第22話 強引な取引
「ああ!! 待ってください、ダフネ殿!!」
……ん?
ベッドの横でコランバインを見張っていると、不意にオリーブの声が聞こえてきた。
……っていうか、ダフネ様?
来たの!?
いや、今接触させるのは……!!
「父さん!!」
病室の扉が勢いよく開き、転がり込むようにダフネ様が入ってきた。
「エリヌス。父さんは?」
「……今は眠ってます。傷は完璧に治しましたから、大丈夫なはずです」
嘘は言ってないし、何も問題はないな。
ただ、私たちが無理やり眠らせたことも言っていないだけだから、うん。
「も、申し訳ございません、エリヌス様!! 制止したのですが……」
「構わん。それで、ダフネ殿。私たちが帰った後、何があったのですか?」
「……そ、それは……」
「……オリーブ」
「申し訳ございません。わたくしにも話してくださらなくて……」
……ふむ。
…………。
「……治療後、少しの間だけ目を覚ましていたのですが、その時に簡単な状況は聞きました。彼が──コランバインが、あなたから酒代をもらおうとした、と。本当ですか?」
「……うん」
「では、その時に何があったのですか?」
……正直、何となく察しはついているが。
「いつもみたいに、僕からお金を取ろうとしてきた。それで、ポケットに入れてたこれが見つかりそうになった」
ダフネ様が示したのは、私の財布だった。
「咄嗟に隠したのだが、そのせいで父を怒らせてしまった。そして、いつもみたいに騒ぎ始めたんだ。……母もいるのに」
「妊娠中ですからね。気になるのも無理はないです」
「僕は、家族みんなが大切なんだ。母も、妹二人も、三人目の妹も、全員が大切なんだ。だから、だから……」
「カッとなった、と」
「うん。殴られたから、殴り返してしまった」
……典型的なクズ親と娘か。
……って、あれ?
今、三人目の妹って……!?
作中設定だと、妹は二人しかいないのに?
……これは、後で少しばかり動く必要がありそうだな。
とりあえず、今はダフネ様のことが先だ。
「ダフネ殿は、家族を守ろうとしたんですね?」
「……うん。でも、結果的に家族を──父を傷つけてしまった」
……しょうがないとは思うんだがな。
私だったら、魔法で確実に殺してるし。
「ダフネ殿は、父上のことが好きなのですか?」
「……うん」
「本当に?」
若干言い澱んだのが引っ掛かり、つい聞き返してしまう。
「父だって、家族の一人だ。大切に決まっている」
「金を奪うのに?」
「それでも、だ。父はかっこいいんだ。昔は強くて、皆から頼られてたんだ」
「でも、今は違う」
「今だってそうだ!! エリヌスのように、我が家に来る貴族だって沢山いる!! 誰一人として、父を嫌ってなんかいない!!」
……ああ、これ、あれだ。
家族というフィルターが強すぎるんだ。
バーベナの話を聞く限り、家に来る貴族たちは、奪われた金を返すように要求していたのだろう。
それに、自他共に認める狂犬だ。
皆に頼られていたのは本当だとしても、それは腕っぷしだけで、人柄ではないのだろう。
……いや、何かがきっかけで変わったという可能性もあるが。
「申し訳ございません、失礼な物言いをしてしまい。……ですが、ダフネ殿。一つだけいいですか?」
「……なんだ?」
「知っての通り、暴力、特に親族に対する暴力は、重たい罰が課されます」
「うっ」
「まあ、それはコランバインも同じですが。それでも、ダフネ殿も近いうちに処罰されるでしょう」
「そ、それは……。……でも、今までは」
「今までは、黙認されていただけです。ですが、私はこれでもそれなりに大きな貴族です。あなた方を裁く程度の権力は、十分に保有しています」
「やめてくれ!! 僕はどうなってもいいが、父がいなくなれば、家族は食べていけなくなる!!」
「それが?」
「……え?」
極めて冷徹に、私は言葉を続けた。
「私からすれば、あなた方はただの庶民です。そんな庶民の生き死になど、私からすれば取るに足らない事です」
「そ、そんな……」
「……エリヌス様」
「黙れ、オリーブ。……話は最後まで聞いていただきたい」
ほんの少し睨みながら、私はさらに話した。
「……先程も言いましたが、私にはあなた方を裁く権力があります。……裏を返せば、揉み消す権力もあるのです」
「……家族を助けるためだったら、何でもやる。どんなことでも言ってくれ」
「では、これでどうですか?」
指をピンと立て、ダフネ様に笑いかける。
「この街から離れたところにある、私の屋敷に住んでください」
「……それは、私だけか?」
「いえ。妹君と母上と一緒に」
「エリヌス様」
「前から話には出していただろう? それが少々早まっただけだ」
「……何かあったのですか?」
「……ちょっと事情が変わっただけだ」
そう言いつつ、バレないように額の汗を手の甲で拭う。
「あ、それと。ダフネ殿。一応言っておきますが、父上はこの街に置いていきますよ?」
「え……」
「さっきご自分でおっしゃっていたでしょう? 父上は貴族連中から頼られていると」
「そ、それは……」
「それに、我が家でまた流血沙汰が起こってはかないませんからね。……分かりますか、ダフネ殿。これがどれだけ好条件な取引か」
「……もちろんだ」
「この取引を飲んでもらわない限り、これだけの騒ぎを揉み消すという事はできません」
「…………。……少しだけ、考える時間をくれ」
「駄目です、この場で決めてください」
焦りの色が言葉に出やしないか、細心の注意を払いながら言葉を吐く。
「決断するときは、常に一瞬です。そして、今がその時です」
「…………分かった。……分かった。エリヌスの言うとおりにする。だから、頼む。家族を助けてくれ」
「承知しました」
思わず、安堵の混じった笑みを浮かべる。
「では、明日までに家族に話しを通しておいてください。オリーブも、今晩中に準備を」
「分かった」
「わたくしもですか?」
「ああ。私の代わりに、ダフネ殿を守ってやってくれ」
「!? ……かしこまりました」
理解の早い部下で助かる。
「ダフネ殿。私は、まだこの街にやり残したことがあります。ですので、オリーブとともに、明日の昼、私の屋敷に行ってください」
「分かった」
「それでは、オリーブ。ダフネ殿を家に連れて帰ってやれ」
「かしこまりました。……エリヌス様も、お気をつけて」
「ああ。ダフネ殿。では、また」
「……ああ」
二人が出て行ったのを確認し、嘆息する。
……オリーブは、何か察してくれたようだな。
少々強引だったが、状況が状況だ。
仕方ないだろう。
懐に入ったロベリア家の封蝋が入った手紙に手を触れ、私はそんな事を考えていた。




