23話~思い出の足跡~
あっという間に迎えた8月の終わり。
海岸沿いに吹き抜ける夜風が風鈴をチリーンと鳴らす中、「海の家 むさし」は今年の営業を終了した。
その最後の夜……ハル達はすっかり人気の少なくなった砂浜で「慰労会」と称したバーベキューを楽しんでいた。
★
ヒューン……ドドォォ~~ン!!パチパチパチ……
遠くの空には大きな打ち上げ花火が上がっていた。
いずこかの地域で夏祭りの花火大会が行われているのだろう。
そんな夜空に咲く大輪の花を見ながら、コンロで肉を焼いていたハルがぼーっとした表情で呟いた。
「はあ……結局、今年の夏はバイト三昧で終わったな。夏休みらしいことといえば……このバーベキューだけか」
その隣で焼き上がった肉を遠慮なしにモリモリと食べていたミツナリが笑顔で返した。
「まあまあ、いいじゃねェか。バイト代もたんまり稼げたことだし、俺にとっちゃ有意義な夏休みだったぜ。それに色んな漫画も読破でき……」
調子に乗ったミツナリはついつい口を滑らせてしまった。
当然、その場にいたメンバー全員がピクリと耳を反応させる。
いの一番に切り込んだのは、キャンプチェアの上で串に刺さったパプリカを頬張っていたレイである。
「漫画……?読破……?それってどういうこと?ウチの店には漫画なんて置いてなかったよねー?」
「いや、ホラ……アレだよ。俺は寝る前にスマホで……こっそり布団の中で電子版の漫画を読んでたってことだよ……」
口の周りについた焼き肉のタレをぺろりと舐めながら、無理やりな笑顔を浮かべるミツナリ。
続けざまに詰め寄ったのは、瓶に入ったメロンソーダを片手に枝豆を食べていたカナタだ。
「そういや、ナリさん……この夏休みの間……買い出しのために何時間もずっとバイクに乗ってた割には……顔も腕も全然日焼けしてないのう」
「こ、これはアレだ……。ひ……日焼け止めだよ。最近の日焼け止めの効果を舐めちゃいけねェよ……」
なんとか生き延びようと必死の抵抗を続けるミツナリ。
しかし……小皿に乗せた焼きマシュマロをぱくりと食べながら、そのトドメを刺したのはフミであった。
「あ、そういえば……武蔵さんが言ってたのを思い出しました。ナリさんが買い出し用に使ってたバイクなんですけど……『毎日遠くまで運転してるはずなのにガソリンが全然減ってない』って。もしかして……遠くのスーパーに行くと言っておきながら、本当は近所のスーパーで買い出しを済ませて……その浮いた時間でサボってた……とか?」
「オイオイ!冗談きついぜ、フミ〜!俺が……そんなこと……す、するワケねェだろ?は、ははは……」
ミツナリは嫌な汗をこめかみに一筋たら~りと流すと、すかさず明後日の方向を向きながら口笛を吹き始めた。
焼き肉用のトングを静かにテーブルに置くと、ハルは指をポキポキと鳴らし始めた。
「ナリさん……さては、あんた……やったんだな?人としてやってはいけないことを……やっちまったんだな?」
「ま、待て……違うんだ。落ち着けって……」
「後輩に労働を押し付けて……自分はのらりくらりとサボってたってワケか……」
「さ、サボってたワケじゃねェ!ただ、ちょっくら空いた時間に……近所の喫茶店で漫画を読んでただけで……」
「あっ!とうとう認めやがったな!許せねぇ!!大体、元を辿れば……『バンド合宿』だなんて嘘をついて俺たちをここまで連れてきたのはナリさんだからな!その恨み……今こそ、晴らしてやらぁ!!」
ハルの号令によりメンバー全員が立ち上がった。
そしてミツナリの身体を胴上げするようにみんなで抱えると、波打ち際にまでせっせと運び出す。まるで働きアリの集団が協力して大きな獲物を持ち運んでいくかのように。
「う……うわァ!バカ!や、やめろ!お前ら、分かった!分かったから、落ち着け!や、やめろォォ!!」
ザッバーン!!!
ミツナリの身体を勢いよく海の中に放り込むと、ハル達は大きな笑い声を上げた。
──その瞬間、遠くの空には再び大きな花火が打ち上がった。
夜空を染め上げるスターマイン。
その鮮やかな光は、彼らが砂浜につけた思い出の足跡を煌々と照らしていた。
ヒューン……ドドォォ~~ン!!パチパチパチ……
★
「ただいま~」
ハルが自宅に到着したのは夜遅くだった。
海でのバーベキューを楽しんだ後、海岸沿いから出ている最終バスに乗ってそのまま地元に戻ってきたのである。
少々タイトなスケジュールではあったが、本日で夏休みも終わり、明日から普通に学校が始まるのだから仕方ない。
玄関先、ボストンバッグ片手に疲れ顔を浮かべるハル……そんな彼を真っ先に出迎えたのは飼い猫のクロべぇだった。
クロべぇは玄関マットの上でゴロンと寝そべると、グルグルとその喉を鳴らしてみせた。しかし、夏バテのせいだろうか……しばらくぶりに再会したその愛猫の姿は少しだけ痩せこけたようにも見えた。
「よう、クロべぇ。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「…………」
返事をするのも面倒なのか、クロべぇはあくびをするだけで何も答えなかった。
そんな飼い猫の姿を玄関でしばらく観察していると、今度は「おかえりなさ~い」と美雪が両手を後ろに組みながら顔を出してきた。
真っ黒に日焼けして帰ってきた息子の姿を見て、母親は思わず吹き出すようにして笑った。
「あら!すっごい焼けたわね~!」
「この通り……焦げたトーストみたいだぜ」
「本当、こんがりね。でも……意外と『バンド合宿』って体育会系なのね。バンドマンがそんな風に日焼けするイメージはなかったわ」
「え?あ、ああ……まあな」
実は悪い先輩に騙されて海の家で住み込みアルバイト生活を強いられていました……と、説明するのも面倒だったのでハルは適当に相槌を打った。
それから美雪は待ち侘びていたかのように、先ほどから後ろに組んでいた両手をハルの前に差し出した。
「ねえ、ハル!今から一緒にコレしない?」
彼女が手に持っていたのは……スーパーで売っているような安物の手持ち花火のセットであった。
「ん、花火?どうしたんだよ急に……珍しいこと言い出して」
「ホラ、夏もあっという間に終わりでしょう?なんか久しぶりに……それっぽいことがしたくなってね」
「まあ、別にいいけど……。でも、その前にちょっくら着替えだけさせてくれ。汗をかきすぎてTシャツがもうベッタベタなんだ」
「オッケ~。じゃあバケツとろうそくを準備して庭の方で待ってるね」
「あいよ」
美雪はバケツに水を張り、点火用のろうそくに火を灯して、雑木林に囲まれた庭の方でスタンバイをしていた。
しかし……何分経ってもハルが庭にやって来ない……。
──待ちきれずに美雪がハルの部屋まで様子を見に行くと、
「ねえ、まだ~?早く花火しようよ」
……
……
……zzz
ハルは布団の上で倒れ込むようにして寝息を立てていた。
着替えのTシャツを手に持ったまま、うつ伏せ状態で寝てしまっている。
どうやらここにきて、夏休み中に働き詰めだった疲労のピークが限界に達したのだろう。
(ハル……)
美雪はたわやかに微笑みかけると……その背中にそっと優しくタオルケットを掛けた。




