表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/43

三.母と娘

鶴姫様、急な病によりご夭逝。

その知らせを受け取った市と江は大きな衝撃を受けた。幼く愛らしかった鶴がもういないという事実に打ちのめされると同時に、我が子を失った茶々のことが心配になった。


「母上、すぐにでも姉上と義兄上様のところに参りましょう!お二人をお慰めしなければ……」


涙を拭いながら言う江。今すぐに立ち上がって動き出しかねない娘に、市は「今はならぬ」と首を横に振った。


「今はまだ、茶々をそっとしておいてやるべきじゃ。私たちでは、あの子の気持ちは理解してやれぬ」

「そのようなこと……母上は小谷の父上も、北ノ庄の義父上も亡くされているではありませんか。肉親を失う悲しみは同じにございますよ」


納得していない様子の江に、市は諭すような口調で言う。


「確かに私は夫を二人も失った。されど、産んだ我が子は皆生きておる。子を失うというは、親として何よりも辛く悲しいことなのじゃ。かつて長政様を亡くしたときも、勝家様を亡くしたときも、私は己の命よりも何よりもそなたたち三人さえ無事でいてくれればよいと思うておった。それくらい、母親として我が子は愛おしくかけがえのないものじゃ。その我が子をこんなにも早く、突然失った……茶々の悲しみは計り知れぬ」

「……」


江は黙り込む。彼女なりに母の言葉の意味を考えているようだ。やがて神妙な表情で頷いた。


「分かりました……今は少し、姉上への訪問は控えます」

「それがよい。むろん、鶴の葬儀には出席せねばならぬがな……」

「葬儀……鶴はもういないのですね、あんなに小さかったというのに……」


改めて、姪が死んだという事実を痛感したのだろう。江の瞳から涙が流れ落ちた。




鶴が亡くなってから一ヶ月半。茶々の乳母でありかつては市の侍女であったよねからとある連絡を貰った市と江は、聚楽第内にある秀次夫妻の居住邸を訪れていた。


「お呼び立てして申し訳ございません、お市様」


二人を迎えたよねは、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。


「気にするでない。……それより、茶々はどうなのじゃ?」

「すっかり塞ぎ込んでしまわれて……一日のほとんどを、姫様のご位牌の前で過ごされております」


そう言ってよねはこらえきれない涙を流した。


「お食事もあまりとられておらず、このままでは身ごもられている御子にも障りが出ると薬師からも言われております。ですが、お方様は聞き入れられなくて……」

「……」


よねの言葉に、市の表情は険しくなった。鶴を失って悲しいのは分かるけれど、今の茶々は身重なのだ。このままでは鶴だけでなくお腹の子まで失われてしまうかもしれない。なんとかしなければ、と思った。


「茶々と話をせねばな。あの子はどこじゃ?」

「あ……今はお部屋にいらっしゃいます。ご案内いたします」


そのままよねに先導されて市と江は茶々のもとへ向かう。

茶々は庭が見える縁側に腰かけていた。以前市が鶴のためにと贈った手毬を手にし、まるで慈しむように撫でている。その表情は虚ろで、視線は虚空をふらふらと彷徨っていた。顔色も悪く、心なしか頬がこけているようにも見えた。


「姉上」


江が呼びかけるが、茶々はまったく反応しない。よねが「お方様、お市様とお江様が参られました」と声をかけるが、それでも答えなかった。


「茶々」


市も声をかける。けれど茶々は答えない。


「茶々!」


傍らに座り、強い口調で呼ぶ。それでようやく茶々は気づいたようで、驚いたように目を見開きながらこちらを見た。


「あ……母上、江……」


その声にも覇気がない。


「来てくださったのですね……ありがとうございます」


そう言って力なく微笑む茶々。その顔には、我が子を失った悲しみが濃厚にあらわれていて。こらえきれなくなり、市は茶々を抱きしめていた。


「は、母上……?」

「茶々。今は思いきり泣くがよい。鶴のためにもな」

「……!」


突然抱きしめられて困惑していた茶々は、市の言葉に息を飲んだ。


「私にはそなたの悲しみを心から理解してやることはできぬが……大切な者を亡くした悲しみは分かる。されど、長政様のときも、勝家様のときも、そなたたち三人がいたからこそ乗り越えることが出来た。だからこそ、こたびは私がそなたが乗り越えるための力となろう。……いや、少し違うな。きっとこの悲しみは乗り越えられぬものじゃ」

「……」


茶々の身体が震える。


「されど、悲しいのはそなただけではない。秀次様も、鶴を亡くした悲しみを抱えておる。……それに」


市は茶々を離し、その膨らんだ腹部に触れる。


「そなたたちにはこの子がおるではないか。鶴の代わりにはなるまいが、心の慰めにはなろう。……茶々、今のままではそなたはこの子まで失うことになるのだぞ?」


その言葉に、潤んでいた茶々の目が見開かれた。


「今は思いきり泣くがよい。泣いて、秀次様と支えあいながら、鶴を想いながらこの子を無事に産むのじゃ。きっとそれが、そなたたちのためとなる」

「母上……」


茶々の顔が歪む。そのまま大粒の涙を流し、市にすがりついたのだ。そして声をあげて泣き出す。鶴の名を呼びながら。





その日、市は泣き疲れた茶々を休ませるようによねに告げて自身の居住邸へと戻った。その後よねからは少しずつ茶々が元気を取り戻しているという報告をもらい、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