五.豊臣秀勝
早々に母上のもとを辞し、私は暗い気持ちで帰路に着いた。
「おかえりなさいませ、お方様。お客人がいらしておりまする」
留守を預かっていた三津がそう言いながら出迎えた。
「客人?どなたじゃ?」
「秀勝様にございます。お方様にお話ししたいことがあるとのことにて……秀次様とご一緒にいらっしゃいましたので、今はお二人でお話しして過ごされておりまする」
「そうか」
そのまま私は亀を三津に託し、他の侍女を伴って二人がいる部屋へと向かう。秀次様の居室だ。まだ夕刻だというのに、二人で向かい合って酒を酌み交わしていた。
私に気づいた秀次様が「おお、茶々」と笑顔を向けてくれる。私は一礼してから秀次様の傍らに膝をついた。
「おかえりなさいませ、秀次様。お出迎えできず申し訳ございませぬ」
「構わぬ。お市様のところに行かれることは分かっておったからな。むしろ、急に秀勝を連れてきてしまって悪かった」
秀次様がそう笑う。いつだって私に気をつかってくれて、優しい自慢の旦那様だ。
「急な訪問で申し訳ございません、義姉上」
頭を下げながら言う秀勝様。その体つきはがっしりとしていて、上げられた顔も日に焼けて精悍だ。どちらかといえば線が細く文系な顔立ちの秀次様とはあまり似ていないと常々思っていた。
「構いませんよ。――それで、私にお話とはなんでしょうか」
「はい。義姉上もご存知かとは思いますが、叔父上から縁談を持ちかけられまして。義姉上の妹君であるお江殿との縁談にございます」
「ええ、母上から先ほど伺いました。ふつつかな妹ではありますが、よろしくお願いいたします」
正直なところ、秀勝様と江は似合いのカップルなのではないかと思っている。豪胆で快活だが他者の心の機微に長け面倒見のいい秀勝様、明るく活発で末っ子ゆえに甘え上手な江という組み合わせだ。
「義姉上からそう仰せになっていただけるのは幸いに存じます。されど、お江殿は叔父上をかなり嫌っておいでだと伺いました。叔父上の甥である私にも嫌悪を示されているのではないかと思いまして。そのあたりのお話を義姉上からお聞きしたく」
「あぁ……なるほど」
江の秀吉嫌いはけっこう有名なようだ。婚姻前に懸案事項を取り除きたい秀勝様の気持ちはわかる。私は長く息を吐いた。
「正直に申し上げますと、確かにあの子は秀吉様を憎んでおられます。実の父も、義理の父も、あの方に攻められてその命を失いましたから……。私も母上も、そのあたりはすでに割り切っておりますが……あの子はどうにもまだ、受け入れがたいようです。今日も、秀吉様の身内に嫁ぎたくはないと……秀吉様の血を引く子を産みたくないと怒り狂っておりました」
「……江は、それをそなたと亀の前で言うたのか」
秀次様の声が険を帯びた。当たり前だ。江の言葉は、秀吉の甥である秀次様に嫁いだ私と、私たち二人の間に生まれた亀を否定しているのと同義なのだから。
「はい。されど、あの子は、私と亀を貶めるつもりなどございませぬ」
「それは私も承知しておる。だが、さすがにその発言は配慮が足らぬのではないか」
「ええ。末の子だからと甘やかしてしまったと反省しております。おそらく母上もでしょう」
そう会話をかわしてから、私は秀勝様を見た。
「江は反発しておりますが、こたびの縁談はお受けいたします。おそらくあの子は秀勝様にご無礼を働くことになりましょう。あの子の姉として、お詫び申し上げます」
「義姉上がお詫びする必要などありません!」
頭を下げた私に、秀勝さまは慌てて言った。
「お江殿が叔父上をお恨みするのは当然のことです。その恨みが、甥である私に向けられるのも仕方ないことと存じます。それでも、お江殿のお心を開くのが夫となる私の役目です。お江殿を幸せにできるよう、努力いたします」
「秀勝様……」
まっすぐに私を見据え、強く凛とした口調で言う秀勝様。この方ならきっと江の気持ちを変えてくれる、そんな気がした。
江が秀勝様に嫁いでいったのはそれから二か月後。私は出産を控えていたが、秀次様とともに二人の婚儀に出席した。
花嫁衣装を身にまとい美しい化粧を施された江の顔は終始仏頂面。正式に婚姻が決定してからずっとこの調子なのだと母上が話してくれた。そんな母上に、私は秀勝様から直に聞いた気持ちを伝える。
「……そうか。それなら安心じゃな。秀勝様なら、必ずや江を幸せにしてくれよう」
「ええ、私もそう思います。今は江もあの調子ですが、秀勝様相手なら心を開けるようになるかと」
母上の言葉にそう応じる。
本当に、江には幸せになってほしい。幸い、今のところ朝鮮出兵――史実の秀勝様が命を落とすきっかけとなった戦が起きる兆しはない。このままいけば秀勝様が戦に行くことはなく、完子のほかにも子がたくさん産まれ、江は幸せになれるだろう。それは姉として心から嬉しいことだった。




