三.石田三成に警戒せよ
文禄五年を迎えた。秀勝様の喪ももうすぐ明けるというのに、江と秀忠殿の婚姻の話が全く進まない。いや、進まないほうが江のためにもいいのだけれど――ともあれ、不安になった私は秀次様に現状をどうなっているのかを訊ねた。
「今、叔父上の頭の中は朝鮮出兵のことでいっぱいだ。お江の輿入れのことは考えておられぬようだな」
秀次様はそう話した。
「とは言っても、朝鮮出兵の支度すらまともに進んでおらぬ。叔父上のご命令が二転三転するのだ。昨日命じたのと真逆のことを仰り、それを指摘するとお怒りになられる。妙に怒りっぽくなられていてな……叔母上がそばについておらねば、私や徳川殿、前田殿ですら処刑しかねぬ勢いだ。それに、お食事をした直後に『飯はまだか』と仰せになることもあって……本当に、叔父上はどうしてしまわれたのか」
「……」
晩年の秀吉は認知症だったという説を聞いたことがあるけれど、案外事実なのかもしれない。言ったことを忘れる、指摘すると怒る。よくある認知症の症状だ。極めつけは食事したことを忘れること。前世で、介護士になった友人が「物忘れ」と「認知症」の違いを話していたのを思い出す。『食べたもの』を忘れるのが物忘れ、『食べたこと』を忘れるのが認知症だと彼女は言っていた。
「殿下がそのような状態では、政が滞るのでは?」
「もちろん滞っている。家臣の間でも、私が関白職を引き継いだほうがよいのではという話が出ているのだがな……一人、反対している者がいるのだ」
「一人だけですか?」
「ああ。三成が反対しているのだ」
三成。石田三成。ドラマでは秀吉のために手を汚すこともいとわない、度の過ぎた忠誠心の持ち主として描かれることが多い。私が浅井三姉妹にハマるきっかけになったドラマでも、秀吉のために手を汚し、『江』に嫌悪を抱かれていた。加えて『茶々』にも想いを寄せていたようで、最終的には豊臣家のためにという思いで関ヶ原の戦いに身を投じていたような気がする。
「あの者は叔父上への忠義が厚い。叔父上がおかしくなられていると、認めたくないのであろうな。叔父上は疲れがたまっておるだけだと、叔父上が小吉を後継者にと望むならそうすべきだとまで言いおった。むろん、まだ小吉は赤子ゆえ無理だと他の者たちが申していたが……」
「……ならば、三成には注意すべきかもしれませぬ」
私はそう進言した。
「なぜだ?」
「三成は、他の家臣たちが殿下ではなく秀次様が関白になるべきだと思っていることを知っております。何より、あの者は頭の切れる男です。秀次様や家臣たちが皆で謀って、殿下を追いやろうとしているのではないかと警戒しているでしょう。そして、殿下の権力を脅かそうとする者を排除しようと試みるはずにございます」
「……」
私の推論を聞いた秀次様の表情が険しくなる。確かにそうだな、と小さな声で呟いた。
「ならば、三成に感づかれぬように慎重に事を進めねばならぬ。なかなか難しいが……少しずつ協力者も集まってきている。感づかれる前に動けるのが一番いいのだが……」
秀次様は腕を組み、思案する。
「ですが、早く動こうとすると三成に気づかれる可能性が高まります。確実に成功する体制を整えてからのほうがよいでしょう」
「ああ。とりあえず今は叔父上の様子を見ながらだな。……それで、だ」
ふと、秀次様の表情が渋くなった。
「徳川殿が協力してくれることが正式に決まったのだ。だが、それには条件があってな。成功した暁には、お江を秀忠殿の正室として迎えたいと。そうなると、どちらにせよお江は秀忠殿に嫁がねばならなくなる。今でも秀勝を想うてくれておるお江を、生贄のようにするようで心苦しいのだが……すまぬ、茶々」
「……秀次様が謝ることではありませぬ」
正直、豊臣家家臣の中でも大きな力を持つ家康が協力してくれるのは今回の計画を成功させるうえで大きな戦力だ。だが、それを機に増長するのはいただけない。江を徳川家の嫁として迎えれば、さらに力は増すだろう。そこまで考えてのことだろうと吐き気がするが、協力の申し出を断って密告でもされたら大変だ。実際、家康の協力は必要不可欠に等しいのだから、その対価として江を差し出すのは致し方ないとも思えた。
「ですが、私から条件を申してもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだ。なんでも申せ」
「江が輿入れする折には、完子と小吉は必ずやともに行かせてくださいませ。母と幼き子が引き離されるなど、あってはならぬことです」
そうは言っても、最悪の場合私は自分が死んででも子供たちは死なせない心積もりで母上に依頼をしている。我ながら矛盾しているとは思うが、江を完子と小吉から引き離してはいけないと思った。
「分かっておる。それは徳川殿も承知してくれているしな。だが、小吉は庶子のような扱いになってしまうが……」
秀忠殿と血の繋がりがない以上、小吉が徳川家の後継者になることはできない。徳川家の跡継ぎが、江と秀忠殿の間に生まれた子――史実の徳川家光になるのは当然だ。おそらく、元服後は結城秀康のようにどこかに養子に出されたり、江戸幕府の御三家のように「松平」姓を名乗ることになるのだろう。
「それは仕方のないことです。私としては、江が完子たちとともにいられればそれで構いませぬ。江の説得も引き受けましょう」
「……礼を申すぞ、茶々」
安堵したような笑みをこぼす秀次様。私は笑顔で頷いた。
――それから数日後。
秀次様が邸宅を空けているタイミングで、石田三成が突如やってきた。
「秀次様に謀反の疑いありにて、屋敷内をあらためさせていただきまする」
兵を率いて、そう言い放ったのだ。




