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十三.夫婦の決意

「茶々、そなただけに話がある」


秀吉に襲われてから数日後。

重苦しい表情を浮かべて政務から帰ってきた秀次様は、亀と松寿丸を別室へ連れていくよう侍女に命じた。


「そなたたちもみな下がっておれ。何かあったら呼ぶ」


そう人払いをして侍女たちもすべて去ったあと、秀次様は思いつめたような表情で切り出した。


「茶々よ。今から話すことは他言無用だ。お江にも天長院様にも伝えてはならぬ」

「……はい」


秀次様はいったい何を話そうというのだろう。不安な気持ちにかられつつも私は頷く。


「叔父上は気がふれておるようだ。先日そなたを襲った件を改めて問いただしたが、覚えておられぬ。加えて、唐入りの戦をまた仕掛けようとしておられる」

「な……また戦をしようというのですか? なんの成果も得られなかったというのに……」


秀勝様を奪ったあの戦では領土を得ることもできずにただ死者を出しただけ。停戦協定が結ばれ、そこには今後互いを攻めないという条項もあったと聞いていた。それなのに、秀吉はそれを破棄して戦をしかけようというのか。


「そうだ。徳川殿も前田殿も、家臣たちも皆反対したが……叔父上は聞く耳を持たぬ。この国だけでは飽き足らぬとまで仰せになられた」

「……」


大陸を支配すれば、『豊臣秀吉』の名は世界にとどろくだろう。この国も栄えるかもしれない。けれど、そこに至るまでに多くの血が流れ多くの罪なき人の命が奪われる。それを秀吉は何も考えていないのだ。自分がよければそれでいいという思考が透けて見えた。


「私も無論反対した。だが、叔父上はそれも気に食わぬようでな……しばらくここで蟄居を命じられた。逆らえば後継者から外すとも仰せだ」

「外すなど……今、殿下の後継者は秀次様しかいないではありませぬか!」

「小吉にするとのことだ。お江を徳川に嫁がせるにあたり、完子と小吉を叔父上と叔母上の子として遇すると仰せになられた」

「……」


あまりにもむごい話に、私はそれ以上何も言えなくなる。

いくらなんでも無茶苦茶だ。江から秀勝様を奪い、その忘れ形見である完子と小吉まで引き離そうとして、無茶な戦を仕掛けようとして、秀次様を追い落とそうとして。本当に秀吉はすっかりおかしくなってしまっているようだ。史実の『鶴松の死』が起きていないにもかかわらず、だ。もしかしたら秀吉の気狂いに鶴松の死は関係なく、秀吉自身の問題なのかもしれない。


「……茶々」


脳内で色々と思案していると、秀次様が重々しい声で呼びかけてきた。


「叔父上をこのまま天下人の座に据えておくわけにはいかぬ。このままではせっかく築かれた泰平の世が崩れ去ってしまう。秀勝の命も無駄になってしまうのだ」

「……」

「泰平の世を守るには、叔父上に関白の座を退いていただかなければならぬ。私はこれまで叔父上のそばで政を学んできたつもりだし、あとを継いでこの国を率いていく覚悟もできている。――されど、今の叔父上が素直に関白の座を私に譲るとは思えぬ」


そこまで一気に言って、秀次様は大きく息を吐いた。


「叔父上を、大坂から追放しようと思うておる」

「!」


追放。物騒な単語に、私は息を飲んだ。


「叔父上への謀反と受け取られてもおかしくはないし、実際謀反のようなものだ。ことを始める前に露見すれば私の命はないだろう。そなたや子供たちも同じ目に遭うやもしれぬ」


秀次様は私をまっすぐに見る。


「だが、これはあくまでも私の独断でやることだ。そなたたちを巻き込みたくはない。ゆえに、そなたを離縁する。亀と松寿丸と千代を連れ、天長院様のもとへ参るがよい」

「いいえ」


私は首を横に振った。


「私は秀次様の妻にございます。何があろうとも、最後までお供いたします」


これまでずっと、史実を避けたくて動いてきた。秀吉の側室になるのを避けるために母上の自害を思いとどまらせ――もちろん母上に生きてほしかったというのあるが――、秀次様に嫁ぎ、鶴と亀と松寿丸と千代を産んだのだ。これまでの行動理論に基づくならば、私は今ここで秀次様と離縁して豊臣家を離れ、秀次様が起こすクーデターに巻き込まれないようにするべきなのだろう。クーデターが失敗すれば、私は秀次様もろとも処刑される。史実で『秀次』が切腹したときだって、正室側室子供たちもろとも一族皆処刑だったのだ。

だけど、そうする気にはなれなかった。今なら、小谷と北ノ庄で母上が城に残ろうとした気持ちがわかる。最後まで、秀次様に添い遂げたい。秀次様のそばを離れたくない。病める時も健やかなるときも、だ。


「茶々、分かっておるのか?もし失敗すれば、私だけでなくそなたまで……」

「承知しております。それでも私は、最後まで秀次様の妻でいたいのです」


私は秀次様の手にそっと自分の手を添えた。秀次様は目を見開いていたが、やがて今にも泣きそうな顔を浮かべる。ありがとう、と小さな声で呟いて抱きしめてきた。秀次様のぬくもりを感じて、私も少しだけ涙腺が緩む。

この人と最後まで添い遂げたい。たとえ命を失うことになったとしても、最後まで夫婦でいたい。そう思った。

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