20話~レコーディング~
雨が降りしきる週末の商店街。
古びたアーケードの路地裏にある「カラオケスナック むさし」の入り口には「本日貸し切り」と書かれた張り紙が貼られていた。
その扉の向こうでは……なにやら大きな音が鳴り響いている。
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ズンタン!ズズタン!ズズタタ!ズズチャン!
ドゥルダン!!ドゥル「ル」ダン!ドゥルルドゥルル!シャーン!
店内にあるドラムセットが激しく揺れていた。
バスドラやタムの周辺には複数のマイクがセッティングされており、そこで拾われた音がオーディオインターフェースを経由して一台のノートPCへと運ばれていく。
そのトラック画面を険しい顔で睨んでいるのはフミである。
ロリポップキャンディをまるでハムスターのように頬張りながら、なにやら神妙な面持ちでヘッドホンを耳に押し当てている。
やがて……フミは手を上げて合図を出すと、懸命に叩いているそのドラマーの演奏を途中で制止した。
フミはヘッドホンを外しながら小さな溜息をつく。
「ふぅ……カナタさん。毎回、同じところでテンポがハシりますね」
「なにぃ!?またズレてたじゃと……これで何回目じゃ?」
「もうかれこれ13回目です」
「よ、よーし……任せろ!次こそは絶対にビシッと決めてやるわい!」
「それを聞いたのも13回目です。では、ラスサビ前から……もうワンテイク、やり直し」
先ほどからタイムリープのように繰り返されるそのやり取りに、周囲で様子を見守っていたバンドメンバーが腹を抱えながら爆笑した。
すかさず口に両手を添えてヤジを飛ばすハル。
「お~い、カナタ~。このままじゃドラムパートだけで日が暮れちまうぜ?まだまだベース、ギター、ボーカルと後に続くんだからな~」
「わ、分かっとるわい!ちょっと黙っとれ!くそ……普段の演奏と違って『レコーディング』っちゅーのが、こんなにデリケートな作業だとは思わなんだ……」
エンジニア兼プロデューサーとしての助っ人・フミを迎え、初のレコーディング作業に没頭する13 SECONDS TIME BOMB。
──それは先日の件、ハルがパソコン研究部の部室を訪れた際に「どうしても頼みたい」とフミに依頼していたことであった。
「バンドのオリジナル曲を音源化したい」というハルの熱意に押され、フミもまた「お役に立てるなら……」と承諾すると、トントン拍子にそのスケジューリングがなされ現在に至った訳である。
しかし、彼らの初レコーディングは当然のように難航することになる……。
というのも……カナタのミスを散々笑い転げていたハル達もその後もれなく……鬼プロデューサーであるフミから「やり直し」「もう一回」「もうワンテイク」の嵐を喰らいまくる未来が待っていたからである……。
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数時間後。
ようやく全員分のRECが終了した頃には、時刻はすっかり深夜を回っていた。
ハル達が疲労困憊でソファに倒れ込むように寝てしまっている中、フミはヘッドホンを耳に当てながらノートPCに向かって黙々とミックス作業を続けていた。
この「ミックス」というのは音楽編集における大切な作業工程の一つである。
レコーディングで録音した音のバランス調整などを行い、楽曲を綺麗な完成形へと作り上げていく作業のことで、これによって曲の出来栄えは大きく変わってくる。
それだけに集中力と精神力が必要とされる大変重要な作業になるのだ。
──さらに数時間後。
瞬きも忘れるほどにPC画面を眺め続けていたフミ。
丑三つ時を過ぎた辺りから、そんな彼にもいよいよ若干の睡魔が襲ってきた。
フミが目を擦りながら小さなあくびをすると、そこに暖かい一杯のココアが差し出された。
マグカップに注がれた労いの一杯を用意してくれたのは、レコーディングスタジオの代わりにこの店を快く貸してくれた店主の武蔵であった。
フミはぺこりとお辞儀をしてから、ココアをゆっくり啜るように飲んで一息つく。
それから大きな背伸びをすると……PC画面に向かって再びその集中力を注ぎ始めた。
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「出来ました……完成です……!」
フミが発したその声で、ハル達は目を覚ました。
ソファの上で横たわっていた寝ぼけ眼のハル達が店内の掛け時計に目を向けると、時刻はとうに早朝を回っていた。それは夏休みでいうところのラジオ体操が始まる少し前ぐらいの時間である。
ハル達は背伸びをしながらソファから起き上がると、フミが作業をしていたテーブル(キャンディの包み紙が大量に散乱している)の近くまで足並みを揃えてのろのろと移動した。
「じゃあ早速……完成した音源を聴いてみて下さい」
フミはノートPCにあるボタンをクリックした。
するとテーブル上に置かれたモニタースピーカーから、今ほど完成したばかりのフレッシュな音源が流れ始めた。
寝起きのしょぼくれた顔を並べていたバンドマン達は……その目を完全に覚ますことになる……!
13 SECONDS TIME BOMBの音楽には魔法がかけられていたのだ──
精密にミキシングされたハイクオリティな音質。
圧縮された高解像度のダイナミックサウンドが躍動し、聴覚の隅々を駆け巡る。
パワフルな音圧で見事な立体感を演出するベースとドラムのリズムセクション。
左右に振られたダブルトラックが図太くクリアに響き渡るギターパート。
随所にコーラスが重ねられたボーカルは、滑らか且つエネルギッシュで、その主役をたらしめている。
さらに楽曲の中には、特殊効果のエフェクトは勿論、フミが後から付け加えたキーボードやシンセサイザー等の音も入っていた。
そのアレンジがまた……痺れるほどにカッコよかったのである。
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その後の店内はどんちゃん騒ぎだった。
13 SECONDS TIME BOMBのメンバーが「レコーディングの打ち上げ」と称して始めたのは、いかにも男子高校生らしい大暴れのカラオケパーティーである。
仲良く肩を組みながらOasisの「Acquiesce」をデュエットで歌うハルとレイ、それに合わせてヘドバンをしながらベースを弾き倒すミツナリ。
そこになぜか上裸姿のカナタがマラカスを鳴らしながら、ノリノリで合いの手を入れている。
バンド史上初の自主制作音源が完成し、彼らはまるでホリデーを迎えた子供のようにその喜びを爆発させていた。
──バーカウンターに座って一人でココアを飲んでいたフミは、そんな賑やかな状況を見て不思議そうな顔を浮かべていた。
それからカウンター越しにいる武蔵に向かってぽつりと尋ねた。
「皆さん……随分と仲が良いんですね」
「そうね。仲が良すぎて少しうるさいぐらいだわ」
「確かに。でも……僕の勝手なイメージでは……ロックバンドというのはもっとこう……我が強くて、個性的で、常に衝突が絶えないような……そういう尖った人種の集まりなのかと思っていました。だから、ハルさん達を見ていると……その雰囲気の良さが不思議に思えます」
「あら、不思議?そんなことないわよ」
「え?どうしてですか……」
「だってそうでしょ。あの子達はバンドメンバーである前にそれぞれが大切な『お友達同士』なんだもの」
その時、少年の瞳の奥に生じた小さな揺らめきを武蔵は決して見逃さなかった。
「へぇ…………そうですか」
フミはいかにも興味なさげにぼそりと呟いた後、ゆっくりとココアを啜った。
リアムのパートを歌うハル、ノエルのパートを歌うレイ。そこに乗っかる仲間達。
それは単なるカラオケとはいえ、いつまでも聴いていたくなるような心地よい浮遊感をフミの聴覚に与えていた。




