22話~真夏のバンド合宿!?~
夏の到来を告げるようにセミ達が一斉に鳴き始めた。
突き抜ける青い空、そびえる白い入道雲、生い茂る緑も溶け出しそうなほど暑い炎天下である。
そんな夏本番を迎えると同時に、笹団高校ではようやく一学期の修業を終えた。
明日からいよいよ……待ちに待った夏休みに入るのである……!
「別荘でバンド合宿!?」
終業式が終わった後、パソコン研究部の部室ではバンドミーティングが行われていた。
興味津々に反応するメンバーに向かって、得意気に提案しているのはミツナリであった。
「ああ。実は俺の『知り合い』が別荘を持ってるんだけどよ……そこで夏休みの期間中、みんなでバンド合宿をしないかっていう話だ。ほら、新メンバーとしてフミも加入したことだし、バンド全体のブラッシュアップをする良い機会にもなると思うんだ。ちなみに……その別荘にはシェフも常在していて、三食メシ付き。豪華な大浴場もあるし、広い寝室もある。そんでもって近くにはビーチがあるから海水浴も楽しみ放題ってワケだ。どうだ……悪くねェ話だろ?」
夏休み目前にして、ミツナリがここぞとばかりに最高のプレゼンテーションを持ち込んで来た。
別荘で優雅にバンド合宿とは……まるでプロのミュージシャンのバカンスのようではないか。
断る理由はどこにも見当たらない!とハル達は即座に合意をすると、彼が用意したそのバケーションプランに乗っかった。
この夏、最高の思い出とビッグウェーブを求めて……!
★
──そして迎えた、合宿当日。
ハル達が旅行用のボストンバッグやら楽器ケースを抱え、観光気分で気持ちよくバスに揺られること数時間。
ようやく目的地に到着すると……そこは心地よい南風がそよぐ海岸沿いであった。
太陽と青空の下を舞うカモメ、深緑豊かなシンボルツリーが立ち並び、潮の香りと柔らかな波音がまるでヒーリングミュージックのようにさざめいているではないか。
ハル達は夏休みを過ごすにはピッタリの、まさしく楽園のようなそのロケーションに手放しで歓喜した。
しかし……数分後。
先導するミツナリに連れられて案内されたのは……それはそれは見るからに寂れたボロくさい海の家だった。
別荘といえば誰もが豪華絢爛なモダンな建築物をイメージするが、ミツナリはハッキリと「ここが話していた別荘だ」とそのお化け屋敷のようなボロ家を紹介してきたのである。
さらに見計らったかのように……その「別荘」の中からは一人の男が姿を現した。
「あら~!みんな~、いらっしゃ~い。待ってたわよ~。チュッ!」
おでこに乗せた黒いサングラス、ド派手なパイソン柄のアロハシャツ、膝上短めのイケイケなショートパンツ……そんな浮かれた姿で投げキッスをしてきたのは「カラオケスナック むさし」の店主・武蔵であった。
なぜこの場所に……この男が存在しているのか……。
理解が追い付かずに呆然と立ち尽くすハル達を目の前に、武蔵はのっけから常夏のテンション全開で話し始めた。
「ようこそ~!ここはアタシが夏季の間だけ営業する『海の家 むさし』よ。いつも夏休みになるとナリちゃんにアルバイトを手伝って貰ってたんだけど、それでも毎年忙しくて人手不足に困ってたのよ~。そしたら……なんとまあ!今年はハルちゃん達も全員揃ってアルバイトをしてくれるっていうんでしょ?本当に助かったわよ~!」
(アルバイト……?手伝い……?)
そんな言葉は一切として聞かされていなかったハル達。
やがて何かを察した彼らは、わなわなと怒りに震えながらミツナリの顔を一斉にじろりと睨んだ。
ミツナリはわざとらしくシラを切るように、明後日の方向を見ては下手くそな口笛を吹き始めた。
そう、ハル達は完全に一杯食わされたのである。
ミツナリが「バンド合宿」などという甘い言葉で誘ったのは、ハル達をおびき寄せるためのエサであり、その実態は海の家での住み込みアルバイトをさせるためであった。
・シェフ在中の三食メシ付き=武蔵が作る賄いメシ
・豪華な大浴場に広い寝室=海の家にある宿泊設備
確かに嘘は言っていないが……完全なる誇大広告である。
(この夏……最高の思い出とビッグウェーブとは……いずこに……?)
