25話~2人の作曲家~
彼らの住む地域にはバンド練習のための「貸しスタジオ」なるものが存在しなかった(辺境のド田舎なので)。
幾らか栄えた中心市街地まで移動すれば「それ」は見つかるのだが、そのためには電車とバスを使って数時間を要する必要があった。
当然、頻繁に行うべきバンド練習の度にいちいちそのような労力を割いていては身が持たない。交通費やスタジオ代だって塵も積もるのだから尚更だ。
ローカル特有の不便、不都合、不自由……それらはいつだって田舎のバンドマンの肩に重くのしかかるハンディキャップなのであった。
しかしである。
そんな過酷な環境においても……地域密着型ロックバンド・13 SECONDS TIME BOMBは毎日のように欠かさず、スタジオでのバンド練習を行うことを可能としていた。
それはなぜか?……簡単な話だ。
彼らがスタジオ代わりとなる「アジト」を保有していたからである。
そのアジトとは……そう、商店街の外れにある言わずと知れた名店「カラオケスナック むさし」のことである。
・高校から近い
・バンドセットが常設してある
・平日土日関係なく、ほとんど他の客がいない
・お店にある冷蔵庫から商品のジュースを飲み放題(無許可)
彼らはそこに付け込むようにして、常日頃から同店をアジト(練習場所)として都合よく利用していたのであった。
★
バンド練習後、メンバーはミーティングを行っていた。
薄暗いスナックの店内にある大理石のテーブルを囲むようにして、ソファにどっしりと腰を掛ける五人組。
まるでゴッドファーザーのワンシーンかのように重厚な雰囲気が漂う。
この時すでに、彼らは当然のようにスノグリの一次オーディションを通過していた。もはや問題は予備選考ではない、といった具合にまで彼らのバンドには確固たる自信も実力もあった。
ミーティングの議題に上がっていたのは「本命である二次オーディションのライブで披露する新曲をどうするか?」ということであった。
というのもライブハウスの店長がスノグリ関係者から仕入れた確かな情報で「既存のセットリストではなく、オーディションのための新曲を書き下ろしてくることが審査にプラスに影響する」との助言を受けたのだ。
念願のフェス出場のため、いかにしてオーディションを攻略するかの戦略建てが必要となっていたのである。
まず最初に。
ハリセンボンさながら、その攻撃的なスパイキーヘアには似合わない甘い提案を始めたのはカナタであった。
「う~む、やはり新曲は意表を突いて……壮大なロックバラード調のラブソングを演るってのはどうじゃ?そもそもオーディションは観客や審査員の投票によって勝敗が左右されるんじゃ。それなら一般的に共感の得やすいラブソングで、リスナーの心を掴む作戦がベストじゃろう」
それに賛同したのが甘いマスクを持つベーシスト。さらりとした黒髪のセンターパートを妖艶に揺らしながら、ミツナリはどこまでも落ち着いた声を出す。
「確かに……それは悪くないアイデアだな。他のバンドがアップテンポの曲を披露することが多いであろう中、俺たちはあえてスローテンポで壮大なバラードを演奏する。それだけで差別化にもなるし、なにより大きなインパクトになるに違いねェ。まあ、正直なところ……甘ったるいラブソングのバラードなんて気乗りしねェのが事実だけど……『自分達のやりたいこと』と『世間に求められること』ってのは大体ズレが生じるのが世の常だからな。フェス出場のためにも、リスナーのニーズをしっかり抑えるのは大事なんじゃねェか」
リズム隊の二人が同じ意見を推す中、難色を示したのがバンドのフロントマンだ。
セルフリタッチしたばかりの金髪ヘア、その下にいかにも不機嫌そうな顔を浮かべてハルがぼやいた。
「ラブソング……?バラード……?いやいや、俺は恋愛の歌詞は書きたくない主義なんだよ。それに……客ウケだけを狙って選曲するってのもなんだか違う気がするな。奇を衒うよりも、俺たちらしい正攻法で勝負した方が良いだろ。そうなると……やっぱり新曲はストレートなロックナンバーが良いと思う。シンプルな8ビートに勝るものはないぜ」
そんなハルの意見に賛同したのは、いつものようにオーディオテクニカのヘッドホンを首に巻きつけているフミであった。
フミは口の中に含んだロリポップキャンディの棒部分をくるくると指で回しながら言った。
「僕もハルさんの意見に賛成ですね。確かに……ラブソングは多くの共感を呼びやすいですし、バラードというのは簡単にそれっぽい雰囲気を作り出せるのも事実です。でも……そんな小手先のテクニックで突破できるほどスノグリのオーディションは甘くないと思います。それに音楽ってのはそこに『魂』が乗らなければなりません。そうであれば……僕達らしい、僕達にしか鳴らせない、僕達だからこそ鳴らす意味のある曲で勝負すべきです。そう考えると、今現在バンドの主軸でもあるストレートなロックナンバーで挑むのが定石ですよ」
