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四.母の矜持

三成が兵を率いてやってきた。

その報告を侍女からもらった私は、最悪の事態が起こったことを悟った。


「三津、と(・)み(・)」


私は三津と、千代の乳母であるとみを急いで呼んだ。二人の表情はこわばっていて、それも無理ないことだと思う。秀次様の計画を、私たちは屋敷内の誰にも伝えていなかったから。


「今すぐ子供たちを連れて養源院に……母上のもとへ参れ。母上に事情は通してあるゆえ、すんなり通してもらえるであろう」

「! お方様はどうなさるのですか!?」

「私はここに残り、三成を引き留める。もし証拠を掴まれた場合は申し開きをしなければならぬしな。殿下も、確たる証拠もないのに私を殺そうとはせぬだろう。何より、私は母上の……『お市の方』の娘じゃ。私を無碍にはすまい」

「さ、されど……」

「よいか、まだ兵が多くないうちに子供たちを連れて行け。急ぐのじゃ!」


時間がない。三成が踏み入ってくる前に、子供たちを養源院へ連れて行ってもらわなければ。語気を強めた私に、三津ととみは目を潤ませながらも頷き、部屋を出て行こうと立ち上がり襖を開ける。その襖の先に、隣の部屋で遊んでいたはずの亀と松寿丸がいた。三津ととみは驚いた様子だったが、支度をするのが先だと思ったのか子供たちに一礼してその場を離れる。それを見送った亀はただならぬ空気を感じたのか、不安げに表情を曇らせて問いかけてきた。


「母上、何かあったのですか?」

「亀、松寿丸。良いところに来たな。ここへおいで」


私が促すと、二人は素直に従って中に入ってくる。


「急なことだが、そなたたちと千代はこれから養源院へ行くことになった。今、三津たちが支度をしてくれている。終わり次第すぐに行くのだ、よいな?」

「おばあ様のところですか?」


ぱっと松寿丸の表情が明るくなる。母上は江が落ち着いてからはあまり聚楽第に顔を見せなくなっていたから、久しぶりに会えると嬉しくなったのだろう。だが、亀は違った。


「母上は一緒ではないのですか?」

「ああ。私は少し所用があってな。それが済んだら行く。だから安心せよ」

「はい!」


大きな声で松寿丸は返事をする。そのままぺこりと頭を下げ、「したくします!」と言って部屋を出て行った。だけど亀だけは不安な表情のまま、私をじっと見つめてきた。


「亀?」

「……母上。本当に来てくださるのですか?」

「無論じゃ。私を信じられぬのか?」

「いえ……」


私の問いに、困ったように俯いてしまう亀。

この子は数えで八歳。つまり実質七歳、現代でいう小学一年生だ。親バカが入っているかもしれないが、秀次様に似て年齢よりずっと賢い。もしかしたら、この異常事態を察しているのかもしれない。それならと思い、私は口を開いた。


「亀。今から私が言うことを、決して忘れるでないぞ」

「え……?」

「この先何があっても、誰かを恨んだりしてはならぬ。松寿丸と千代とともに支え合って生きよ。そなたら三人は、私と秀次様の希望じゃ」


手を伸ばし、私は亀の髪をそっと撫でる。亀は困惑の色をその顔に浮かべ、「母上」と何か言いたげに呼びかけてきた。けれど、これ以上話をしてはつらくなる。私は亀の言葉を遮るように声を張った。


「さあ、そろそろ支度も整う頃であろう。――セツ」

「はい、お方様」


セツと呼ばれた侍女――亀の乳母が私の呼びかけに応じて近づいてくる。


「さ、姫様。姫様も出かけられるお支度をせねばなりませぬよ」


有無を言わさぬ響きで言い、セツは亀の腕を支えてそっと立たせた。そのまま室外へと誘導していく。亀は困惑と悲痛な色を浮かべて私を見ていたが、私は笑みを作って何も言わず、娘が部屋を出ていくのを見送った。

これが今生の別れになるかもしれない。そう思うと泣きたかったけれど、亀の記憶に残る母親の最後の顔が泣き顔であってはならない。だから、必死に笑顔を張り付けた。もうずっと昔、前世の大河ドラマで『お市の方』が三姉妹と別れるときにずっと微笑んでいたように。



「お方様。亀姫様、松寿丸様、千代姫様、聚楽第を無事出立なされました」


よねがそう報告してくれる。侍女たちの大半は子供たちの世話と銘打って一緒に出発させたけれど、よねと他数人――私が幼い頃から仕えてくれている侍女は聚楽第に残っていた。身の危険があるから正直子供たちと一緒にここを離れてほしかったのが本心だが、私しかここにいない状況ではまるで後ろ暗いことがあると言っているようなものだ。やむを得ないと割り切るしかない。

ともあれ、亀も松寿丸も千代も兵士たちが完全に包囲する前に聚楽第wp出ることができたようで、正直ほっとした。けれど、私の戦いはここからなのだ。頬を軽く叩いて気合を入れ、立ち上がる。


「わざわざ兵を率いてまで来たのじゃ、丁重に迎えてやらねばなるまいな」


そう呟いて私は歩き出す。

三成を迎えうち、何が起きているのかを聞きださなければならない。もし秀次様の身に最悪の事態が起きたならば――私は帯に挿した懐剣にそっと触れ、覚悟を決めたのだった。

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