ハル達は思わず手に持っていたボストンバッグを砂浜の上にボトン……!と落とした。
★
茫然自失のバンドマン達は店内に整列させられた。
しかも全員揃って『思い出はいつの日も~海の家 むさし~』とプリントされたダサすぎるスタッフTシャツを着せられて……。
そんなTシャツを恥ずかしげもなく着こなしたバイトリーダー・ミツナリが、彼らの目の前で両手をパンパンと叩きながら指揮を取り始めた。
「よーし!じゃあ早速、これから営業開始だ!夏休みは書き入れ時だからな!頼むぜ、みんな~!」
「お……おう……」
ハル達はやる気もクソもないような生気を欠いた声で返事をした。
そんなことは一切として気にせず、バイトリーダーは声高に続ける。
「じゃあ、それぞれの仕事の持ち場を発表するぞ~!まず……ハルは看板を持ってビーチで客の呼び込み!そして……レイとカナタは店前の屋台でたこ焼き&焼きそば作り!それから……フミはホールスタッフとして店内のオペレーション業務全般を任せる!じゃあ、そういうことだから~!よろしくゥ!!」
ミツナリが気合い十分に指示を出し終えたところで、ハルがすかさず手を挙げて質問をした。
「ええっと……とりあえず俺たちの持ち場は分かったけどさ……ナリさんは一体何をするんだよ?」
「俺はバイクに乗って買い出し係だよ。この中で原付の免許を持ってるのは俺だけだからな」
「買い出し?」
「おうよ。スーパーまでひとっ走りして、この店の食材・ドリンク・備品等が底を尽きねェように随時補給&運搬するのが俺の役目ってワケさ。一人で買い出しってのは中々ハードだが……まあ、そこは俺に任せとけ」
「なるほど。確か……この近くに一店舗だけスーパーがあったもんな」
「あぁ……いや……でも、俺が行くのはそこじゃねェんだ。実はここから少し離れた場所に老舗のスーパーがもう一店舗あるんだけどよ……そっちの方が品揃えが充実していて穴場なんだ。だから俺は……少し遠いけどそっちに行く……よーし!じゃあ早速!ちょっくら買い出しに行ってくらァ!」
そう言ってミツナリはやる気満々に肩を回すと、店先に置いてあるスーパーカブに跨り、そのまま買い出しへと向かっていった……。
★
──ハル SIDE──
客引きを任されたハルは「渚のバルコニーで待ってる~海の家 むさし~」と書かれた木製のプラカードを持ってビーチをうろついていた。
夏休みが始まっているということもあり、ビーチにはたくさんの家族連れ、カップル、グループや団体客がひしめいている。
(客の呼び込みといっても何をすればいいんだよ……)
ガヤガヤと賑わうビーチのど真ん中で、とりあえずハルは適当に声を出してみた。
「え~、海の家~むさし~、むさしで~す。皆さん、ぜひお越しくださ~い」
当然ながら、その場にいる海水浴客は誰一人として見向きもしない。
ハルは溜息をついた。
しかし……落ち込んだところで、どうこうなるわけではない。
泣こうが喚こうが、夏休みの間は毎日この仕事を続けなければならないのだから……。
そうであれば、仕事は仕事として割り切った方が楽である。
ハルは気持ちを切り替えるようにして深呼吸をした。
そして今度はキリリと鋭い目つきを浮かべると、腹の底からありったけの声を出した。
「皆さァァ~ん!夏休みィィ、楽しんでますかァァ!?今日は暑いですからねェェ、水分補給に栄養補給ゥゥ、忘れちゃダメですよォォ!え~、そんなときはァァ!!『海の家 むさし』へどうぞォォ!ドリンク販売にィィ!ランチ営業もやってますんでェェ!ぜひお越しくださいィィ!あと白鳥の頭がついたカワイイ浮き輪もレンタルしてるんでェェ!ぜひ、ご利用下さ~い!!」
半分はヤケクソであった。
しかし……なんと。
遠くの方から歩いて来た二人組のビキニギャルが話しかけてきた。
「ねえねえ~、そこの金髪のお兄さん~。今言ってたさ~、白鳥の頭がついた浮き輪を借りたいんだけど~、お店はどこにあんの?案内してよ~」
「てかさー!お兄さん、今めっちゃ良い声してたよねー!マイク無しでその声量とかめっちゃウケるんですけどー!」
ハルのコールにまさかのレスポンス……。
その瞬間、彼はふと気づいてしまった。
(ま、まさか……!この客の呼び込みっていう仕事は……ボーカルとしての発声練習……すなわち「ボイトレ」になっているってことか!?そうか……そうなのか……やはり、これは歴としたバンド合宿だったんだ……!今、この瞬間からすでに……バンド練習は始まっているってことなんだな!!)
ハルは壮大な勘違いをぶちかますと、そのビキニギャルに向かって笑顔で叫んだ。
「オッケェェーイ!プリンセス二名様ァァ、お店へとご案内いたしまァァ~す!!」
──レイ&カナタ SIDE──
二人は店前に構えた屋台の中でたこ焼き&焼きそばを作っていた。
屋台の前には早くもたくさんの行列ができている。
どうやら海水浴場というロケーションのおかげで安定した需要が見込めている様子だ。
しかし……そんな大量のたこ焼き作りに苦戦しているのがレイであった。
外はカリカリ、中はフワフワ、美味しくジューシーなたこ焼きをスピーディーかつ大量生産することに手を焼いている。
やがて待ち時間に痺れを切らしたのか、とうとう先頭に並んでいたチンピラ風の客がぼやき始めた。
「おい、兄ちゃんよ~。早く作ってくんねぇかな~?もう、さっきから随分と待ってんだけどよ~。まだ焼けねぇのかよ~?」
「す、すいませ~ん。すぐに出来ますんで~、もう少々お待ちくださ~い」
左手でトッピングをばらまき、右手のピックでひっくり返す。
しかし手首の使い方に問題があるのか、レイの作業にはいまいちスピード感が欠けていた……。
そんな中、すぐ隣の鉄板からはカナタの威勢のいい声が飛んできた。
「へいっ、焼きそば10人前、お待ちどうさん!次のお客さんは……焼きそば20人前?合点招致じゃ!ちょいとお待ちくだせぇ!すぐに出来ますんでね!」
ジュワ~!シュババババ!バッサバッサ!グルングルン!パッ!