こうして意見は真っ二つに分かれた。
オーディションで披露すべき新曲は「バラード調のラブソングだ」と言い張るカナタとミツナリ。
それに対抗して「ストレートなロックナンバーだ」と揺るがないハルとフミ。
最後に意見を委ねられたのは……バンドのメインコンポーザーでもあり、これまでも13 SECONDS TIME BOMBのほとんどの楽曲を手掛けてきたレイである。
が、しかし……当の本人はその肝心なやり取りにさほど興味を示していないようだった。
レイはソファに深く腰を掛けたまま、両手を頭の後ろに組みながらあっけらかんとして答えた。
「う~ん……別にどっちでも良いんじゃないかなー?それに俺……今回のオーディション用の新曲は作る気ないしー」
目を閉じながら無気力な反応を示すレイ。
それにいち早く反応したのは……同じコンポーザーであるフミであった。
「あの、レイさん……そんな他人事みたいに言わないで下さいよ」
「他人事?いやいや、別に……そういうつもりで言った訳じゃないんだけどさ~」
「だとしたら……『曲を作る気がない』なんて……バンドのコンポーザーが口にする発言じゃないですよ」
「あ~、ごめんごめん。いや、ホラさ……前回のオーディションは俺の作った曲で負けたんだから……今回はフミの曲で勝負した方が良いでしょ?っていう話さ。それに最近じゃ、俺の作った曲よりも……フミの曲の方が周囲からの評価が高いのも事実だしね。だから今回のオーディション用の新曲はお前に任せるよ。セトリもフミの曲メインで組んじゃお~」
その言葉を受けると、フミは口の中に含んだキャンディを右のほっぺから左のほっぺに器用に移動させた。
それから、いつになく真剣な表情で問いかけた。
「作曲から……『逃げる』んですか?」
「…………逃げる?」
「レイさんはコンポーザーとして……ただ単に生みの苦しみから逃げたいだけなんじゃないですか?」
その言葉にレイは珍しく表情を強張らせた。
「……なんだよそれ。まるで俺にやる気がないみたいな言い方してさー」
「少なくとも僕にはそう見えますけど」
「なんだって……?」
「コンポーザーが創作意欲を失っていいのは『全てをやり尽くした後』だけですよ。今のレイさんは……やる前から投げ出しているだけです」
「別に……創作意欲を失ってる訳じゃないさ」
「それなら投げやりな姿勢は見せずにもっと真剣に考えて下さい」
「だからさぁ……俺は真剣に考えた結果……『お前に任せる』って……そう言ってるんだけどー?」
「ですから、それが『逃げてる』と言っているんですよ」
「いや、だから……なんでそうなるんだよ」
徐々にヒートアップしていく二人をなだめるカナタ。
「お、おい……二人とも、一旦落ち着くんじゃ」
カナタが冷静なトーンで仲介に入ったものの、時はすでに遅しであった。
レイは冷めた表情でその場から立ち上がると、
「俺が作曲から逃げてるって言うんなら……フミ、今度からお前がバンドの曲を全部作れば?」
そう言い放ち、ギターのハードケースを手に持って足早に店を出て行った。
「お、おい!どこ行くんじゃレイ!」
カナタは席を立ち、レイの後を追いかけようとした。
しかし、それを強い語気で持って止めたのはハルだった。
「いいよ、カナタ。一旦、放っておけ」
「ほ、放っておけじゃと……?」
「今のあいつにはどんな言葉をかけても無駄だよ。レイとは付き合いが長いから……俺には分かる」
店内にしばし重たい空気が流れる中、今度はフミがゆっくりと頭を下げながら言った。
「すいません。僕が余計なこと言ったせいで……輪を乱してしまいました」
「いや、フミは間違ってない。問題は……あいつ自身にあるんだ」
ハルはソファから立ち上がると、店内にあるバンドセットの方に視線を向けた。
そして様々な感情を目に宿しながら続けた。
「レイは未だに……俺たちが前回のオーディションで優勝できなかった理由は『自分の作った曲のせい』だと思い込んでるんだ。コンポーザーとしての責任を感じてるんだろうけど……あいつ一人の責任なワケがないし、俺達全員が実力不足だったんだ。なのに……いつまでもそれを引きずっていたら前には進めないんだよ。そろそろ気持ちを切り替えて、もう一度戦う姿勢を見せるべきなんだ……。そのことに、あいつ自身が自分で気づかなくちゃダメなんだ」
ハルの言葉に耳を傾けた後、一連の出来事を静観していたミツナリが口を開いた。
「まあ、その通りだな。でも……本当に放っておいて大丈夫なのか?レイはあんな風に見えて……意外と繊細だし、変なところで真面目で意固地だろ。無い話だとは思うが……このまま腐っちまって『バンドを抜ける』なんてことを言い出したりしねェだろうな?」
「それは絶対にありえない。大丈夫、少し頭を冷やしたらまた笑って戻ってくるさ。レイとは付き合いが長いから……俺には分かる」
あっさりとそう答えたハルの顔を見ると、フミは何かを考えるように口の中で絶えず飴を転がし続けた……。




