんじゃありません?」
失意の中にいる私に、ブレンダのいつにない低い声が部屋に響いた。
「――え?」
思わず彼女を見上げると、口の端を吊り上げ、こちらを蔑むように笑っていた。
嫌な予感が頭をよぎる。
「せっかくここまでやったんです。みんなを貴族主義の思想に塗り替えないと!
――カロン殿下の理想には、ほど遠いですよ?」
確かに、カロン殿下の理想はラスカーダの政治を貴族主義に傾かせることだ。
けれど、彼から今回、皆の思想を塗り替えろとまでは聞かされていなかった。
隔離生活や罰則の中で過ごすうちに、自然と意識は貴族優位思想へ変わると思っていたから。
「ブレンダ、あなた何を言っているの?」
「あなたに、カロン殿下の隣はふさわしくない」
彼女が大きく手を振り上げる。
それはまるで、スローモーションのようだった。
「さようなら、ガブリエラ様。カロン殿下の未来に、あなたはもう不要です」
その声を最後に、私の自我は塗り潰された。