カナタは両手に持った見事なヘラ使いでスムーズに焼きそばをこさえては、目の前に並んだ大量の客を完璧に捌ききっていた。その動きはまるで……ドラムでいうところの鬼の高速2ビートさながら……!
その様子を真横で目にしたレイはふと気づいてしまった。
(ん、待てよ?もしかして……そ、そうか!これは、つまり……たこ焼き作りを通してスピーディーに手と指を動かす「速弾きギターソロの練習」に繋がっているんだ!なるほど……もうすでにバンド合宿は始まっているということだったんだね……!よーし、こうなったら目指せイングベイ!目指せバンヘイレン!音速かつ精密なギターソロを極める要領でたこ焼きを作りまくってやるぜぇ~!!)
レイは目の色を変えると、ピックをギュッと強く握り込んだ。
そして……、
くるくる!くるくる!くるるーん!!!
超光速オルタネイトピッキングを意識しながら、怒涛のスピードでたこ焼きをひっくり返し始めた。
──フミ SIDE──
ランチタイムを迎えた店内は多くの客で賑わっていた。
客引き担当のハルが次から次へと客を連れ込んでくるおかげで、テーブルは満席状態の嬉しい悲鳴。
そこでホールスタッフを担当しているのがフミであったが……当然、彼には悪戦苦闘が強いられていた……。
二人組のビキニギャルが座るテーブルにて、伝票片手にオーダーを取るフミ。
「じゃあアタシ~、『トマトとバジルの冷製パスタ』と『アイスティー』で」
「ウチはー、『夏野菜のオムライスカレー』と『ピーチフィズ』ねー!」
「は、はい……冷製パスタと……アイスティー。オムライス……カレーと……ピーチフィズですね。少々……お待ちください……」
注文を受けると、フミはゆるやかな猫背姿でキッチンへとオーダーを伝えに行く。
その際、ギャル達がひそひそと笑いながら話す。
「なんかさ~、あの店員さん、すっごく暗くな~い?バイブス超低めなんですけど~」
「ねー!せっかく海の家に来たのに、なんだかお化け屋敷に来たみたーい!」
背中越しにそんな声を聞き取ったフミは溜息をついた。
(はぁ……どうしてよりによって僕がホールスタッフなんだろう……。接客だなんて……僕には絶対に向いてないっていうのに……)
フミはキッチンカウンターの中にいた武蔵にオーダーを伝えると「先にドリンクだけ持っていってちょうだい」と指示を渡された。
グラスに氷を入れながら手際よくレシピ通りにドリンクを作るフミ。
その際、武蔵がカウンターの中からアドバイスを送った。
「フミちゃん、いいかしら?アナタにとっておきの接客術を一つ教えておくわ」
「はぁ……なんでしょうか」
「夏休みの海の家ってのはね……魔法がかかっているものなのよ。お客さんはみ~んなテンション上がってる状態だから、接客の時は何を言ってもOKなのよ。だから、そうねぇ……お客さんと接する際に『面白いジョーク』の一つでも挟んでごらんなさい?大ウケすること間違いなしよ」
「な……なるほど。分かりました」
フミは素直に頷いた。
それからドリンクを持って、先ほどのテーブルへ運んでいくと……フミは勇気を振り絞ってぶちかました。
「はい、こちら……お先にドリンクです。ええと……大変お待ちどうサマー。夏だけにSummer。なんちゃって、ははは」
とっておきの接客を受けたギャル達は……目をテンにしてフリーズしていた。
その様子をキッチンの方から眺めていた武蔵が呟いた。
「あらヤダ……。あの子、音楽のセンス以外は壊滅的だわね」
★
ブロロロロ……ガシャン。
ビーチから少し離れた場所にある喫茶店、その店前に緑色のスーパーカブが停車した。
颯爽とカブから降り立ったその男前は、ヘルメットを外しながら店の中に入った。
クーラーの風がダイレクトに当たる居心地の良い席に座り、涼し気な顔でアイスコーヒーを注文する。
それから店内に置いてあった本棚を目にすると、
「お、ベックあんじゃん!ナナもあるのか……う~ん、どっちから先に読むとすっかな~」
迷いながらも手に取った一冊の漫画、そのページをパラパラと捲り始めた。
買い出し係であるバイトリーダー・ミツナリ。
彼は「品揃えが良いから、遠くのスーパーに行く」などと言っていたが……実際はすぐ近くにあるスーパーで全ての買い出しを済ませていた。
そして……その浮いた時間を使って堂々と仕事をサボっていた……。




