19話~天才の孤独~
外は土砂降り模様となっていた。
まるでマシンガンのように強まる雨足の中、ハルは傘を差しながら駆け足で校舎の離れにある部室棟へと向かった。
笹団高校の部室棟は老朽化を理由に近年リフォームされたばかりで、その外観はくたびれた本校舎とは段違いの輝きを放っていた(といってもプレハブが連なったような簡易な造りではあるが)。
早速、ハルは部室棟の軒下に入ってから傘を閉じると、端から端へと目当ての表札を探していった。
すると一番奥の角部屋に『パソコン研究部』と書かれた表札を見つけた。
ハルはすかさずドアをノックする。
コンコン!
……
中から返事はなかった。
それから何度かノックを繰り返しても、まるで無反応。
鍵はかかっていないようだったので「失礼しまーす」とハルはそのままゆっくりドアを開けた。
室内の真ん中には大きなデスクが置いてあり……そこにはヘッドホンを耳に当てながら一人で弁当を食べているフミの姿があった。
誰かが入室してきたことに気付くと、フミは耳に付けていたヘッドホンを外しながら怪訝そうな表情を浮かべてみせた。
ハルは手を上げながら挨拶をする。
「よう!俺は2年のハルだ!よろしく!」
「……」
「せっかくの昼休み中に悪いな!ちょっくら失礼するぜ!」
「…………」
突然の来訪者に困惑するように、フミは弁当のおかずを口に頬張りながら無言で会釈を繰り返した。
そんな下級生の控えめな態度にもお構いなく、ハルはずけずけと部室内に入り込むや否や興奮状態で思いの丈を吐き出した。
「なあ~、おいおい!今朝の全校集会で聴いたお前の曲!めちゃくちゃカッコよかったぜ!まさにデジロックの洗礼!エレクトロサウンドの衝撃ってやつだ!」
「はぁ……そうですか」
「ああ!めちゃくちゃ感動した!こんな田舎にお前みたいな逸材が眠っていたとは知らなかったぜ!お前は間違いなく作曲の天才だよ!」
「……それはどうも」
★
パソコン研究部、通称『パソ研』の部室の中は意外にも簡素でミニマルだった。
というのも室内に置いてあるパソコンはフミが使っていると思わしきノートPC一台のみ。その脇にはKORGの電子キーボードとオーディオインターフェースが置いてあるだけで、他には機材という機材は一切見当たらない。
そこは「パソコン研究部」と名乗るにはあまりに無機質な空間であった。
そんな部室内をキョロキョロと見渡しながらハルが言った。
「しかし……ウチの高校にこんな部活があったとは知らなかったな。ここはDTMでの音楽作りをメインに活動しているのか?」
その問いかけにフミは少しだけ顔を曇らせると、弁当箱に入っていたきゅうりの味噌漬けを不味そうに口に運びながら答えた。
「……いいえ。DTMをやっているのは……元々音楽に興味があった僕だけです。他のみんなは……『eSports』に夢中でしたから……」
eSportsというのはエレクトロニック・スポーツのことで、つまりは電子機器を使ったゲーム競技のことである。近年、その人気は世界的な盛り上がりを見せていることでも有名だ。
しかし、ハルが気になったのはそこではない。その後にフミが発した過去形の言葉に引っ掛かりを感じたのだ。
ハルは確認するように尋ねた。
「へぇ~、eSportsか。でも……それをやるような立派なゲーミングPCは一台も見当たらないぜ?」
「……それはそうですよ。現在……パソ研の部員は僕一人だけですから」
「え?一人だけ?」
「……はい。他の部員は……つい先日……みんな辞めてしまいました」
「みんな辞めたって……どうしてまた?」
フミはしばらく黙り込んだ。
それから今度は弁当箱に入っていたナスのぬか漬けを手でつまみ、それを口の中に放り込むと……いかにも酸っぱそうな顔を浮かべてからゆっくりと話し始めた。
「元々……ここはみんなでeSportsに打ち込んでいる雰囲気の良い部活だったんです。それぞれがチームを組み、協力プレイで盛り上がり、大会に向けて一致団結していました。でも……新入部員の僕一人だけが空気を読めずにみんなの輪を乱してしまったんですよ」
