26話~メインコンポーザー~
レイがバンド練習に姿を見せなくなってから……数週間が経過していた。
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スノグリオーディションが日に日に近づく中、ギタリスト不在の状況で練習を進める13 SECONDS TIME BOMB。
ただ、当然ながら……そのバンド演奏には明らかに魅力が欠けていた。
メロディーラインの軸でもあるリードギター、サウンドに厚みをつけるためのバッキングパート、その穴を埋めることはどうしてもできないのである。
代役としてフミがPCの同期によって打ち込みのギターコードを流していたのだが、機械的なその音色は生演奏による迫力にはどうしても至らない。
また、いつも明るいムードメイカーのレイが居ないこともあってか、バンド内の雰囲気はどことなく侘しいものにもなっていた……。
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──レイがその姿を久方ぶりに現したのは、いよいよオーディションも間近に差し迫ろうという時期のことだった。
チャリーン……
「カラオケスナック むさし」のドアベルが鳴ると、そこにはハードケースとエフェクターボードを手に持った茶髪のウルフヘアが深々と頭を下げていた。
レイはバンド練習を無断で欠席し続けたことを反省し、メンバーに対して何度も繰り返すように謝罪を重ねた。
無論、メンバーは誰一人として怒ってなどいなかった。
むしろ一時の感情から頭を冷やして、仲間がこうして無事に戻って来てくれたことにそれぞれが安堵の表情を浮かべていた──
「フミ……この前は本当にごめん。少し熱くなり過ぎちゃって……」
「いえ、僕の方こそ先日は生意気なことを言ってすいませんでした」
レイが頭を下げると、キーボードベンチに座っていたフミもまた同じように頭を下げた。
二人はしばしの仲違いから和解を結ぶ……。
それからレイは気持ちを切り替えるようにして顔を上げると、手に持っていたハードケースから急いでギターを取り出した。
「よし、じゃあ俺……遅れた分を全力で取り返すよ!すぐにギターのアレンジに取り掛からないとね!それで、ええと……オーディション用の新曲はどんな感じー?」
早速、レイはチューニングを始めながら、天才コンポーザー・フミに対して進捗状況を尋ねた。
しかし……そこで返ってきた言葉は予想に反するものだった。
「新曲?僕は作っていませんよ」
「え……?」
予想だにしていない返答にレイは面食らった。
自分が不在の間、当たり前のようにフミが曲を完成させているだろうと思っていたからである。
レイは現状が把握できないといった様子で苦笑いを浮かべると、不安気に聞き返した。
「それって……どういうこと?」
「ですから、今回のオーディション用の新曲……僕は作っていません」
「……だって、もう……オーディションは目前だっていうのに?」
「そうですね……そろそろ曲を完成させないと本番には間に合いません。でも、僕には『その曲を作ることが出来ない』のですからどうしようもありません」
何食わぬポーカーフェイスで返答するフミ。それに対してレイが顔を曇らせる。
再び、双方の間に怪しい暗雲が立ち込め始める……。
「いやいや……『曲を作れない』って……なに冗談を言ってるんだよ?」
「冗談ではありません。今回のオーディションに関しては、僕は曲を作れないので……レイさんが曲を作ってください」
「……いや……だから……この前も言っただろ?俺の曲よりも、フミの曲で勝負した方が絶対に良いって……そう話したじゃんか」
「僕はそうは思いませんので」
「……あのさぁ……フミ……。もし俺に気を遣って……今回は『花を持たせてあげよう』とか、そう思ってんのなら、それは余計な気遣いだぞ?俺はオーディションを本気で突破したいからこそ……その可能性がより期待できる、お前に作曲を任せるって……そう言ってるんだから」
「これは気遣いや遠慮ではありません。僕だってオーディションを本気で突破したいからこそ……レイさんの曲で勝負すべきだと、シンプルにそう思うだけですから」
「……なんだよそれ……」
次の瞬間、堪えきれずにレイは声を荒げた。
「何度も言わせるなよ……!前回のオーディションは……俺の作った曲で見事に負けてるんだよ!オランジェットの足元にも及ばなかったんだ……!だから……俺の曲じゃダメなんだって!俺は音楽の知識も大して無いし……スキルや才能だって全然無い!俺はお前と違って天才じゃないから……だから……だから俺はお前みたいに!ハイレベルでハイセンスな曲は作れないんだって!!」
「そうですね…………確かにレイさんは僕みたいな曲は作れません」
「いい加減にしろよ!お前!!」
その途端、激昂したレイはフミの胸ぐらを勢いよく掴んだ。
キーボードベンチは激しい音を立て倒れ、その拍子にフミが首元に巻いていたヘッドホンも遠くの床にまで吹き飛んでいった。
「お、おい!!落ち着かんかレイ!!」
咄嗟に止めに入ろうとするカナタの前に手を出して、その動きを制止したのは又もハルだった。
ハルの視線はそのままぶつかり合う二人に向けられている……事の成り行きを見守ろうとするミツナリもまた同様に……。
薄暗い店内に張り詰めた緊張感が走る。
すると、胸ぐらを掴まれたままのフミが小さく声を漏らした。
「いい加減にするのは……分からず屋のレイさんの方でしょう……?」
「なんだと!?」
その顔に似合わず猛るような睨みを利かせるレイに対し、フミもまた重めの前髪から貫くような視線を向けながら声を絞った。
「レイさんは僕のような曲は作れない……でも、それと同じように……僕にだってレイさんのような曲は作れないんだ……」
レイの目を真っ直ぐ捉えながら、フミは懸命に声を震わせた。
「レイさんに作れない音は僕が作る……だから……僕に作れない音はレイさんが作って下さい……。それぞれに……大切な役割があるんだ……。それが今……僕達が真剣に向き合っている……『バンド』ってやつじゃないんですか?」
それからフミは周囲で見守るハル達にも聞こえるように、今まで出したことのないような大声を張り上げた。
「…………前にも言った通りです!僕の主張は一貫して変わりません!スノグリのオーディションでは小手先のテクニックやウケ狙いは絶対に通用しない!全身全霊の魂を注ぎ込んだ正攻法で挑まなければ観客の心は絶対に動かせません!だからこそ!僕達らしい!僕達にしか鳴らせない!僕達だからこそ鳴らす意味のある『ストレートなロックナンバー』で勝負するしかないんです!それがサーティーンの根幹となるサウンドだからです!そして……そういう曲を得意として作れるのは……僕じゃなくて……レイさんの方でしょう!?」
レイは瞳の奥をぐらりと揺らした。
その波紋がさざめくようにして、一人の少年の心に紛うことなき真実を与える──
やがてレイは掴んでいた胸ぐらから優しく手を離すと、今度はギュッと目を閉じながら声を漏らした。
「でも……でもさ……。もし、また同じように……俺の作った曲で……またオーディションに負けることになったら……」
あと一歩、その背中を押すようにしてフミは唇を綻ばせた。
「大丈夫ですよ。レイさんが作った曲を……ハルさんが最高の声で歌ってくれるんです。ナリさん、カナタさん……文句なしのリズム隊もついているし、僕だって微力ながらバンドサウンドを支えます。それでもまだ何か……他に怖いものがあるって言うんですか?僕達……最強の5人だと思いますけど」
レイがふと周りを見渡すと……そこにはいつもと変わらぬメンバーが、いつもと変わらぬ笑顔で頷いていた。
──何度だって曲を書けよ。お前の曲が認められるまで俺たちが音を鳴らし続けてやるから──
その時……彼らから貰ったその言葉が……メインコンポーザーに果てしない創造の翼を授けたのである。




