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四.亀は万年

鶴の死から数ヶ月。私は第二子を出産した。


「おめでとうございます、お方様。姫様にございますよ」


鶴を取り上げてくれたのと同じ産婆がそう微笑んで、生まれたばかりの赤子を私のそばに寝かせてくれる。

相変わらず出産は痛くて、だけど産んだ子に会えたときの喜びは大きくて。鶴が生まれたときのことを思い出して少し切なかったけど、それでも今こうして生まれてきた子を抱いた喜びは大きかった。

どうか、どうか、この子は長く健やかに育ってほしい。鶴を失ったときのようなあんな思いは、もう二度としたくなかった。



生まれた姫は『亀』と名付けられた。今回の名付け親はなんと秀吉だ。


「叔父上から、この子の名は亀とするよう文が届いた」


亀を抱きあやしながら秀次様は言った。


「鶴は千年亀は万年、と申すであろう。この子は鶴の妹となる子。鶴の分も、鶴よりも長く健やかにいきられるようにと願いをこめたと仰せになられていた。……私も賛成だ。鶴も亀も縁起がよいし、姉と妹の繋がりを感じることができる」

「……そうですね」


鶴は千年亀は万年。現代にも伝わることわざが、この時代にもあったのかと私は少し意外に思った。そして秀吉がそれを知っていたということ、亡き鶴のことも含めて亀のことを思ってくれていることも。


「……秀吉様も、この子を大切に思ってくださっているのですね」

「伯父上には子がおらぬからな。私たちの子を孫のように感じておられるのだろう」


私の呟きに、秀次様は律義に答えた。


「きっと鶴も、妹が無事に生まれたことを喜んでくれているだろう。よくそなたのお腹を撫でていたからな」


満年齢は二歳に満たなかったから、自分が姉になるということをしaっかり理解していたとは思えない。けれど鶴は、よく私のお腹を撫でてニコニコしていた。きっと生きていてくれたら、今も笑顔で秀次様のそばにいただろう。そう思うと涙が流れる。


「秀次様……やはり、鶴を忘れることはできませぬ。この子は鶴の代わりにはならぬでしょう」

「分かっておる。代わりではない、鶴は鶴、亀は亀だ。私たちは鶴のことを忘れずに思いながら、この子を……亀を慈しみ育てていこう」

「……はい」


嬉しかった。亀が生まれても、鶴を忘れなくてもいいのだ。秀次様も同じ気持ちでいてくれたのだ。

史実が大幅に変わってよかった。秀次様のもとに嫁ぐことができてよかった。私は心からそう思った。




天正十九年。亀は無事に鶴と同じ数え三歳を迎え、私は再び懐妊していた。鶴と亀の時と比べても悪阻は少なく体調は良好なのだが、正直なところ精神的にしんどい面が大きかった。

『次こそは若君を』という圧をひしひしと感じるのだ。秀次様からではない。他の豊臣家の家臣からだ。直接言ってくるわけではないが、挨拶の際にそれとなく言ってくるのだ。正直プレッシャーだし鬱陶しいことこの上ないが、この時代後継者問題はものすごく大事だということは分かっている。特に、豊臣家は主家である織田家を押しのけて天下を獲ったに等しい。だからこそ、秀次様の後釜を儲け、これからも豊臣家がこの国を治めていくことを世間に示していかねばならない。


「「はぁ……」」

「二人揃ってどうしたというのじゃ」


私と江が揃ってため息をつくのを、母上が呆れた表情を浮かべてそう突っ込んだ。そのそばでは亀が手毬――かつて鶴が使っていたもの――で遊んでいる。

この日、私は亀を連れて母上と江が暮らす邸宅を訪れていた。二人とも私たちの来訪を喜んでくれたけれど、心なしか江が元気ないように見えていたのだ。実際、さっきから何度もため息をついている。それは私もだけれど。


「まあ、江は分かるがな……」

「何かあったのですか?」


訊くと、母上は「まあな」と頷いた。


「江の輿入れのことじゃ」

「まあ」


確かに江も十九歳になる。この時代の結婚適齢期を考えると、もうとっくに嫁いでいてもおかしくない年齢だった。


「お相手はどなたなのですか?」

「そなたもよく知っている殿方じゃ。豊臣秀勝様……秀次様の弟君に当たられる方じゃな」


確かによく知っている。秀次様側の家族の集まりで何度も顔を合わせたことがあるし、在りし日の鶴や今の亀と遊んでくれることだって何度もあった。穏やかな気性の秀次様とはあまり似ておらず、明るく豪快な方だ。それに加え、前世でもその存在は知っていた。

秀勝殿は、史実の『江』の二人目の夫だ。私が史実を変えたことで江の佐治一成との結婚はなかったことになっているが、秀勝殿に嫁ぐということは変わらないのだろう。積極的に介入しなければ、概ね史実通りに進むということなのかもしれない。


「よいご縁ではありませぬか」

「そうであろう?されど、江は不満なようでな。秀勝様は前(さき)の小田原攻めでも武勲をあげられて、豊臣家の中でも高い地位におられる。その正室に迎えられるのだから、これ以上ない良縁だというのに……」


母上はそう言い、呆れたように江を一瞥する。江はムッとしたように眉間に皺を寄せて言い返してきた。


「私は姉上とは違います、猿の身内になど嫁ぎたくありませぬ!」

「江、よさぬか。気持ちは分からぬでもないが、茶々の前で言うべきことではあるまい」

「ですがっ……!猿の血を引く子など産みとうございませぬ!」

「江!」


母上が声を荒げる。当たり前だ。

気持ちは分からなくもない。江の秀吉への憎しみは大きく、北ノ庄から八年が経つ今でも薄れるどころか強まらんばかりだ。けれど、それを私の前で言ってほしくはない。特に、『猿の血を引く子を産みたくない』には腹が立った。秀吉の甥である秀次様の子、言い換えれば『猿の血を引く子』を私は二人産んだのだ。そしてもうすぐ三人目を産む。亡き鶴も、今目の前で無邪気に笑う亀も、お腹の中ですくすく育つ子も、私にはかけがえのない我が子なのだから。


「そなたがどんなに拒もうと、今の私たちは秀吉の庇護下にある身。秀吉の繋いだ縁談を断るなど許されぬ。それを心得よ」

「……」


母上の厳しい声に、江は膨れっ面をしてプイッと横を向いた。やはり精神が幼すぎる。私と母上は顔を見合わせ、ため息をついたのだった。

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