「輪を乱したって……どうして?」
「先に言ったように……部員の中でDTMをやっていたのは僕一人だけでしたから……。みんながeSportsで盛り上がっている最中も……僕は誰とも話さずに一人でDTMの打ち込みに夢中になっている……そんな僕の存在をきっと疎ましく思ったんでしょう。案の定……僕以外の部員は全員揃って辞めてしまい……新しく『eSports同好会』というものを作って……みんなでそっちに移動しました」
「そうだったのか……」
ハルがその心中を察するかのような表情を浮かべると、フミは自暴自棄にも似た苦笑いで取り繕った。
「まあ……僕みたいな人間は省かれてもしょうがないんです。だって、そうですよ……みんなはゲームやキャラクターの話がしたいのに……僕がたまに話すことと言ったら『ミックス』だの『レコーディング』だの……そんなつまらない音楽の専門的な話ばかり。誰も興味を持たなくて当然……」
その瞬間、フミの話を真正面からぶった切るようにしてハルが割って入った。
「おい!ちょっと待て!今、お前……『レコーディング』って言ったか?」
「はぁ……それが何か?」
「レコーディングってアレだよな?ほら……プロのミュージシャンとかがスタジオに籠って……エンジニアみたいな人と一緒に複雑な機械をたくさんいじって……なんかこう、とにかく……音楽を録音するやつだろ?」
「まあ……イメージとしてはそんな感じかと……。でも実際、『レコーディング』と言ってもそんなに難しい話でもないですよ?今の時代、コレ一台あれば誰にでもできますから……」
そう言ってフミはデスクの上に置いてあるノートPCを指さした。
ハルは何かを考えるようにしばらく沈黙すると、そのまま頭の中で計算を始めた。
やがて、宙を見つめるようにして数秒後……閃いた。
ハルは企みに満ちた目をキラキラと輝かせると、フミの至近距離にまでぐっと詰め寄り、その肩をがっしりと掴んでから叫んだ。
「なあ!お前にどうしても頼みたいことがあるんだけど!!」
★
ハルが上機嫌な足取りで部室を出て行った後である。
弁当を食べ終わったフミが食後のロリポップキャンディを口に含んだところで、またしても部室のドアがノックされた。
ゴンゴンッ!!
……
「入らせてもらうよ」
ドアからぬっと顔を覗かせたのは……分厚い眼鏡をかけた小太りな少年であった。まるで活きのいいカナブンの光沢のように、その頭髪には過剰に塗り過ぎたグリースがギラギラと脂ぎっている。
彼の名は伊本司。笹団高校3年生、そして本校生徒会の副会長でもある。
そんな一端の権力者はふてぶてしい態度で部室内に足を踏み入れると、デスクに遠慮がちに座っているフミの顔を見下すように眺めた。
そしてたっぷりと皮肉を込めるような口調で言った。
「やあ、『天才音楽プロデューサー』の雨夜クン。この度は……なんだっけ……まあ、とにかく……よく分からない音楽の賞を獲得したそうで……本当におめでとう。生徒会副会長である僕からも直接、キミに賛辞を伝えようと思ってここに来たところさ」
「それはどうも……」
「まあ、僕にはああいう『チャラチャラした音楽』のどこが優れているのかちっとも分からなかったけど、許してくれたまえ。音楽には人それぞれ好みってものがあるだろう?」
「……そうですね」
梅雨時期のただでさえ蒸し暑い部室の中は、小太りの伊本が入室してきたことによってその体感温度がさらに上昇したかのように感じられた。
それによってフミが額に嫌な汗を浮かべ始めていると、伊本はその殺風景な部室内をジロジロと見渡してから話を続けた。
「さて、世間話はここまでにして……実はね、生徒会の方からこの『パソコン研究部』に対して伝えておきたいことがあるんだ。まあ、通達とでもいうべきなのかな」
「通達……ですか?」
「キミにとっては非常に残念なお知らせになるかもしれないんだけどね」
「……なんでしょうか?」
フミは口の中に含んでいたキャンディを右から左に転がしながら伺った。
それを目で追いながら、伊本はニヤニヤと笑いを堪えるようにして言った。
「くく……実はね、来週行われる生徒議会にて……このパソコン研究部を『廃部』にする審議案を出そうと思うんだ」
「は……廃部?ど、どういうことですか……?」
フミは思わず口に入っていたキャンディを床に落とした。
伊本は両手を後ろに組むと、その唯一の部員が座るデスクの周りをのっそりと歩きながら話し始めた。
「ホラ、ここ最近さぁ……パソコン研究部はキミ以外の部員が全員揃って辞めてしまったそうじゃないか。それは一体どういうことなのかな?」
「そ、それは……」
「聞くところによると……キミ以外の部員はみんなで新しく同好会を結成したとか?う~ん……それってもしかして……キミの人間性によっぽど問題があったからなのかなぁ?」
「……」
「くく……今のは冗談だから気にしないでくれたまえ。ただね……パソコン研究部の部員が現在、キミしかいないというのは事実なんだよ。我が校の規定によれば部員は五人以上いなければ部活動としての活動は認められない。そうなれば当然……廃部の道を辿るのは必至だよねえ。部員のいない部活動に部費など下ろせないし、ましてやこんな立派な部室だって貸すワケにもいかないんだから」
「あ……あの……。ちなみにもし、廃部になったら……」
フミは恐る恐る伺うようにして、デスク上に置いてあるノートPC等の機材へと目を向けた。
その意図をすぐさま察したかのように伊本は言った。
「そうだね。キミが使っているそのラップトップ、電子キーボード、それらの機材は全て没収だ。キミが今……首に巻きつけているそのヘッドホンもだよ。それらは全てキミの私物ではなく、部費で購入したものなんだろうから当然のことだよ」
「こ……困ります。これがないと僕は音楽制作が……」
「知ったこっちゃないよ。大体、音楽制作なんて『お遊び』は部活動じゃなくて、個人の趣味でやればいいじゃないか。学校じゃなくて家でやれよ」
「そ、それが……」
「なんだよ?」
「恥ずかしい話ですけど……僕の家にはインターネットが通っていないんです……PCもありません」
伊本は笑いを堪えた。
というのも、フミの家庭環境や事情については予め把握していたからである。田舎の狭いコミュニティにおいて、その情報網は皮肉にも速く正確なものだ。ましてや変わり者の生徒のことであれば尚更である。
フミの両親は数年前にいずれも蒸発し、現在は駄菓子屋を営む祖父母の元で暮らしている。当然PCなどを買う余裕はないであろうし、学ランの上着の代わりにいつもくたびれたナイロンアノラックを着ているのもそういう事情からなのだろう。
委縮するフミを睨みながら伊本が発する。
「ふーん、あっそ。でもさぁ、そんなキミの個人的な都合とか関係ないんだよ。部員がいなければ廃部は廃部、それがルールなんだから。それが嫌だったら……せめて部員を集めてくれっていう話なんだよね」
「部員……ですか」
デスクをぐるぐると周回していた伊本はそこで足を止めた。ちょうどフミの真後ろに立っていた時だった。
伊本は背後からフミを覗き込むようにして言った。
「ああ、百歩譲って……幽霊部員だろうがなんだろうが部員を集めればいいんだよ。廃部を免れたければ頭数を揃えればいいだけの話さ。だから、そうだなぁ……とりあえず、周りにいる友達にでも片っ端から声を掛けてみたらどうだい?そして形だけでもいいから入部届を書いて貰えばいいじゃないか」
「…………」
口元をつぐんだフミに向かって、伊本は薄気味悪い作り笑いを浮かべた。
そして、少しの間を置いてから「まあ、無理だよなぁ」とフミの耳元で湿った声を出した。
「だってお前……『友達』がいないんだろ?だから毎日こんなところで一人寂しく弁当を食ってるんだよな?」
★
(生徒議会は来週の月曜の放課後だ。それまでに部員を集められなければ、パソコン研究部は廃部で決まり。まあ、せいぜいあがいてみなよ…天才音楽プロデューサーの雨夜クン)
そう言い残し、伊本は満足気な表情で部室の扉を開けて出て行った。
一人残った部室の中で、フミは先ほど床に落としたキャンディを拾った。
床に落ちた拍子にヒビが入ったのだろう。
それは手に取った瞬間に……真っ二つに割れた。




